left★原文・現代語訳★
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
   「竹取物語/かぐや姫の昇天」

〈作品=『竹取物語』〉
〇平安前期(中古)成立(未詳→9世紀?)
 →口承文学(語り継がれる)→漢文体→平仮名文体
「物語の祖」=現存最古の作り物語
 →伝奇物語(虚構と現実)
 →写実主義の小説以上に
  人間的真実を語る幻想的物語
 →平安以降の物語に大きな影響
〇書名→『源氏物語』に「竹取の翁の物語」とある
〇貴族社会を風刺
 →竹取の翁に竹の中から見出されたかぐや姫が、帝
  や五人の貴公子たちの求婚を全て拒絶し、最後に
  月の都に帰ってしまうという昔話

〈概要=「かぐや姫の昇天」〉
〇竹取の翁媼や帝との別れを嘆き悲しむ思いを手紙に
 書き残し、天の羽衣を着せられ心を喪失して月の都
 へと昇天して行くかぐや姫      (→要旨)

〈全体の構成〉 (→要約→要旨)

【一】<月からかぐや姫を迎えに来た天人>
立てる人どもは、装束のきよらなること、ものにも似ず。飛ぶ車一つ具したり。羅蓋さしたり。
=空中に立っている人たちは、衣装の美しいことは比
 べる物がない程である。空を飛ぶ車を一台準備して
 いた。その車には薄い絹で出来た傘のようなものを
 さしかけていた。

その中に、王とおぼしき人、家に、「造麻呂、まうで来。」と言ふに、猛く思ひつる造麻呂も、ものに酔ひたる心地して、うつぶしに伏せり。
=その中で王と思われる人が、家に向かって「造麻呂
 よ、出て参れ」と言うと、強気に思っていた造麻呂
 も何かに酔った気分がして俯せに伏してしまった。

いはく、「汝、幼き人。いささかなる功徳を、翁つくりけるによりて、汝が助けにとて、かた時のほどとて下ししを、そこらの年ごろ、そこらの黄金賜ひて、身を変へたるがごとなりにたり。
=その王のような人が言うことには、「お前、愚かな
 者よ。僅かに良い行いを翁が積んだことによって、
 お前の助けにと思って僅かな間のこととしてかぐや
 姫を月世界から下界に下したが、長年の間に天が多
 くの黄金をお与えになって、お前は別人のようにな
 ってしまった。

かぐや姫は罪をつくりたまへりければ、かく賤しきおのれがもとに、しばしおはしつるなり。罪の限り果てぬれば、かく迎ふるを、翁は泣き嘆く。あたはぬことなり。はや返したてまつれ。」と言ふ。
=かぐや姫は罪を犯しておしまいになったので、この
 ように身分の賤しいお前のもとに暫くの間いらっし
 ゃったのである。その罪を償う期限が終わったので
 このように迎えに来たのを、翁は泣いて悲しむ。し
 かし、姫を引き止めることは出来ないことである。
 早くお返し申し上げよ」と言う。

翁答へて申す、「かぐや姫を養ひたてまつること二十余年になりぬ。『かた時』とのたまふに、あやしくなりはべりぬ。また異所にかぐや姫を申す人ぞおはすらむ。」と言ふ。
=翁が答えて申し上げるには、「かぐや姫を養い申し
 上げること二十年余りになった。しかし、『僅かな
 時間』とおっしゃるので疑わしく思いました。また
 別の所にかぐや姫を申し上げる人がいらっしゃるの
 だろう」と言う。

「ここにおはするかぐや姫は、重き病をしたまへば、え出でおはしますまじ。」と申せばその返りごとはなくて、
=「ここにいらっしゃるかぐや姫は、重い病気にかか
 っていらっしゃるので、出ていらっしゃることがで
 きないだろう」と翁が申し上げると、その返事はな
 くて、

屋の上に飛ぶ車を寄せて、「いざ、かぐや姫、穢き所に、いかでか久しくおはせむ。」と言ふ。
=屋根の上に空を飛ぶ車を寄せて、「さあ、かぐや姫
 よ、汚れた所にどうして長い間いらっしゃるのでし
 ょうか」と王らしき人が言う。

