left★原文・現代語訳★
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
「宇治拾遺物語(巻4)
/小野篁広才の事」
〈出典=『宇治拾遺物語』〉
〇中世・鎌倉前期(1213)〜(1219)頃成立
→12C末までに原型→増補・加筆
〇説話集15巻(197話)→庶民文学
→80話が『今昔物語集』と重複
→『江談抄』『打聞集』『古事談』『十訓抄』
と類似の説話も含まれる
〇内容→本朝(日本)天竺(インド)震旦(中国)を
舞台とする説話を収録
@仏教説話・A世俗説話・B民間伝承
→当時の人々の生活や人間性が生き生きと描かれる
〇平易な和文体
→漢語・俗語の使用と語の繰り返し→口承性
〇書名→『宇治大納言物語』に漏れた物を拾い集めた
とする説などがある、と序文にある
〈概要〉
〇嵯峨帝の時代に内裏に意味不明の立札が立ったが、
帝を呪詛する言葉と読み解き犯人と疑われた篁が、
新たに課せられた謎解きも読み解いたことにより、
何事もなく済んだという、
篁の優れた学才を語るのエピソード
(→要旨)
〈全体の構成〉 (→要約→要旨)
【一】内裏に立った「無悪善」の立札(導入)
嵯峨天皇の時代、内裏に「無悪善」の立札が立つ
【二】立札を読み帝に疑われた篁(展開)
それを天皇を呪詛する言葉だと篁が読み解くと、
帝は篁が犯人ではないかと疑う
【三】新たな帝の謎解きを読み解いた篁(展開2)
そこで新たに謎解きを課すと、篁はそれも読み解く
【四】帝の微笑と事態の収まり(結び)
帝はそれに対し微笑み、後は何事もなく済んだ
〈授業の展開〉
【一】<内裏に立った「無悪善」の立札>
今は昔、小野篁といふ人おはしけり。
=今となっては昔のことだが、小野篁という人(が)
いらっしゃった。
嵯峨の帝の御時に、内裏に札を立てたりけるに、無悪善と書きたりけり。
=嵯峨天皇の御在位の時に、(何者かが)内裏に立札
を立てたが、(その立札には)「無悪善」と書いて
あった。
【二】<立札を読み帝に疑われた篁>
帝、篁に、「よめ。」と仰せられたりければ、
=(その時に)帝(が)篁に「読め」と仰ったので、
「よみはよみ候ひなん。されど、恐れにて候へば、え申し候はじ。」と奏しければ、
=(篁は)「読むことは読みましょう。しかし、(帝
に)恐れ多い事でありますので、申し上げられませ
ん」と(帝に)奏上したところ、
「ただ申せ。」と、たびたび仰せられければ、
=「構わないから申せ」と、(帝が)何度もお命じに
なったので、
「さがなくてよからんと申して候ふぞ。されば、君を呪ひ参らせて候ふなり。」と申しければ、
=「さががなくてよいだろうと申しておりますぞ。で
すから、帝を呪い申し上げているのであります」と
(篁が)申し上げたところ、
「これは、おのれ放ちては、誰か書かん。」と仰せられければ、
=「こんな事はお前を除いては誰が書こうか(いや、
誰も書く筈がない)」と(帝が)仰ったので、
「さればこそ、申し候はじとは申して候ひつれ。」と申すに、
=「それだからこそ、申し上げますまいと申したので
す」と(篁が)申し上げると、
【三】<新たな帝の謎解きを読み解いた篁>
帝、「さて、何も書きたらんものは、よみてんや。」と、仰せられければ、
=帝(が)「それでは、何でも(文字で)書いてある
ようなものは、きっと読めるのか」と仰ったので、
「何にても、よみ候ひなん」と申しければ、
=「何でも、きっと読みましょう」と(篁が)申し上
げたところ、
片仮名の子(ネ)文字を十二書かせ給ひて、「よめ。」と仰せられければ、
=(帝が)片仮名の「子(ね)」という文字を十二個
お書きになって、「読め」とお命じになったので、
「ねこの子のこねこ、ししの子のこじし。」とよみたりければ、
=「猫の子の子猫、獅子の子の子獅子」と(篁が)読
んだところ、
【四】<帝の微笑と事態の収まり>
帝ほほ笑ませ給ひて、事なくてやみにけり。
=帝(は)微笑みなさって、お咎めもなく(何事もな
く)済んでしまった。
〈主題30字〉
二つの言葉の謎解きをした小野篁の(優れた)広才ぶり(広い学才=学識・才能)
※片仮名〈…補足〉
漢文訓読や経を読む際の読みの表示の為に
万葉仮名(漢字)の部分をとって作られ
主に男性に使用された。
文字と音とは一対一対応ではない。
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right★補足・文法★
(説話)2015年5月(2018年4月改)
〈作者〉
〇編者未詳
→源隆国の説
〈参考〉
※小野篁
・平安前期の漢詩・和歌の才人(〜)
・「古今集」(→小倉百人一首)に
「わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと
人には告げよ 海人の釣舟」
→遣唐副使に任ぜられたが、
乗船せず、隠岐に流された
※嵯峨帝
・809年即位、漢詩文・能書家
・空海・橘逸勢と共に三筆の一人
〈敬語〉
・おはす=「あり・をり」の尊敬語、いらっしゃる
・仰す=「言ふ」の尊敬語、仰る・お命じになる
・奏す=天皇に申し上げる(謙譲語・絶対敬語)
→「啓す」=皇后・皇太子に申し上げる
・申す=「言ふ」の謙譲語、申し上げる
・候ふ=丁寧の補助動詞→…です・ます・ございます
〇帝の篁への疑いの原因 〇その疑いを晴らしたもの
↓↓
共に<篁の学才>にある
・おはし(尊敬・サ変)けり(過去)
・内裏=宮中・御所
・立て(タ行下二段)たり(完了)ける(過去)
に(逆接)
・書き(カ行四段)たり(存続)けり(過去)
☆無悪善→「悪善無し」or「悪無きは善し」?
