left★原文・現代語訳★  
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
   兼好法師「『徒然草(第188段)
       /人の数多ありける中にて」


〈作品=『徒然草』〉
三大随筆の一つ
 ・清少納言『枕草子』(1001年頃→平安中期)
 ・鴨 長明『方丈記』(1210年頃→鎌倉初期)
 ・兼好法師『徒然草』(1330年頃→鎌倉末期)
鎌倉時代末期1330年頃成立
〇作者=兼好法師
〇内容
 ・処世・趣味・自然・有職故実・仏教など
  →人生経験に基づいた人間・社会に対する省察
  →『枕草子』からの影響
 ・隠者文学→(仏教的)無常観の思想
 ・240余段
〇表現→漢文訓読調・王朝的な流麗な和文

〈概要〉
登蓮法師が、ますほの薄の事を渡辺の聖が知っている と聞くや否や、雨が降っているにもかかわらず習いに 行った、という人から聞いた話に始まり、最後に筆者 の感想を述べる、という構成で書かれている。
                (→要約・要旨)

right★補足・文法★        
(随筆)2021年8月



〈作者について補足〉
・伝記未詳
・歌人として活躍
 →「和歌四天王」の一人












※鴨長明『無名抄』・兼好法師『徒然草』では、同じ  登蓮法師の行動を各々の異なる視点で捉えている。




全体の構成 【一】(起)大事が成就するには 【二】(承)まそほの薄を是非習得したい登蓮法師
【三】(転)直ぐに行動して習得した登蓮法師 【四】(結)出家という大事を思うべし
left★原文・現代語訳★
〈授業の展開〉

【一】<大事が成就するには>

一事を必ず成さんと思はば、他の事の破るるをも傷む べからず、人の嘲りをも恥づべからず。万事に換へず しては、一の大事成るべからず。
=一つの事を必ず成し遂げようと思うならば、他の事  が駄目になるのも嘆くべきでなく、人が嘲笑うのも  恥じるべきでない。あらゆる事と引き換えにしなく  ては、一番の大事な事が成就する筈がない。

▼(段落まとめ)
一番の大事な事が成就するには、他の全ての事を犠牲
にしなくてはいけない。

right★補足・文法★        




・破る=駄目になる、損なわれる
・傷む=嘆く、悲しむ
・万事に換へずしては=あらゆる事と引き換えにしな
 くては、全ての事を犠牲にしなくては
☆他の全ての事と引き換えにしなくては、大事が成就  するはずがない、という心得を述べる






left★原文・現代語訳★    
【二】<まそほの薄を是非習得したい登蓮法師>

人の数多(あまた)ありける中にて、ある者、「ますほ の薄(すすき)、まそほの薄など言ふ事あり。渡辺の 聖、この事を伝へ知りたり。」と語りけるを、
=(ある人の所に)人がたくさん(集まって世間話を  して)いた中で、ある者が、「(和歌を詠むのに)  ますほの薄(とか)まそほの薄などと言う事がある。  渡辺に住む高徳の僧が、この事を伝え聞いて知って  いる。」と語ったのを、

登蓮法師、その座に侍りけるが、聞きて、雨の降りけ るに、「蓑・笠やある。貸し給へ。かの薄の事習ひに 、渡辺の聖のがり尋ね罷らん。」と言ひけるを、
=登蓮法師が、その集まりの中におりましたが、耳に  して、(その時は)雨が降っていたのに、「蓑と笠  はありますか。(あれば)お貸し下さい。あの薄の  事を習いに、(今から)渡辺に住む聖のもとに尋ね  に参りたいのです。」と(家の主に)言ったのを、


▼(段落まとめ)
ある集まりで、登蓮法師は渡辺の聖が「まそほの薄」 の事を知っていると聞き、直ぐに習いたいと思った。

right★補足・文法★        

・ますほの薄…=穂が長くて一尺ばかりあり、赤みを
        帯びている薄
・渡辺の聖=(現在の大阪=摂津国西成郡で難波江の
      渡り口にある)渡辺に住む高徳の僧
・登蓮法師=平安時代の歌人
・…の(助詞)がり(名詞)=…のもとへ、…の所へ
・尋ぬ=問う、さがし求める、さぐる

