left★原文・現代語訳★
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
   源俊頼「俊頼髄脳/歌のよしあし」

〈作品=『俊頼髄脳』〉
〇平安後期1115年頃成立
〇関白藤原忠実女に書いたもの
〇歌は気高く奥深い美(遠白し)を大切とし、
 後の『新古今』につながる
〇詞より心を重んじ、珍しい趣向の必要を説く
 作歌心得を述べ、善歌・悪歌の例を示す

〈概要〉
〇歌論
〇和歌の優劣を理解することが難しいことを、
 和泉式部の歌を例に出して述べる。(→要旨)


〈全体の構成〉 (→要約→要旨)

【一】
歌のよしあしをも知らむことは、ことのほかのためしなめり。
=和歌の優劣を理解するようなことは、特に難しい試
 みであるようだ。

【二】
四条大納言に、子の中納言が、「式部と赤染と、いづれかまされるぞ。」と尋ね申されければ、
=四条大納言に、子の中納言が、「和泉式部と赤染衛
 門とは、どちらが優れていますか。」と尋ね申し上
 げなさったところ、

「一口に言ふべき歌よみにあらず。
=「一言で言える歌人ではない。

式部は、『ひまこそなけれ 葦の八重葺き』とよめる者なり。いとやむごとなき歌よみなり。」とありければ、
=和泉式部は、『ひまこそなけれ 葦の八重葺き』と
 詠んだ者である。とても優れた歌人である。」と言
 ったので、

中納言はあやしげに思ひて、
=中納言は不思議に思って、

「式部が歌をば、『はるかに照らせ 山の端(は)の月』と申す歌をこそ、よき歌とは世の人申すめれ。」と申されければ、
=和泉式部の歌は、『はるかに照らせ 山の端(は)
 の月』と申します歌を、良い歌だと世の人々は申す
 ようですが。」と申し上げなさったところ、

【三】
「それぞ、人のえ知らぬことを言ふよ。
=「それは、世の人々が理解できないことを言うのだ
 よ。

『暗きより 暗きみちにぞ』と言へる句は、法華経の文にはあらずや。されば、いかに思いよりけむともおぼえず。
=『暗きより 暗きみちにぞ』と詠んだ句は、法華経
 の文ではないか。そうであるから、どのようにして
 思いついたのだろうとも思われない。

末の『はるかに照らせ』と言へる句は、本にひかされて、やすくよまれにけむ。
=下の句の『はるかに照らせ』と詠んだ句は、上の句
 に引かれて、たやすく詠まれてしまったのだろう。

『こやとも人の』と言ひて、『ひまこそなけれ』といへる言葉は、凡夫の思ひよるべきにあらず。
=(しかし)『こやとも人の』と詠んで、『ひまこそなけれ』と詠んだ言葉は、凡人が思いつけるものではない。

いみじきことなり。」とぞ申されける。
=とても素晴らしいことである。」と(四条大納言は)申し上げなさった。


★津の国の こやとも人の いふべきに
 ひまこそなけれ 葦の八重葺
 =摂津の国の昆陽(こや)という地名のように、
  「来や(来て下さい)」と人が言うべきですが、
  そんな暇(時間)がないのです。小屋の葦の八重
  葺きの屋根に隙間(隙=ひま)がないように。
★暗きより 暗きみちにぞ 入りぬべき
 遥かに照らせ 山の端の月
 =暗い所から、更に暗い道に入り込んでしまいそう
  だ。遥か遠くまで照らして下さい、山の端に沈む
  月よ。
right★補足・文法★
(評論)2017年9月


〈作者=源俊頼〉
・平安後期の歌壇の重鎮(?〜1129)
・『金葉和歌集』の編者
・清新の趣に富んだ歌風で、用語・着想にも特色
・うづら鳴く真野の入江のはまかぜに
 尾花なみよる秋のゆふぐれ
 =芒の穂が波のようになびいている秋の夕暮れよ。


・髄脳=和歌の本質・心髄を記した書。平安中期には
 1001年頃成立の藤原公任『新撰髄脳』がある。






・む=婉曲(ような)
・殊の外なり=特別だ、意外だ
・ためし=(先)例、試み
・な(=なる→なん:断定)めり(推定)→無表記


・四条大納言=藤原俊成×→藤原公任〇
・まされるぞ=優れ(已)+る(存続)+ぞ(強調)
・申されければ=申さ(謙譲)+れ(尊敬)+けれ
 (過去)+ば(偶然条件)


・言ふべき=言ふ+べき(可能)


★津の国の こやとも人の いふべきに
 ひまこそなけれ 葦の八重葺
・よめる=詠め+る(完了)
・やむごとなき=捨てておけない、尊い、優れた






★暗きより 暗きみちにぞ 入りぬべき
 遥かに照らせ 山の端の月
・山の端(は)=山の空に接する部分
・世の人申すめれ=世の人+申す(謙譲=敬意は
 式部)+めれ(婉曲)



・ぞ……言ふ(連体)=係り結び(強意)
・え……ぬ(打消)=不可能


・言へる=言へ(已然)+る(完了)
・にはあらずや=に(断定)+は+あら(ラ変)+
 ず(打消・終止)+や(疑問)
・思ひよる=思いつく
・けむ=過去推量


・本=上の句(五七五)・末=下の句(七七)
・ひかさる=他のものに引かれる(下二)
・やすし=容易だ、たやすい、軽々しい
・よまれにけむ=詠ま+れ(尊敬)+に(完了)+
 けむ(過去推量)
・凡夫(ぼんぷ)=凡人





・いみじ=とても素晴らしい




 →津の国の=「昆陽」「難波」などの摂津国の地名
  などに掛かる枕詞
 →こや=「昆陽=地名」「来や」「小屋」の掛詞
 →ひま=「暇」「隙=隙間」の掛詞


 →ぬべき=ぬ(強意)+べき(推量)




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