left★原文・現代語訳★  
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
   「宇治拾遺物語(巻15-11)
         /後の千金の事」


〈出典 『宇治拾遺物語』〉
〇中世・鎌倉前期(1213)〜(1219)頃成立
 →12C末までに原型→増補・加筆
説話集15巻(197話)→庶民文学
 →80話が『今昔物語集』と重複
 →『江談抄』『打聞集』『古事談』『十訓抄』
  と類似の説話も含まれる
〇内容→本朝(日本)天竺(インド)震旦(中国)を
    舞台とする説話を収録
 @仏教説話 A世俗説話 B民間伝承
 →当時の人々の生活や人間性が生き生きと描かれる
〇平易な和文体
 →漢語・俗語の使用と語の繰り返し→口承性
〇書名→『宇治大納言物語』に漏れた物を拾い集めた
    とする説などがある、と序文にある

〈「後の千金の事」の概要〉
〇「轍鮒(てつぶ)の急」(差し迫った危機・困窮の  譬え)「後の千金」(援助も時機を逸すれば効果が  ない)という諺の由来譚(寓話) (→要約・要旨)

right★補足・文法★        
(説話)2021年11月



〈作者〉
〇編者未詳
 →源隆国の説



(内容)
 @仏教説話=発心談・往生談・霊験談・高僧談
 A世俗説話=滑稽談・鳥獣談・恋愛談・盗人の話
 B民間伝承=「鬼に瘤取らるる事」「雀報恩の事」
       「こぶとり爺さん」などの昔話として        知られている民話や中国の故事も紹介





・車が通った跡である轍の水たまりにいた鮒
・実際に役に立つか否かという基準で物を見る現実的  な考え方が窺える

全体の構成 【一】(起)食物が今ないのに後で千金と言われた荘子 【二】(承)死にそうな鮒と出会った譬え話
【三】(転)後日の江湖より今すぐ一杯の水が欲しい鮒 【四】(結)「後の千金」は無意味という荘子の主張
left★原文・現代語訳★
〈授業の展開〉

【一】<食物が今ないのに後で千金と言われた荘子>

今は昔、唐(もろこし)に荘子(さうし)といふ人あり
けり。家いみじう貧しくて、今日の食物絶えぬ
=今(となっては)は昔のことだが、唐に荘子という  人がいた。家がひどく貧しくて、今日の食物もなく  なってしまった。

隣に監河候(かんかこう)といふ人ありけり。それが
もとへ今日(けふ)食ふべき料(れふ)の粟(ぞく)を
乞ふ。
=隣に監河候という人がいた。その人の所へ今日食べ  る(べき)入用な(食料の)粟(あわ)をもらいに  行った。

河候が曰(いは)く、「今五日ありておはせよ。千両の 金を得んとす。それを奉らん。いかでかやんごとなき 人に、今日参るばかりの粟をば奉らん。返す返すおの が恥なるべし」と言へば、
=(すると)河候が言うことには、「もう五日経って  からお出で下さい。千両の大金を手に入れることに  なっています。それを差し上げましょう。どうして  高貴なお方に、今日召し上がるだけの(僅かな)粟を  差し上げることができましょうか。 どう考えても  私の恥である(となる)でしょう」と言うと、

▼(段落まとめ)
貧しくてその日の食べ物もなかった荘子は、隣に住む 監河候に粟を貰いに行ったところ、五日後に千両の金 が手に入る予定で、それを差し上げようと言われた。 (そこで、荘子は次のように言った。)

right★補足・文法★        




・荘子=戦国時代の思想家(前365〜290)。楚の人。
    老子の思想を受けて、儒教の人為的な礼教を     否定し、無為自然・自然回帰を主張。
   (何物にもとらわれない自由な生き方を説く)
・絶え(ヤ行下二段「絶ゆ」未然形)ぬ(完了・助動詞)

・粟=中国では稲・きびなどの皮のついたままの実の    こと。五穀の総称で、後には「あわ」の意
・食ふ()べき(当然=…はずだ、…べきだ)
・料=入用(必要)の品、材料(食料)、費用、目的



