left★原文・現代語訳★
〈授業の展開〉
【一】<盛りだけを見るものではない桜や月>
花は盛りに、
月はくまなきを
のみ見るものかは。
=(桜の)花は真っ盛り(満開)の時に、
月は陰り(翳り)のないもの(満月)を
だけ見るものであろうか、いや、そうではない。
雨に向かひて月を恋ひ、たれこめて春の行方知らぬも
、なほあはれに情け深し。
咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ、
見どころ多けれ。
=(降る)雨に向かって(見えない)月を恋しく思い、
簾や帳を垂らして(中に)引き籠もって春が移り行く
(桜が散った)のを知らずに(心で想像して)いる
のも、やはりしみじみとして情趣が深い。
今にも咲きそうな頃の(桜の)梢(や)、(花びらが
点々と)散って萎れている庭などこそ、見所(見る
価値)が多い(のだ)。
歌の詞書(ことばがき)にも、「花見にまかれりける
に、早く散り過ぎにければ。」とも、「さはることあ
りてまからで。」なども書けるは、
「花を見て。」と言へるに劣れることかは。
=和歌の詞書にも、「花見に参りましたところ、既に
散ってしまったので。」とも、「差し支える(都合
の悪い)ことがあって、(花見に)参りませんで。」
などとも書いてあるのは、
「花を見て(詠んだ歌です)。」と言っているのに
劣っていることだろうか、いやそんなことはない。
花の散り、月の傾(かたぶく)くを慕ふならひはさる
ことなれど、
ことにかたくななる人ぞ、「この枝、かの枝、散りに
けり。今は見どころなし。」などは言ふめる。
=花が散り、月が(西に)傾く(沈む)のを(惜しみ)慕う
ならわし(習慣)はもっともなことではあるけれど、
特にものの情趣を解さない(偏屈な)人は、「この枝
も、あの枝も、散ってしまった。今は(もう)見所が
ない。」などとは言うよう(なの)だ。
▼(段落まとめ)
桜や月は盛りの時にだけ見るものではない。花が咲く
前や散った後の桜も、雨で見えない月や西に傾く月も
、心で恋い慕えばしみじみとした趣があるのだ。それ
が出来ないのは情趣を解さない(偏屈な)人である。
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right★補足・文法★
・ものかは=…だろうか、いやそうではない(反語)
☆全ては移り変わって行くものであり、
だからこそ素晴らしいとする、無常観が窺われる?
・「類聚句題」に「對雨恋月」という詩題<がある
・たれこめて=簾や帳を垂らし、その中に引き籠って
→『古今集』に「たれこめて 春の行方も知らぬま
に 待ちし桜も うつろひにけり」(藤原寄香)
とある
→うつろふ=色あせる、(花・葉が)散る
☆満月や満開の桜を見ずに、心で想像するのも良い?
・…ぬ(強意)べき(推量)=(今にも)…しそうだ
・詞書=和歌の前書き(詠まれた時・場所・事情など
を説明した文章)
・まかる=高貴な所から退出/ お暇する、下向する
参上する、参る(「行く」の謙譲語)
行きます、参ります(「行く」の丁寧語)
・散り過ぐ=(すっかり)散ってしまう
・障る=差し支える、妨げられる、都合が悪くなる
・まから(「行く」丁寧)で(打消・接続助詞)
・…り(完了or存続「り」用)ける()
・書け()る(存続、体)
・さることなれど=もっともなことではあるが
・異に・殊に=とりわけ、特に
・頑ななり=頑固・偏屈だ、ものの情趣を解さない
・…に(完了「ぬ」用)けり(詠嘆=…だなあ)
・言ふ()める(推定「めり」体=…ようだ)
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