left★原文・現代語訳★
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
   紀貫之「土佐日記/門出」

〈出典=「土佐日記」〉
平安時代前期(935年頃)成立
〇作者 紀貫之(当時60代半ば)
〇日本最古の<日記>文学(紀行文)
 →自分を女性に仮託
 →57首の和歌を交えながら
 →女文字とされた仮名で記す
〇内容
 →土佐国司の任期が終わり、934年12月21日
  国司の館を出発して翌年2月16日京の邸に着く
  までの55日間の旅日記
 →中心は、土佐で亡くした娘を偲ぶ心情
〇書名→古くは『土左日記』(とさのにっき)
〇評価→新しい文学領域(日記)を創造
   →後の女流文学に影響


〈概要〉
〇国司の館を出発する時の様子を描く(→要旨)


〈全体の構成〉 (→要約→要旨)

【一】<女性に託して日記を記すとの前書き>
男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり。
=男も書くという日記というものを、女(の私)も書
 いてみようと思って、書くのである。

【二】<任期を終えて門出する国司の様>
それの年の十二月の二十日あまり一日の日の戌の時に、門出(かどで)す。
=ある年の12月21日の午後8時頃に(土佐の国府
 を)出立する。

そのよし、いささかにものに書きつく。
=そのいきさつを、少しもの(紙)に書きつける。

ある人、県(あがた)の四年五年果てて、例のことどもみなし終へて、解由(げゆ)など取りて、住む館(たち)より出でて、船に乗るべき所へ渡る。
=ある人(が)、国司の任期4・5年が終わって、例
 の引継もあれこれと全て終えて(任務に問題がなか
 った事を証明する)解由状など(を)受け取って、
 住んでいた官舎から出て、(京へ帰る)船に乗るこ
 とになっている所へ行く。

かれこれ、知る知らぬ、送りす。年ごろ、よくくらべつる人々なむ、別れ難く思ひて、日しきりにとかくしつつ、ののしるうちに、夜更けぬ。
=あの者この者、面識のある者ない者(が)、見送り
 してくれる。この数年間、たいそう親しく付き合っ
 てきた人々(が)、別れ難く思って、一日中絶えず
 あれこれしながら、騒いでいるうちに、夜が更けて
 しまう。

【三】<国司と見送る人々の様>
二十二日に、和泉の国までと、平らかに願立つ。藤原のときざね、船路なれど、馬のはなむけす。
=22日に、和泉の国まで平穏(無事)にと、神仏に
 願を立てる。藤原のときざね(が)、(馬に乗らな
 い)船旅であるが、馬のはなむけ(送別の宴・餞別
 を贈る事)
(を)してくれる。

上中下、酔(ゑ)ひ飽きて、いとあやしく、潮海のほとりにて、あざれ合へり。
=身分の上中下を問わず(皆が)、ひどく酔っぱらっ
 て、とても妙なことに、海の畔で、(潮海で腐る筈
 がないのに腐った魚のように)戯け合っていた。

【四】<国司の人柄と宴に顔を見せる人々>
二十三日。八木のやすのりといふ人あり。この人、国 に必ずしも言ひ使ふ者にもあらざ(ん)なり。
=23日。八木のやすのりという人(が)いる。この
 人(は)国司の役所で必ずしも召し使う者でもない
 ようである。

これぞ、たたはしきやうにて馬のはなむけしたる。
=この者(が)、厳かな様子で馬のはなむけ(送別の
 宴)をしてくれた(のだ)。

守柄(かみがら)にやあらむ、国人の心の常として、
「今は。」とて見えざ(ん)なるを、心ある者は恥ぢず
になむ来ける。
国守(=国司)の人柄だからであろうか、地元の人
 の普通の心(のあり方)として、「今は(もう関係
 ない)」と(顔を)見せないというが、道理をわき
 まえた者は(人の目を)気にせずに(見送りに)来
 てくれた。

これは、物によりて褒むるにしもあらず。
=これは、必ずしも贈り物(を貰った事)によって褒
 めるのではない。

二十四日。講師馬のはなむけしに出でませり。
=24日。(仏法を講じる)国分寺の高僧(が)馬の
 鼻向け(送別の宴・餞別)をしにお出でになった。

ありとある上下、童まで酔ひ痴(し)れて、一文字を だに知らぬ者、しが足は十文字に踏みてぞ遊ぶ。
=(そこにいる)ありとあらゆる(身分の)上(の者  も)下(の者も皆が)、子供までも酒に酔って呆け  て、一という文字でさえ知らぬ(無学な)者が、その  足は十文字を(書くようにふらふらと)踏んで遊び  興じる。

right★補足・文法★
(日記)2018年5月


〈作者〉
〇代表的な歌人(三十六歌仙)・学者(?〜945)
 →『古今和歌集』の撰者の一人、「仮名序」を記す
 →「人はいさ 心も知らず ふるさとは
   花ぞ昔の 香ににほひける」 (←百人一首)
 →昇進が遅く60代で土佐守と、政界では不遇
・男性は公的な記録を漢文で記す→類型的表現に制約
 →個人的な心情を自由に表現できる平仮名を使用









〈要約〉
任期を終えて門出する国司と、それを見送る人々の様
を、仮託した女性の視点で仮名を用いて日記に記す




・す(サ変・終止形)なる(伝聞=…という)
・する(サ変・連体形)なり(断定=…である)




・それの年=ぼかした表現→実際には934年
・戌の時=午後八時頃(前後2時間)






・ある人=作者の紀貫之を第三者的視点から記す
・解由=国司交代の時、引き継ぎ完了の証明として、
    新任者が前任者に渡す文書






・くらぶ=親しく付き合う(バ下二)
・ののしる=声高に言い騒ぐ・喧しく騒ぎ立てる








・和泉の国=大阪府南部
・馬のはなむけ
 =馬に乗り陸路の旅をする人の無事を祈願するもの
 →ユーモア



・酔ひ飽く=ひどく酔っぱらう・泥酔する
・あざる=「魚肉が腐る」「ふざける」の掛詞
 →ユーモア




・あらざ(無表記)なり←あらざん(撥音便)なり
 ←あら(ラ変)ざる(打消)なり(推定)
仮託した女性の視点で国司(=作者)を描く



・たたはし=威厳がある・厳かである・いかめしい



・守柄=国守(国司の長官)の人柄
・…に(断定「なり」用)や(係助・疑問)
 あら(ラ変)む(推量・体)
・常=普通・平常・永遠不変
・見え(ヤ下二「見ゆ」未)ざ(←ざん←ざる=打消
 「ず」体・撥音便)なる(伝聞)を(接助・逆接)
・恥づ=(人目に立つのを)気兼ねする・気にする


・…しも=(副助・強調)まさに…・…に限って
     ちょうど…・必ずしも…(ではない)


・講師=国分寺の高僧(その国の僧・尼の指導をして
    仏法を講じる・高座に上り仏法を説く)


・酔ひ痴る=酒に酔って前後不覚になる
 →痴る=馬鹿になる。呆ける
・だに(副助詞・…でさえ)
・し=(其・代名詞)格助詞「が」に連なり「しが」
   の形で、@それ・その、Aおのれ・自分



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