【二】<別れを悲しむ翁に手紙を書くかぐや姫>
立て籠めたる所の戸、すなはちただ開きに開きぬ。格子どもも、人はなくして開きぬ。嫗抱きてゐたるかぐや姫、外に出でぬ。えとどむまじければ、たださし仰ぎて泣きをり。
=閉め切っていた部屋の戸が、直ぐに全くがら空きに
 開いてしまった。数々の格子も誰もいないのに開い
 てしまった。嫗が抱いていたかぐや姫は、家の外に
 出てしまった。媼は止めることが出来そうもないの
 で、ただ姫を仰ぎ見て泣いていた。

竹取心惑ひて泣き伏せる所に寄りて、かぐや姫言ふ、「ここにも心にもあらでかくまかるに、昇らむをだに見送りたまへ。」と言へども、
=竹取の翁が心を乱して泣き伏している所に近寄って
 かぐや姫が言うには、「私も心ならずもこのように
 月世界に帰って行くのですから、せめて天に昇るよ
 うなだけでもお見送りになって下さい」と言うが、

「なにしに悲しきに見送りたてまつらむ。我をいかにせよとて、捨てては昇りたまふぞ。具して率(ゐ)ておはせね」と泣きて伏せれば、御心惑ひぬ。
=「どうして悲しいのにお見送りすることができまし
 ょうか。私をどうせよと言って見捨てて天にお昇り
 になるのですか。一緒に連れてお行きになって下さ
 いよ」と翁が泣き伏しているので、かぐや姫は心が
 お乱れになった。

「文を書き置きてまからむ。恋しからむ折々、取り出でて見たまへ」とて、うち泣きて書く言葉は、
=「手紙を書き残して参りましょう。私を恋しく思う
 ことがあれば、その折々に取り出してご覧下さい」
 と言って、かぐや姫が涙を流して書く言葉は、

「この国に生まれぬるとならば、嘆かせ奉らぬほどまで侍らむ。過ぎ別れぬること、返す返す本意なくこそおぼえ侍れ。脱ぎ置く衣を、形見と見給へ。月の出でたらむ夜は、見おこせ給へ。見捨て奉りてまかる空よりも、落ちぬべき心地する。 」と書き置く。
=「月ではなくこの国に生まれたというのならば、あ
 なた達を嘆かせ申し上げることなくいつまでもお傍
 にいましょう。そんな時が過ぎて終わりになり別れ
 てしまうことは本当に残念に思われます。脱いで残
 していく衣装を私の形見としてご覧下さい。月の出
 ているような夜は私がいる月の方をご覧下さい。あ
 なた達を見捨て申し上げて参る空からも、悲しくて
 落ちてしまいそうな心地がします」と、かぐや姫は
 手紙を書き残す。

【三】<帝への思い溢れるかぐや姫の手紙と薬>
天人の中に、持たせたる箱あり。天の羽衣入れり。またあるは、不死の薬入れり。
=天人の中の一人に持たせていた箱がある。中には天
 の羽衣入っていた。またある箱には不死の薬が入っ
 ていた。

一人の天人言ふ、「壺なる御薬奉れ。穢き所の物きこしめしたれば、御心地悪しからむものぞ。」とて、
=一人の天人が言うには、「壺の中に入っている御薬
 をお飲み下さい。汚れた下界の物を召し上がってい
 たので、ご気分の悪いようなものがあるでしょう」
 と言って、

持て寄りたれば、いささかなめたまひて、少し形見とて、脱ぎ置く衣に包まむとすれば、ある天人、包ませず。
=天人が壺を持って寄って来たので、かぐや姫は中の
 薬をほんの少しお嘗めになって、少しを形見にと思
 って脱ぎ残していく衣装に包もうとすると、そこに
 いる天人が包ませない。

御衣を取り出でて着せむとす。その時に、かぐや姫、「しばし待て。」と言ふ。
=そして天人が箱からご衣裳(天の羽衣)を取り出し
 てかぐや姫に着せようとする。その時にかぐや姫が
 「暫く待て」と言う。

「衣着せつる人は、心異になるなりといふ。もの一言、言ひ置くべきことありけり。」と言ひて、文書く。
=「天の羽衣を着せてしまった人は、下界の人と心が
 異なったものになるのだという。何か一言だけ言ひ
 残しておかなければならないことがあったのだ」と
 言って、手紙を書く。

