left★板書(+補足)★
「現代文授業ノート」(普通クラス)
   (近代短歌) 与謝野晶子

〈作者〉
・明治11(1878)〜昭和17(1942)
明治30年代
   正岡子規の
   写生・万葉調による俳句・短歌の革新に対して
 抑圧的な封建制の中で
 <浪漫的・情熱的>な歌により<短歌の革新>
・歌集 『みだれ髪』『恋衣』
 古典の現代語訳 『新釈源氏物語』





right★発問☆解説ノート★
(短歌)2015年2月〜16年6月
              (2020年1月改)

〈作者の略歴〉
・明26大阪の堺女学校を卒業
・明33与謝野鉄幹新詩社『明星』から詩歌を発表
明34東京に家出して心惹かれる与謝野鉄幹と結婚
 第一歌集『みだれ髪』により浪漫的短歌隆盛の端緒
 →鋭い自我意識に基づく奔放で熱烈な歌風によって
  高い評判を獲得(出会いが情熱を生み歌へ昇華)
・古典『新釈源氏物語』の現代語訳でも知られ、婦人
 運動の評論家としても大正期の社会に影響を与える
・鉄幹一人を最後まで愛し続け、34年間に亘る結婚
 生活を送る中、子供11人を育てながらも、5万首
 の歌を残し、エネルギッシュに多領域の仕事を成し
 遂げる

left★板書(+補足)★
髪五尺    ときなば水に   やはらかき|
       少女ごころは  <秘めて放たじ>
=(長い黒)髪(は)五尺(もあり、もし)ほどいた
 ならば
水(の中)にやはらかく(広がってゆくこと
 だろう)。(でも)少女(の)心(のうちに)秘め
 て(いる恋の思いは)(そう簡単に誰かに)うち明
 けたりしない
のだ。

〈出典〉
明治34年(1901)歌集『みだれ髪』23歳

〈主題〉(感動の中心・心情)
少女の<心に秘めている恋の思い>

〈鑑賞〉(感想・補足)
・王朝和歌以来の題である秘する恋と、美を象徴する
 長い髪という、伝統的な素材を扱いながら、
 それを近代的な自己表現(→個の自覚)へと変革
 した歌


right★発問☆解説ノート★
☆(表現)三句切れ?→序詞的修辞「少女ごころ…」
 →髪が水の中にほどけるように、
  少女心を解き放つことはしない

・五尺=150p (一尺=30p)
・…な(強意「ぬ」未)  ・…じ(打消意思)
・…水に やはらかき→句割れ→躍動感
・少女(おとめ)→仮構された存在or作者自身の投影


青春の美への自己賛美を通して、
 近代女性の<個の自覚>を高らかに表明した歌集



・水にほどける髪のイメージが、解き放たれる瞬間の
 解放感とエロティシズムを表現している。また少女
 が秘めた恋を打ち明けないことにより、自分の強さ
 を確認しているような所もある。ナルシシズム的な
 要素が根底にうかがえる歌である。


left★板書(+補足)★
なにとなく <君に待たるる>  ここちして
       出でし花野の   夕月夜かな
=何となく、貴方に(いつもの所で)待たれている気
 がして(外に)出てみたところ、(そこは)野の花
 が咲いていて、夕べの月の光が美しく照らしていた
 ことだった(なあ)。

〈出典〉
明治33年(1900)『新潮』初出(作者22歳
第一歌集『みだれ髪』(明34)収録。

〈主題〉(感動の中心・心情)
(思っている人に…)
<誰かに待たれている恋の予感>

〈鑑賞〉(感想・補足)
・「なにとなく〜」という若々しく初々しい清純さと
 「〜夕月夜」という古典的な華やかさが調和して、
 甘美で雅な美的世界がやわらかく表現されている。
 漠然とした恋の予感は、与謝野鉄幹と出会ってから
 思慕があったからだろうか。
 初期の作品で、作者自身が最も愛した一首であり、
 後年の作風にもつながる要素がある。


right★発問☆解説ノート★
・(表現)句切れなし
・なにとなく→誰かを待って何となく落ち着かない心
・君→現実の恋ではなく、漠然とした空想上の恋人
・花野→(俳句)秋の季語→和服姿の女性が歩む感じ
・夕月夜(ゆふづくよ)→夕方に出る月
・…るる(受身)・…し(過去)・…かな(詠嘆)


