left★原文・現代語訳★  
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
   兼好法師「『徒然草(第137段)
       /花は盛りに」


〈作品=『徒然草』〉
三大随筆の一つ
 ・清少納言『枕草子』(1001年頃→平安中期)
 ・鴨 長明『方丈記』(1210年頃→鎌倉初期)
 ・兼好法師『徒然草』(1330年頃→鎌倉末期)
鎌倉時代末期1330年頃成立
〇作者=兼好法師
〇内容
 ・処世・趣味・自然・有職故実・仏教など
  →人生経験に基づいた人間・社会に対する省察
  →『枕草子』からの影響
 ・隠者文学→(仏教的)無常観の思想
 ・240余段
〇表現→漢文訓読調・王朝的な流麗な和文

〈概要〉
盛りの時だけが良いのではないという、花や月などに 対する教養ある人の鑑賞のあり方を述べる。
                (→要約・要旨)

right★補足・文法★        
(随筆)2022年1月(2月改)



〈作者について補足〉
・伝記未詳
・歌人として活躍
 →「和歌四天王」の一人

※随筆=自己の感想・意見・見聞・体験などを
    筆に任せて自由な形式で書いた文章(随想)
    ↓↑
 評論=物事の善悪・価値・優劣などを
    批評し論じること。また、その文章

全体の構成 【一】(起)盛りだけを見るものではない桜や月 【二】(承)何事も初め終わりにこそある趣
【三】(転)望月より趣深い木の間の影や群雲隠れの月 【四】(結)目だけで見るものではない月や花
left★原文・現代語訳★
〈授業の展開〉

【一】<盛りだけを見るものではない桜や月>

花は盛りに
月はくまなきを
のみ見るものかは
=(桜の)花は真っ盛り(満開)の時に、
 月は陰り(翳り)のないもの(満月)を
 だけ見るものであろうか、いや、そうではない。

雨に向かひて月を恋ひ、たれこめて春の行方知らぬも
、なほあはれに情け深し。
咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ、
見どころ多けれ。
=(降る)雨に向かって(見えない)月を恋しく思い、
 簾や帳を垂らして(中に)引き籠もって春が移り行く
 (桜が散った)のを知らずに(心で想像して)いる
 のも、やはりしみじみとして情趣が深い。
 今にも咲きそうな頃の(桜の)梢(や)、(花びらが
 点々と)散って萎れている庭などこそ、見所(見る
 価値)が多い(のだ)。

歌の詞書(ことばがき)にも、「花見にまかれりける に、早く散り過ぎにければ。」とも、「さはることあ りてまからで。」なども書けるは、
「花を見て。」と言へるに劣れることかは。
=和歌の詞書にも、「花見に参りましたところ、既に  散ってしまったので。」とも、「差し支える(都合  の悪い)ことがあって、(花見に)参りませんで。」  などとも書いてあるのは、
 「花を見て(詠んだ歌です)。」と言っているのに
 劣っていることだろうか、いやそんなことはない。

花の散り、月の傾(かたぶく)くを慕ふならひはさる ことなれど、
ことにかたくななる人ぞ、「この枝、かの枝、散りに けり。今は見どころなし。」などは言ふめる。
=花が散り、月が(西に)傾く(沈む)のを(惜しみ)慕う  ならわし(習慣)はもっともなことではあるけれど、  特にものの情趣を解さない(偏屈な)人は、「この枝  も、あの枝も、散ってしまった。今は(もう)見所が  ない。」などとは言うよう(なの)だ。

▼(段落まとめ)
桜や月は盛りの時にだけ見るものではない。花が咲く 前や散った後の桜も、雨で見えない月や西に傾く月も 、心で恋い慕えばしみじみとした趣があるのだ。それ が出来ないのは情趣を解さない(偏屈な)人である。

right★補足・文法★        




・ものかは=…だろうか、いやそうではない(反語)
☆全ては移り変わって行くものであり、
 だからこそ素晴らしいとする、無常観が窺われる?