・仰せ(尊敬・サ行下二)られ(尊敬)たり(完了)
けれ(過去)ば(順接確定条件)→最高敬語
・よみ(連用→転成名詞)は(係助詞)よみ(連用)
候ひ(丁寧・補助動詞)な(強意「ぬ」)ん(意思)
☆後の事態が予想された躊躇い
→立札が嵯峨天皇を呪う内容だったから
・恐れ(名詞)に(断定)て(接助)候へ(丁寧)ば(順確)
・え(副)申し(謙)候は(丁)じ(消意)→不可能
・奏し(謙譲・サ変)けれ(過去)ば(単純接続)
☆解読すれば、落書の<犯人が自分だと疑われる>
恐れがあったから
・ただ=とにかく・迷う(構う)ことなく・直ぐに
・仰せ(尊・下二)られ(尊)けれ(過)ば(順)→最高敬語
☆内容を知りたい→実は帝も読み方を知っていて、
犯人捜しの為に故意に読ませたという解釈もある
・さが(名)なく(ク形)て(接助)よから(ク形)ん(推量)
=悪(サガ)無(ナ)くて善(ヨ)からん→「さが」は掛詞
@悪い性質がなくてよいだろう →表の意味
A<嵯峨天皇がいなければよいだろう>→真の意味
↑性(サガ)=@性質A運命B習慣
→悪い性質の意味で「悪(サガ)」と詠める
↑「日本書紀」古訓に「素戔嗚尊、此神性悪(サガナク
テ)」と、「無悪」を「さがなし」と読む訓←才人
・申し(謙譲)て(単純接続)候ふ(補助動詞・丁寧)
ぞ(終助詞・念押しor係助詞の終助詞的用法)
・参らせ(謙譲・下二)て()候ふ(丁寧)なり(断定)
・のろふ=(呪ふ・詛ふ←「告(ノ)る」+継続「ふ」)
恨みがある者に災いがあるように(神仏に)祈る
心の中で願う
☆読み替える事ができ、呪詛の言葉となる為
・おのれ=目下への二人称、お前
・放つ=(タ四)除外する
・誰(名)か(係助・反語)書か(四)ん(推量・連体・結)
→「か…ん」は係り結び
☆<誰でも読めるものではなく>、読めた本人こそが
立札を立てた犯人だと考えたから
・こそ(係助詞・強意)申し(謙譲)候は(丁寧・補動)
じ(打消意思)と(格助)は(係助・強調)申し(謙譲)
て(単純接続)候ひ(丁寧)つれ(完了・已然・結び)
→「こそ…つれ」は係り結び
☆帝に犯人扱いされるのが予想通りだった為
→篁の愚痴っぽい言葉→読者の笑いを誘う
・さて=(接続詞)それでは
・書き()たら(存続)ん(婉曲「ような」)
・よみ()て(強意「つ」未)ん(推量・終)や(係・疑問)
→「てむ・なむ・つべし・ぬべし」の完了は強意
・何()に(断定「なり」用)て(接助)も(係助・強意)
・よみ()候ひ(丁寧)な(強意「ぬ」未)ん(意思)
・書か()せ(尊敬・助動)給ひ(尊敬・補動)て(接助)
→最高敬語or二重尊敬(尊敬+尊敬)
◎<「ね」の片仮名>は「ネ」「子」などが通用
→漢字の「子」として読むことで
<多彩な読み方>が可能→「子」=カタカナ「ね」
↓ 〃 =漢字の訓「こ」
↓ 〃 =漢字の音「し」
謎解き(言葉遊び)が成立→面白さ
→日本語の文字表記の特色を活かす
<ね こノこノ こ ね こ>
子 子 子 子 子 子
<し しノこノ こ じ し>
子 子 子 子 子 子
→3通りの読み
(十二支の「ね」・訓読み「こ」・音読み「し」)
(カタカナ)
・やみ(マ四段用)に(完了「ぬ」用)けり(過去)
☆篁の学識(学才)に満足したから
→<「何でも文字で書いてあるもの」は読める>
事が証明
→「無悪善」を読み解いたのも
篁が<犯人だからではではなく>て
その<異才(学識)によるもの>だ
ということが分かったから
→咎める事なく済ませた
〈主題100字〉
立札(「無悪善」=帝を呪詛する言葉)の犯人に疑われた小野篁が、その広才によって嵯峨天皇の試題(新たに課した謎解き)を読み解き、お咎めを受けずに済んだ(何事もなく事態は収まった)。
・(例)阿→ア 伊→イ
・平仮名・片仮名の成立
漢字の読み方(訓読み・音読み)→言葉遊びの成立
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