・『新潮(にいじお)』




漠然とした恋の予感が甘美に表現


・人恋しくなる春の宵の甘美な風情を、典雅な調べで
 やわらかく歌っている。
・なお、京都の鞍馬寺に歌碑がある。






left★板書(+補足)★
やは肌の   あつき血汐に   ふれも見で
       さびしからずや| 道を説く君
=(若い女性の)柔らかな肌の(の下に流れるたぎる
 ように)熱い血汐(=たぎる恋の情熱)に触れても
 みないで、寂しくないのか。古い道徳にとらわれた
 君(よ)。
(作者自釈→堅苦しさへの批判)
=世の道学者先生達よ。女の熱愛に触れることもしな
 いあなた方の生活感情を没却した生活は、お寂しく
 ないでせうか

〈出典〉
明治33年(1900)『明星』(作者22歳
第一歌集『みだれ髪』収録。

〈主題〉(心情)
<たぎる恋の情熱>(本能的に感じとった恋愛感情を
受け入れてもらえない
もどかしさ)を歌う。

〈鑑賞〉(感想・補足)
激しい恋の情熱を伝えようとしながら、伝えきれない
もどかしさ
 ・自身の火照る思いをそのまま表現
 ・対象である相手への挑発的な表現
  =青春の謳歌と官能的な挑発性(→初期の特徴)
    ↓
   賛否両論


right★発問☆解説ノート★
・(表現)四句切れ・体言止め
・…で(打消)=…ないで  ・…や(疑問)
・道=人の生きる道・(古い)道徳
※「君」…諸説あり
 ・頻繁に文通があった堺の僧
 ・恋愛に入る前の与謝野鉄幹













〔参考〕…大胆な表現
春みじかし| 何に不滅の    命ぞと
       ちからある乳を  手にさぐらせぬ
=青春は短いものだ。どこに滅びることのない命など
 あろうか、ありはしない。この一瞬の燃え上がる命
 のしるしである、豊かに張った乳房を、恋する人に
 さぐらせた



left★板書(+補足)★
その子二十| 櫛にながるる   黒髪
      <おごりの春>の  うつくしきかな
=その子(は今、娘盛りの)二十(だ)。櫛で(すく
 と)流れる(ように豊かな)黒髪が、誇らしげな青
 春の(象徴のようで何と)美しいことか。

〈出典〉
明治34年(1901)(作者23歳
第一歌集『みだれ髪』収録。代表作

〈主題〉(感動の中心・心情)
髪を通して、<青春の誇らしさ>を歌う。

〈鑑賞〉(感想・補足)
黒髪の豊かさによって、女性の愛の喜び(美しさ)
 と苦悩を象徴するという
 <伝統>的なモチーフ(創作の動機)を踏まえつつ
 <近代>的な自我を歌う事に成功した歌
    ↓
 (晶子による)短歌の革新


right★発問☆解説ノート★
・(表現)初句切れ→以下、具体的な内容
☆作者自身を客観化して表現→自分の事を歌いながら
 青春期の娘一般の美(青春の謳歌)を強調
・黒髪は女性の美を象徴し、気持ちを託すもの→伝統
☆春=人生を四季に例えた時の青春期
☆「の」繰り返し→流麗な調べ
・…かな=(詠嘆)…だなあ→自己肯定・青春の賛美



・青春の素晴らしさ・女性の美しさを、胸を張って
 誇らかに歌う。


・視点は、伝統的な和歌のイメージを踏まえながら、
 近代的な解放感を託した新しさ
・極めて斬新な近代を切り開いた
 →近代的自我の肯定・解放
  =強い自我意識・奔放で熱烈な歌風
    ↓↑
 明治の封建的で因習的な道徳や社会の風潮

left★板書(+補足)★
金色の    ちひさき鳥の   かたちして
       銀杏散るなり|  夕日の岡に
=(晩秋の夕暮れ)金色に輝く小さな鳥のような姿で
 銀杏の葉が(ひらひら)散っている。夕日の美しく  さしている丘の上に。