・「類聚句題」に「對雨恋月」という詩題<がある
・たれこめて=簾や帳を垂らし、その中に引き籠って
 →『古今集』に「たれこめて 春の行方も知らぬま   に 待ちし桜も うつろひにけり」(藤原寄香)   とある
 →うつろふ=色あせる、(花・葉が)散る
☆満月や満開の桜を見ずに、心で想像するのも良い?
・…ぬ(強意)べき(推量)=(今にも)…しそうだ




・詞書=和歌の前書き(詠まれた時・場所・事情など
    を説明した文章)
・まかる=高貴な所から退出/ お暇する、下向する
     参上する、参る(「行く」の謙譲語)
     行きます、参ります(「行く」の丁寧語)
・散り過ぐ=(すっかり)散ってしまう
・障る=差し支える、妨げられる、都合が悪くなる
・まから(「行く」丁寧)で(打消・接続助詞)
・…り(完了or存続「り」用)ける()
・書け()る(存続、体)

・さることなれど=もっともなことではあるが
・異に・殊に=とりわけ、特に
・頑ななり=頑固・偏屈だ、ものの情趣を解さない
・…に(完了「ぬ」用)けり(詠嘆=…だなあ)
・言ふ()める(推定「めり」体=…ようだ)











left★原文・現代語訳★    
【二】<何事も初め終わりにこそある趣>

よろづのことも、初め終はりこそをかしけれ
=(花や月に限らず)何事も、(盛りの時だけでなく)
 初めと終わりこそ趣がある(のだ)。

男女の情けも、ひとへにあひ見るをばいふものかは。
=男女の恋愛(愛情)も、ひたすら(逢って)契りを  結ぶのだけを(恋愛と)言うものであろうか、いや  そうではない。
    ↓
あはでやみにし憂さを思ひ、あだなる契りをかこち、 長き夜をひとり明かし、遠き雲居を思ひやり、浅茅が 宿に昔をしのぶこそ、色好むとは言はめ。
=逢わないで終わってしまった辛さを思い、(愛を誓  いながら、実を結ばなかった)はかない約束を恨み  嘆き、長い夜を独り(寂しく)明かし、遥かに遠い  大空(のように離れた所にいる恋人)を思いやり、  茅が生い茂っている荒れた家で(恋人と過ごした)  昔を思い出すことこそ、(本当の)恋の情趣が解って  いると言えよう。

▼(段落まとめ)
何事も盛りの時だけでなく初めと終わりこそ趣がある のであって、男女の恋愛も逢って契りを結ぶのだけを 恋愛と言うのではない。

right★補足・文法★        






・あひ(相・逢ひ)見る=対面する、契りを結ぶ
・徒なり=はかない、誠実でない、無駄だ
 →あだなる契り=(変わらぬ愛を誓いながら)
          実を結ばなかった約束

・かこつ=恨みごとを言う、 嘆く
・雲井・雲居=大空、天上(雲のある所)
・浅茅(あさぢ)が宿=茅(ちがや)が生い茂っている
          荒れ果てた家
・しの(偲・忍)ぶ=思い慕う、思い出す、賞美する
       我慢する、人目を避ける、秘密にする ・色好む=恋の情趣がわかる
・こそ(強意)…言は()め(適当or可能、已←係り結び)








left★原文・現代語訳★
【三】<望月より趣深い木の間の影や群雲隠れの月>

望月(もちづき)のくまなきを千里(ちさと)のほか まで眺めたるよりも、
=(月も同じことで、盛りの時の)満月で(雲などで  隠れた一点の)陰りもない(状態で照っている)の  を、(遥か)千里の彼方まで眺めているよりも
    ↓↑
暁近くなりて待ち出でたるが、いと心深う、青みたる やうにて、
深き山の杉の梢に見えたる、木の間の影、うちしぐれ
たるむら雲隠れのほどまたなくあはれなり
=明け方近くなって、待っていてようやく出て来た月  が、とても趣深く、青みを帯びているようで、
 山奥の杉の梢(の間)に見えている、木の間(から)  の(漏れる)月の光(や)、少し時雨を降らせた群がり  立つ雲に隠れている(月の)様子(の方)が、この
 上なくしみじみとした趣がある。

椎柴(しひしば)・白樫(しらかし)などのぬれたる やうなる葉の上にきらめきたるこそ、身にしみて、心 あらむ友もがなと、都恋しうおぼゆれ。
=椎の木や白樫などの濡れているような(光沢ある)  葉の上に(月が)きらきらと輝いているのは、身に  しみて、情趣を解するような友が(そばに)いれば  なあと、(そんな友がいる)都(のこと)が恋しく  思われる(ことだ)。