・おはす=(サ変、「あり・をり・行く・来」の尊敬)
     いらっしゃる
・得(ア行下二段「得」未)ん(推量)と(助詞)す(サ変)
・奉る(「与ふ・遣る」の謙譲=差し上げる)ん(意思)
・いかでか…ん=どうして…か、いや…ない(反語)
・やんごとなし=高貴だ、貴い、捨てて置けない
・参る(「食ふ」の尊敬=召しあがる)
・ ・ん(可能推量=…できるだろう)
・返す返す=どう考えても(やはり)、繰り返し 〃 



(※ある問題集の前書き)貧しくてその日の食べ物も ない荘子は、隣に住む監河候に粟(あわ)をもらいに 行った。監河候が五日後に千金が手に入るのでそれを 差し上げようと言うと、荘子は次のように言った。

left★原文・現代語訳★    
【二】<死にそうな鮒と出会った譬え話>

荘子の曰く、「昨日道をまかりしに、跡に呼ばふ声あ り。かへり見れば人なし。ただ車の輪跡(わあと)の くぼみたる所にたまりたる少水(せうすい)に、 鮒 (ふな)一つふためく。
=荘子が言うことには、「昨日道を通りました時に、  足もとで(私を)何度も呼ぶ声がする。振り返って  見ると誰もいない。ただ車輪の跡の窪んでいる所に  溜まっている少しの水(があり、そこ)に、鮒が一尾  ばたばたと音を立て(騒ぎ立て)ている。

何ぞの鮒にかあらんと思ひて、寄りて見れば、 少し ばかりの水に、いみじう大きなる鮒あり。『何ぞの鮒 ぞ』と問へば、
=どういう鮒であろうかと思って、近寄って見ると、  少しばかりの水(たまり)に、たいそう大きな鮒が  いる。『(お前は)どういう鮒か』と尋ねると、

鮒の曰はく、『我は河伯神(かはくしん)の使ひに、 江湖(がうこ)へ行くなり。それが飛びそこなひて、 この溝に落ち入りたるなり。喉(のど)渇き、死なん とす。我を助けよと思ひて、呼びつるなり』と言ふ。
=鮒が言うことには、『私は河伯神(という神)の使い  で大きな河や湖へ行くのだ。それが飛び損なって、  この溝に落ち込んだのだ。喉が渇き、死にそうだ。  私を助けてくれと思って、呼んだのだ』と言う。

▼(段落まとめ)
道を通っていた荘子は、少しばかりの水たまりの中で 音を立て(騒ぎ立て)ている鮒に呼び止められ、喉が 渇いて死にそうだと言われ(助けを求められ)た。

right★補足・文法★        


★「さてなん助けし」までは譬え話
 その後で、荘子は自分の考え(主張)を述べている
        (鮒→その日の食べ物もない荘子)
        (水→その日の食べ物)
・まかり(「行く」丁寧=行きます)し(過去「き」体)
・跡=足もと、足のあたり、後
・呼ばふ=呼び続ける、何度も呼ぶ
・…たる(存続「たり」連体形)
・ふためく=ばたばたと音を立てる、騒ぎ立てる

・何ぞの=どんな、どういう
・…に(断定「なり」用)か(疑問)あら(ラ変)ん(推量)
 =…であろうか




・河伯神=河の神
・江湖=大きな河や湖。固有名詞ともとれる
・死な(ナ変)ん(推量)と(助詞)す(サ変)
・呼び()つる(完了)なり(断定)










left★原文・現代語訳★
【三】<後日の江湖より今すぐ一杯の水が欲しい鮒>

答へて曰はく、『吾(われ)今二三日ありて、江湖と いふ所に遊びしに行かんとす。 そこに持て行きて、 放さん』と言ふに、
=(そこで私が答えて)言うことには、『私は、もう  二三日して、江湖という所に遊びに行くつもりだ。  そこに(お前を)連れて行って、放してやろう』と  言うと、

魚の曰はく、『さらにそれまでえ待つまじ。ただ今日 一提(ひとひさげ)ばかりの水をもて、喉をうるへよ』 と言ひしかば、さてなん助けし。
=魚が言うことには、 『決してそれまで待つことは  できない(だろう)。ただもう今日手に提げて持つ  容器一杯だけの水で(私の)喉をうるおしてくれ』  と言ったので、そうして(鮒を)助け(てやっ)た。