〈出典〉
明治38年(1905)『明星』1月初出(27歳
歌集『恋衣』(明38、1月)収録。

〈主題〉(感動の中心・心情)
秋の夕暮れの丘と、夕日で金色に輝く銀杏の葉が散る
浪漫的で甘美な美しさ

〈鑑賞〉(感想・補足)
印象派の絵のような色彩感あふれる美しさを歌う。


right★発問☆解説ノート★
・金色(こんじき)  ・銀杏(いちょう)
・時→(晩)秋の夕暮れ
☆表現技法
 ・四句切れ(←終止形)
 ・比喩→夕日を受けて金色に輝く銀杏の葉は、
     羽を広げた小鳥の形にも見える
 ・倒置法(印象を強める)
  →小中でよく扱われる教材のようだ










left★板書(+補足)★
鎌倉や|   御仏なれど    釈迦牟尼は
       美男におはす   夏木立かな
=鎌倉(の大仏様)だ。仏様であるけれど、(この)
 お釈迦様は(ほれぼれするような)美男でいらっし
 ゃる。(背景の)夏木立(の緑も美しく調和してい
 ること)だなあ。

〈出典〉
明治38年(1905)歌集『恋衣』収録(27歳

〈主題〉(感動の中心・心情)
<鎌倉の大仏様の素晴らしさ>

〈鑑賞〉(感想・補足)
平明な歌いぶりだが視点の斬新さにより評判になる
        (歌の新しさ)


right★発問☆解説ノート★
・(表現)初句切れ(→四句切れも?)
・…や  ・…かな(感動・詠嘆)
・…に(断定=である)おはす(「あり」の尊敬語)
・釈迦牟尼→正確には阿弥陀如来像
・美男→手を合わせて祈るべき信仰の対象なのに、
    大胆な表現(性的な見方)




・大仏は敬うもの・信仰するもの、という世間の常識
 から自由になって、自分の思うまま・感じたままに
 対象を捉える奔放さが新しい
    ↓↑
 当時の一般的な道徳観
  伊藤左千夫は、下劣・下等と特に厳しく批判


left★板書(+補足)★
ああ皐月| <仏蘭西の野は   火の色す>
       君も雛罌粟    われも雛罌粟
=ああ(美しい)5月よ。フランスの野原は
 (ヒナゲシの花が、真っ盛りに咲き乱れて
 真っ赤に燃える)火のような色をしている
 あなたもヒナゲシ(の花)私もヒナゲシ(の花)だ
 (二人は、火のように燃える恋を語り合うのだ)

〈出典〉
明治45年(1912)5月(作者34歳
大正3年(1914)歌集「夏より秋へ」所収
有名な歌で、パリの印象も収載する

〈主題〉(感動の中心・心情)
シベリア鉄道を経て、遥かなる欧州・フランスに行き
<半年ぶりに夫と会った燃えるような思い>を詠う

〈鑑賞〉(感想・補足・解説)
明治44年、晶子に勧められ夫の鉄幹は欧州に赴く。
半年後、旅先の鉄幹から手紙が届き、夫恋しさのため
晶子は子供を親戚に預けて、シベリア鉄道経由で欧州
に向かった。緯度の高いシベリア平原はまだ冬景色で
あったが、旅の終わり、窓から覗く5月のフランスの
野は麦畑が黄金色に実り、コクリコの花が燃えるよう
に真っ赤に咲き誇っていたのが衝撃的だっただろう。
それはパリで愛しい夫に再会して二人で散歩した晶子
の胸が張りさける思いでもあったのではないか。鉄幹
が渡欧以前から学んでいたのでフランス語でコクリコ
とあるが、ひなげし(ポピー)のことである。そんな
時の事を31文字の短歌で表現したのだ。

right★発問☆解説ノート★
・(表現)初句切れ・三句切れ
・雛罌粟=コクリコ(フランス語・ポピーの別名)
     ヒナゲシ・虞美人草・アマポーラ
     4〜6月に開花→旅の感動の色・情熱の色
 →モネの絵もあるが、フランスの野の花の代表で、
  国旗の赤もヒナゲシに因んでいる
☆火の色→旅愁+激情
☆下の句のリフレインの効果→コクリコの花とともに
 野に立つ二人の燃えるような様子と心を思わせる









・僅か半年ほどの別離だが、鉄幹のいない寂しさで、
 晶子は次のような歌を詠んでいる。
  君こひし 寝てもさめても くろ髪を
       梳きても筆の  柄をながめても 
               (歌集『青海波』)
・船旅は高価で、渡欧費節約のために、福井県敦賀港  からウラジオストック港に向かい、シベリア鉄道で  ヨーロッパに渡った。





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