※雨の降る日、ある家に顔馴染みの者が集まって世間  話をしていた際、「ますほの薄というのは、どんな  だろう」という話になり、「渡辺という所にこれに  詳しい聖がいるそうだ」とある者が話し始めると、  それを聞いた歌人である登蓮法師は、疑問に思う事  があったのか、居ても立っても居られなくなったの  だろう

left★原文・現代語訳★
【三】<直ぐに行動して習得した登蓮法師>

「余りに物騒がし。雨止みてこそ。」と人の言ひけれ ば、
=「あまりにせっかちだ。雨が止んでから(お尋ねに  なってはいかがですか)。」と(その)人が言った  ところ、

「無下の事をも仰せらるるものかな。人の命は雨の晴 れ間をも待つものかは。我も死に、聖も失せなば、尋 ね聞きてんや。」
=(登蓮法師は)「あまりにもひどい事を仰るものだ  よ。人の命は雨が晴れるまでも待ってくれようか、  いや待ちはしない。(雨が止むのを待つ間に)私も  死に、聖も死んでしまったならば、(誰が)尋ねて  聞く事ができようか、いやできはしない。」

とて、走り出でて行きつつ、習ひ侍りにけりと申し伝 へたるこそ、ゆゆしく、有難う覚ゆれ。
=と言い残して、(雨の中を)走り出て行っては、
 (聖を探し求めて)習ってしまいましたと伝え申して  いるのは、一通りでなく(素晴らしく)、滅多にない  ほど立派に思われることだ。

▼(段落まとめ)
雨が降る中を直ぐに走り出て行って、渡辺の聖を探し 求めては習ってしまったというのは、素晴らしく立派 である。

right★補足・文法★        


・物騒がし=何かと慌ただしい、せっかちだ





・無下なり=あまりにひどい
・かは=反語(…か、いや…ない)
・失せ(サ変)な(完了)ば(仮定、助詞)
・聞き(四段)て(強意)ん(推量)や(反語)





・ゆゆし=忌まわしい、憚られる、一通りでない
     素晴らしい、立派だ
★登蓮法師の行動に対する筆者の感想









left★原文・現代語訳★    
【四】<出家という大事を思うべし>

「敏き時は、即ち功あり。」とぞ、論語と云ふ文にも 侍るなる。
=「機敏に行う時は、その場合は成功する。」と、
 『論語』という書物にも(記載が)あるそうです。

この薄をいぶかしく思ひけるやうに、一大事の因縁を ぞ思ふべかりける
=(登蓮法師が何としても)この薄の事を知りたいと  思っ(て他の事を顧みず敏速に行動し)たように、 (出家して悟りを開くという、人生で)一番大事な事  の機縁を(得ようと強く)思うべきであったよ。

▼(段落まとめ)
登蓮法師がますほの薄を習得しようと他の事を顧みず 機敏に行動したように、仏道に入り悟りを開くという 人生で一番大事な事の機縁を強く思うべきである。

right★補足・文法★        


・侍る(「あり」の丁寧)なる(伝聞推定)




・訝(いぶか)し=不審である、疑わしい、知りたい
☆鴨長明の歌論書『無名抄』では、和歌への探求心の  強さ(数寄者への称賛)に主眼が置かれるが、
 兼好法師『徒然草』では、他の事を投げ打ってでも  一大事の因縁(悟りを開くきっかけ)を得ることに  心を尽くすようにと主張している
☆『徒然草』では、作者の感想や主題が最初か最後の  一文に表現されることが多い




left★原文・現代語訳★
〈100字要約〉
登蓮法師がますほの薄を是非習得したいと他を顧みず 機敏に行動したように、(出家して悟りを開くという) 人生で一番大事な事が成就するには、他の全ての事を 犠牲にしてでも、機敏に行動しなくてはいけない。




right★補足・文法★    
〈参考…ますほの薄を詠んだ歌〉
花すすき  月の光に    まがはまし
      深きますほの  色に染めずは
=(花のような)穂の出た薄は、月の光に(白く一面  を照らされ、白い月と)見間違えたことだろうに。  もしも、深いますほのような赤色に(穂を)染めて  いなかったならば。(しかし、煌々と照る月の光を  背景に、薄は穂を赤く染めていて見間違えることは  なく、白と赤が映えた美しさが素晴らしいことだ)

やまどりの  ますほのすすき  うちなびき
       おもふこころは  きみによりにき
=山鳥の(尾の)ような(長くて赤い)ますほの薄が  (風に吹かれて)さあと靡き、(目の前の薄が風に  靡くのと同じように)切なく思う私の心(もまた)  君の方に(自然と靡き)寄ってしまった。

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