left★原文・現代語訳★
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
   「宇治拾遺物語(巻3)/絵仏師良秀」

〈作品=『宇治拾遺物語』〉
鎌倉前期(1210年頃)成立
 →12C末までに原型→増補・加筆
〇説話集15巻(197話)→庶民文学
 →80話が『今昔物語集』(1120)と重複
 →『江談抄』『打聞集』『古事談』『十訓抄』
  と類似の説話も含まれる
〇内容→本朝(日本)天竺(インド)震旦(中国)
    舞台とする説話を収録
 @仏教説話・A世俗説話・B民間伝承
 →当時の人々の生活や人間性が生き生きと描かれる
〇平易な和文体
 →漢語・俗語の使用と語の繰り返し→口承性
〇書名→『宇治大納言物語』(『今昔物語集』などの
    元になる説話集)に漏れた物を拾い集めた、
    とする説などがあると序文に書かれている

〈概要=「絵仏師良秀」〉
〇家が火事となって大路へ逃げ出した絵仏師良秀は、
 妻子も残したまま焼ける様子を眺めて物思いをし、
 実際の炎の燃え方を納得して真の不動尊像の描き方
 を会得できたと喜び、何か物に憑りつかれたように
 笑う事があったが、後世も良秀のよぢり不動として
 称賛されるに至った。        (→要旨)

〈全体の構成〉 (→要約→要旨)

【一】<火事で大路へ逃げた絵仏師良秀>
これも今は昔、絵仏師(えぶっし)良秀(りょうしゅう/よしひで)といふありけり。
=これも今となっては昔の事だが、絵仏師良秀という
 (者が)いた。


家の隣より火出で来て、風おしおほひてせめければ、逃げ出でて大路(おほち)へ出でにけり。
=家の隣から火事(が)起こって、風(が)覆いかぶ
 さるように吹いて(火が)迫ってきた
ので、逃げ出
 して大通りへ出てしまった。

【二】<妻子を残し焼ける家を笑う良秀>
人の書かするもおはしけり。また、衣(きぬ)着ぬ妻子(めこ)なども、さながら内にありけり。
=(家の中には)人が(依頼して)描かせている仏様
 の絵もおありであった。また衣服(も)着ていない
 妻や子などもそのまま家の中に(残して)いた。

それも知らず、ただ逃げ出でたるをことにして、向かひのつらに立てり。
=それも意識することなく、ただ逃げ出したのをよい
 ことに、家の向かい側(正面)に立っていた。

見れば、すでにわが家に移りて、煙炎くゆりけるまで、おほかた、向かひのつらに立ちてながめければ、
=見ると、既に我が家に(火が)燃え移って煙や炎が
 立ち昇るまで、ずっと家の向かい側に立ってぼんや
 り物思いしながら眺めていたところ(ので)、

「あさましきこと。」とて、人ども来とぶらひけれど、騒がず。
=「大変なことだ」と言って人々(が)見舞いに来た
 が、(良秀は)騒ぎもしない。

「いかに。」と人言ひければ、向かひに立ちて、家の焼くるを見て、うちうなづきて、ときどき笑ひけり。
=「どうしたのか」とある人(が)言ったところ、
 (良秀は)向かい側に立って、家が焼けるのを見て
 ちょっと頷いて時々笑っていた。

【三】<真の描き方を会得したと喜ぶ良秀>
「あはれ、しつるせうとくかな。年ごろはわろく書きけるものかな。」と言ふ時に、
=「ああ、儲けものをしたなあ。長年(仏の背後の炎
 を)下手に描いていたものだよ」と(良秀が)言う
 と、その時に、





とぶらひに来たる者ども、「こはいかに、かくては立ちたまへるぞ。あさましきことかな。もののつきたまへるか。」と言ひければ、
=見舞いに来た者達(が)、「これはどうして、こう
 してお立ちになっているのか。驚き呆れることだな
 あ。(何か)物が憑りつきなさったのか」と言った
 ところ、

「なんでふもののつくべきぞ。年ごろ不動尊の火炎をあしく書きけるなり。今見れば、かうこそ燃えけれと、心得つるなり。これこそせうとくよ。
=「どうして物など憑りつくことがあろうか(いや、
 ない)。長年、不動尊の(背後の)炎を下手に描い
 ていたのだなあ。今見ると、このように(炎は)燃
 えるのだなあと納得したのだ。これこそ儲けものだ
 よ。

この道を立てて世にあらむには、仏だによく書きたてまつらば、百千の家もいできなん。わたうたちこそ、させる能もおはせねば、ものをも惜しみたまへ。」と言ひて、あざ笑ひてこそ立てりけれ。
=この(絵仏師の)道で(身を)立てて世に生きてい
 くならば、仏様さえ上手く描き申し上げるならば、
 百軒千軒の家もきっと建てられるだろう。お前さん
 たちこそ、そうした才能もおありでないので、物惜
 しみもなさって下さい」と言って、嘲笑って立って
 いたのだった。

【四】<後世も称賛される良秀のよぢり不動>
そののちにや、良秀がよぢり不動とて、今に人々愛で合へり。
=その後であろうか、(彼の絵を)良秀のよじり不動
 として、今でも世の人々が褒め称え合っている。





〈要約と主題〉
火事となって大路へ逃げ出した絵仏師良秀は、妻子を 中に残したまま家が燃える様子を動じる事もなく見入 り何か物に憑りつかれたように笑って、実際の炎の燃 え方を会得できたと喜び、炎に包まれた真に迫る不動 尊像を描こうとした。その絵は、後世も「良秀のよじ り不動」として称賛されるに至ったという、芸術至上 主義にも通じるような一人の絵師の執念を描いている