▼(段落まとめ)
二三日後に江湖へというのは決して待てず、ただもう 今日手に提げた一杯だけの水で喉を潤してくれと言う 鮒を、その通りに助けてやった。

right★補足・文法★        


・遊びし(サ変)に(助詞)行か(四段)ん(意思)と(助詞)
 す(サ変)






・さらに…打消=全く(とても)…ない
・え(副詞)…まじ(打消推量)=…できない(だろう)
・ただ(直・唯)=ちょうど、すぐ、直接、わじかに
・提=(弦の取っ手を手で提げて持つ)酒などを入れて    つぐ容器。(←持ち歩いたり温めたりする)
・…を()もて(←「もちて」が変化)=…で
・うるふ(ハ下二)=うるおす、湿らす
・言ひ()しか(過去「き」已然形)ば()
・さ(副)て(助)なん(係助)助け(下二)し(過去、連体)




left★原文・現代語訳★    
【四】<「後の千金」は無意味という荘子の主張>

鮒の言ひしこと、我が身に知りぬ。さらに今日の命、 物食はずは、生くべからず。後の千の金(こがね)、 さらに益(やく)なし」とぞ言ひける。
=鮒が言ったことは、我が身の事として知った。全く  今日の命は、何も食べなかったなら、生きることは  できない。後(になってから)の千両の大金は、全く  役に立たない」と(荘子は)言った(のだった)。

それより、「後の千金」といふこと名誉せり。
=それから、「後の千金」という言葉(諺)が有名に  なった。

▼(段落まとめ)
大事なのは今日の命(食べ物)であり、後の千の金は 無意味なのだと荘子は主張したが、この「後の千金」 は後に有名な言葉になった(諺の由来譚)。

right★補足・文法★        


★譬え話を踏まえた荘子の主張
・生く(上二)べから(可能)ず(打消)
★後の千の金、さらに益なし=必要な時が過ぎてから  大金を与えられても何の意味もない。折角の援助も  時機を逸すれば役に立たない(何の効果もない)



・名誉す(サ変)=評判になる、有名になる
☆この話は「轍鮒(てっぷ)の急」という故事成語と  しても知られている。
 →「轍」=車の通った後に残る車輪の跡、わだち





left★原文・現代語訳★
〈300字要約=24字×12行〉
貧しくてその日の食べ物もなかった荘子は、隣に住む 監河候に粟を貰いに行ったところ、五日後に千両の金 が手に入る予定で、それを差し上げようと言われた。 そこで、荘子は次のように譬え話をした。道を通って いたら、少しばかりの水たまりの中で騒ぎ立てている 鮒に呼び止められ、喉が渇いて死にそうだとれ助けを 求められた。そこで、二三日後には江湖へと言うと、 決して待てず、今日すぐに手に提げた一杯だけの水で 喉を潤してくれと言われたので、その通り鮒を助けて やった。我が身の上も同じで、大事なのは今日の命で あって、後の千の金は無意味なのだ、と荘子は自分の 考えを主張した。この「後の千金」は後に有名な諺と なった。
ヘンデル「協奏曲ト短調」

right★補足・文法★    
〈190字要約=24字×8行〉
その日の食べ物もない荘子は、隣の監河候から数日後 千金を差し上げようと言われ、轍の水たまりに落ちた 鮒の譬え話をした。死にかけている鮒に、二三日後に 江湖に連れて行こう言うと、それよりも今すぐに水が 必要だと言われた。同じように、私も今すぐ食べ物が 必要であって、後から千金を貰っても無意味なのだと 言った。即ち、今すぐ必要なものを後日与えられても 意味がない、と自分の考えを主張したのった。


〈参考……文学史〉
右の文について述べた次の文章の空欄に、当てはまる 言葉をそれぞれ語群から選び、記号で答えよ。
 右の文の出典は(  1  )時代前期(十三世紀 初め)に成立した『(  2  )』という中世を代 表する(  3  )で、編者は未詳である。
 先行する『今昔物語集』と重複する話が多く、仏教 説話・法師や聖人の逸話・世俗的な民間伝承を含み、 人間的な興味を中心とする庶民性・平俗性が特徴とな っている。当時の人々の生活や人間性が生き生きと描 かれ、後世への影響も大きかった。

貴方は人目の訪問者です