▼(段落まとめ)
月も同じで、陰りなく千里の彼方まで照っている満月 よりも、明け方近くに出て山奥の梢の木の間に見える 月や、時雨雲に隠れている月の方が、この上なくしみ じみと趣深くて、そんな情趣を解する友人がいればと 都が恋しく思われることだ。

right★補足・文法★        


・千里のほか=はるか彼方。『白氏文集』に
 「三五夜中新月色 二千里外故人心」 (十五夜の
 出たばかり月の色。自分が見ているのと同じこの月
 を、遠く二千里の彼方にいる旧友の君はどんな思い  で見ているのだろうか、と友を思う心)とある

・待ち出でたる=待っていてようやく出て来た(月)
・木の間(このま)=木と木の間
・うちしぐれたるむら雲隠れのほど=(秋の末から冬  の初めにかけ)ぱらぱらと通り雨を降らせた群らが  り立つ雲に隠れている、月の様子






・椎柴・白樫=共にブナ科の常緑高木。椎柴は椎の木
・心()あら(ラ変)む(婉曲=ような)友()
 もがな(願望=…がいれば(あればよいのに)なあ)













left★原文・現代語訳★    
【四】<目だけで見るものではない月や花>

すべて、月・花をば、さのみ目にて見るものかは
春は家を立ち去らでも、月の夜は閨(ねや)の内ながら も思へるこそ、いとたのもしう、をかしけれ
=だいたい、月や花は、そのように目だけで見るもの  であろうか、いやそうではない。
 春は(花見に)家から出て行かなくても、(秋の)月の  夜は寝室の中にいるままでも、(花や月を心で)想像  していることこそ、とても期待が持たれ、趣がある  のだ。

よき人は、ひとへに好けるさまにも見えず、興ずるさ まもなほざりなり
=(身分・)教養のある人は、(何事も)ひたすら風流を  好んでいるようにも見えず、(趣を)楽しむ様子も  あっさりとしている。
    ↓↑
片田舎の人こそ、色濃くよろづはもて興ずれ。
=(それに対して)片田舎の人こそ、しつこく何事も  面白がるのだ。
    ↓
花のもとには、ねぢ寄り立ち寄り、あからめもせずま もりて、酒のみ、連歌して、果ては、大きなる枝、心 なく折り取りぬ。
=(桜の)花の下には、にじり寄り近寄って、わき見  もせず(花をじっと)見つめて、酒を飲み、連歌を  して、ついには、大きな枝を、心(分別)なく折り  取ってしまう。
    ↓
泉には手・足さしひたして、雪には下り立ちて跡つけ など、よろづのもの、よそながら見ることなし
=(夏は)泉(の中)には手や足を浸して、(冬は)雪  (が積もった日)には降り立って足跡をつけるなど、  何でも、離れたままで(間接的に)見る(という)  ことがない。

▼(段落まとめ)
だいたい、月や花は目だけで見るものではなく、心の 中で想像するのが期待が持たれて趣があるのだ。教養 のある人の風流を好む様はあっさりしているのだが、 田舎者はしつこくて、離れたままそれとなく見ること をしないものだ。

right★補足・文法★        


・すべて=総じて、だいたい、一体、全部、全く
・閨=寝室
・…ながら=…のままで(接続助詞)
・たのもし=期待が持たれる(できる)、頼みになる
      当てにできる、楽しみだ





・よき人=身分・教養のある人、上品な人
・好く=風流を好む、恋愛に熱中する、色好みである
・なほざりなり=本気でない、あっさりしている



・色濃し=あくどい、しつこい



・あからめ=わき目。ふと目を他へ移すこと
・果ては=最後には、ついには、とうとう






・余所ながら=遠く離れていながら、ほかの所にいた        ままで。それとなく、間接的に












left★原文・現代語訳★
〈270字要約=24字×11行〉
桜や月は盛りにだけを見るものではない。花が咲く前 や散った後の桜も、雨で見えない月や西に傾く月も、 心で恋い慕えばしみじみとした趣があるのだ。何事も 盛りだけでなく初め終わりこそ趣があり、男女の恋愛 も同様である。遥か彼方を照らす満月よりも、山奥の 梢の木の間に見える月や、時雨雲に隠れた月の方が、 この上なくしみじみと趣深いこともある。また、月や 花は目だけで見るものでなく、心で思うことこそ期待 が持たれ、趣があるのだ。教養ある人の風流を好む様 は、あっさりしてしつこくなく、離れたまま間接的に それとなく見るものでもあるのだ。

right★補足・文法★    

兼好法師「徒然草−花は盛りに」(YouTube 解説)
ヘンデル「協奏曲ト短調」

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