〈参考…芥川龍之介「地獄変」〉
絵仏師良秀は高慢だったが、当代随一の腕であった。
堀川の大殿に地獄変の屏風絵を描くように命じられた
良秀は苦心し、牛車に乗った上臈が焼かれるさまを目
の前で見たい
と大殿に訴える。
良秀最愛の娘が自分になびかぬことを憎んでいた大殿
は、その娘を牛車に乗せて火を放つ。良秀は衝撃を受
けるが、その表情はやがて消え、娘が火に包まれる姿
恍惚として見入り筆を走らせた
見事な絵を完成させた後、良秀は首をくくって死ぬ。
right★補足・文法★
(説話)2018年3月(6月改)


〈作者〉
〇編者未詳
 →源隆国(宇治大納言)の説がある
〈文学史まとめ→テスト〉
右の文の出典は、『宇治拾遺物語』という鎌倉時代前 期(1210年頃)に成立した説話集で、作者は未詳 である。『今昔物語集』を継ぐ中世説話集の傑作で、 二百話ほどから成るが、その中の八十話が重複してい る。本朝(日本)・天竺(インド)・震旦(中国)の 三国を舞台とする説話を収録していて、内容は仏教説 話・世俗説話・民間伝承の三種類に分類される。構成 面では統一性に欠ける一面があるが、当時の人々の生 活や、醜悪な本能・欲望・弱さといった人間性の真実 が、明るいユーモアと平易な口承的文体で生き生きと 描かれている点が高く評価される。芥川龍之介や太宰 治など近現代の文学にも多くの影響を与えた。

〈参考〉
芥川龍之介「地獄変」のモデルとなる
 →芸術至上主義=人生より芸術に価値を置く
〈主題〉
妻子を中に残したまま家が燃えるのを動じる事もなく
見入って、実際の炎の燃え方を会得して炎に包まれた
真に迫る不動尊像を描こうとした、絵師の執念と喜び




・これも今は昔→説話で決まって用いられる常套句
・絵仏師=仏像を題材に絵を描く、優れた専門の職人
※良秀=鎌倉時代の仏教が背景となっているが、
    人物の詳細は不明
・あり(ラ変)けり(過去)

・出で来=(複合動詞・カ変)出(て来)る・起こる
・せめ(迫る→マ行下二段活用)けれ(過去)
・大路(おほち)=大通り
・出で(ダ行下二段)に(完了)けり(過去)
☆逃げ出したが、火の燃え方を見たい思いもあった


・おはし(「あり」の尊敬語)けり()
・さながら=そのまま
☆絵を描く事が、妻や子を初め何よりも大事だった
 →芸術至上主義(価値=芸術>妻子・家)


・ことにして=よい(幸いな)ことに(して)
・立て(タ行四段・已然形)り(存続=していた)



・くゆ(燻・薫)る=(煙・匂いが)立ち昇る
・ながむ(マ下二)=ぼんやり物思いしながら眺める




・あさまし=大変だ・驚き呆れることだ
・来とぶらふ=(ハ行四段活用動詞)見舞いに来る



・焼くる(カ行下二段活用動詞「焼く」連体形)






・し(サ変)つる(完了)せうとく()かな(詠嘆)
=儲けものをしたことだな←「せうとくしつるかな」
 →しつる=したor(連体詞)大変な
 →せうとく=所得・儲けもの
★自分の家が燃える様子を見て、実際の火炎の燃え方
 を会得
し、制作を依頼された仏画には、全く本物の
 火が燃えているかのようによじれた炎に包まれる
 に迫るものを描こう
と心に思った
 →不動尊像の背後にある炎の真の描き方を理解した

・来(カ変)たる(完了)
・…たまへ(尊敬・已然形)る(存続)ぞ()
★自分の家が燃えるのを惜しまず、むしろ喜んだ様子
 で見入っているのが理解できなかった




・なんでふ=どうして…か(いや…ない)(反語)
            (「なにといふ」が変化)
・…つく()べき(推量)+ぞ()
 =(物/霊)が)憑りつくことがあろうか
・不動尊=不動明王。背後に炎を負っている
・燃え(ヤ行下二「燃ゆ」用)けれ(詠嘆=だなあ)
・心得(ア行下二・用)つる(完了)なり(断定)


・あら(ラ変)む(仮定)に()は()
 =ある(生きていく)ならば(その時には)
・…たてまつら(謙譲=し申し上げる)ば(ならば)
・いでき(カ変)な(強意)ん(可能推量)
 =きっと出て来る(建てられる)だろう
・わたうたち=お前さんたち・お主たち
・おはせ(「あり」の尊敬語)ね(打消)ば()
・立て()り(存続=…している)けれ()
☆絵師としての自信と誇り
 →自分の芸道に対する執念を、理解できない常識に
  囚われた凡俗を嘲笑する思い

・…に(断定「なり」用)や(疑問・係助詞)
 =…であろうか(後に「あらむ」を補う)
☆よぢり不動=全く本物の火が燃えているかのように
       炎がよじれて燃える不動尊像の絵
・愛づ=(めづ・下二段)心惹かれる・魅せられる
    感動する・賞美する・称賛する・褒める
★良秀の芸術に対する異常なほどの執念優れた作品
 を生み出すこととなったのだ、と作者は良秀を称賛
 →大事な家族や家を犠牲にしてまで、ひたすら
  仏画の制作に励み真に迫る素晴らしい絵を描いた









大正7年(1918)発表した短編小説。
『宇治拾遺物語』『十訓抄』に材をとった王朝物。
人間の道徳を放棄してまでも、作品完成を求めた
絵師を通して、
すさまじいまでの芸術至上主義を表わした作品。
芸術家としての勝利は生活者としての地獄の上にある
という悲しい認識も見える。
          (浜島書店「国語便覧」より)

貴方は人目の訪問者です。