天人、「遅し。」と、心もとながりたまふ。
=天人(の王らしき人)は「遅い」とじれったくお思
 いになる。

かぐや姫、「もの知らぬこと、なのたまひそ。」とて、いみじく静かに、朝廷に御文奉りたまふ。あわてぬさまなり。
=かぐや姫は「もの分かりの悪いことをおっしゃらな
 いで下さい」と言って、たいそう静かに帝へのお手
 紙を書き申し上げなさる。落ち着いた様子である。

「かくあまたの人を賜ひてとどめさせたまへど、許さぬ迎へまうで来て、取り率てまかりぬれば、口惜しく悲しきこと。
=「このように多くの人をお遣わしになって私を引き
 止めて下さいますが、それを許さない迎えが月から
 やって参りまして、私を無理に連れて参ってしまい
 ますので、残念で悲しいことです。

宮仕へつかうまつらずなりぬるも、かくわづらはしき身にてはべれば、心得ず思しめされつらめども、心強く承らずなりにしこと、なめげなる者に思しめしとどめられぬるなむ、心にとまりはべりぬる。」とて、
=宮仕えを致さないままになってしまったのも、この
 ように面倒な身の上でありますので、帝は納得がい
 かないとお思いになってしまっておられるでしょう
 が、私が強情に帝のお言葉をお受けしないままにな
 ってしまったことで、無礼な者として帝のお心に止
 めておしまいになられてしまうことが、心残りにな
 ってしまっております」と手紙に書いて、

今はとて  天の羽衣  着るをりぞ
      君をあはれと 思ひ出でける
=今はこれでお別れだと天の羽衣を着る時になって、
 帝のことをしみじみと愛しく思い出したことです

とて、壺の薬添へて、頭中将呼び寄せて奉らす。中将に天人取りて伝ふ。
=と手紙に歌を書き加えて壺の薬を添えて、頭中将を
 呼び寄せて、帝に差し上げさせる。中将には天人が
 かぐや姫から受け取って渡す。

【四】<月の都へと昇天するかぐや姫>
中将取りつれば、ふと天の羽衣うち着せたてまつりつれば、翁を、いとほしく、かなしと思しつることも失せぬ。
=中将が手紙と薬を受け取ってしまうと、天人が素早
 く天の羽衣をお着せ申し上げたので、かぐや姫は翁
 を気の毒で可愛そうだとお思いになったことも消え
 失せてしまった。

この衣着つる人は、もの思ひなくなりにければ、車に乗りて、百人ばかり天人具して、昇りぬ。
=この天の羽衣を着た人(かぐや姫)は人間らしい感
 情がなくなってしまったので、空を飛ぶ車に乗って
 百人程の天人と一緒に天に昇ってしまった。

right★補足・文法★
(物語)2017年12月


〈作者〉
・未詳→学者または僧侶(推定)




















・立て(四段・已然)+る(存続「り」連体)
・たり(存続)





・造麻呂=(みやつこまろ)かぐや姫の育ての親の翁
・猛し=勇ましい・勢いが盛んだ・強気だ・気丈だ





・幼し=幼少だ・愚かだ・分別がない
・功徳=現在・未来に幸福をもたらす 良い行い
・下し+し(過去「き」連体)
・そこら=(副詞)そんなにも多く・たくさん
・賜(たま)ふ=「与ふ」の尊敬
・ごと(比況「ごとし」語幹)+なり+に(完了)
 +たり(存続)




・限り=限界・期限・最期・全部・それだけ・最高
・果つ=(下二段)終わる・終える
・能はず=(漢文体)出来ない
・奉る=謙譲(お…し申し上げる)







・はべり(丁寧)+ぬ(完了)
・おはす(「あり・をり」尊敬)+らむ(現在推量)
・怪し・奇し=理解できず不思議だ・疑問だ・異常だ







・え(副詞・可能)+出で(下二段)+おはします
 (「行く・来」尊敬)+まじ(打消推量)
 =出ていらっしゃることができないだろう












・立て籠む=(下二段)戸・障子などで閉め切る









・ここ=(代名詞)私・あなた
・だに=(副助詞・最低限度)せめて…だけでも






・具す=一緒に行く・連れ立つ・備わる
・率る=(ワ行上一)引き連れる・伴う
・ね=(終助詞・願望)…てほしい












・落ち(上二段)+ぬ(強意)+べき(推量)
 =…てしまいそうだ














・入れ(四段・已然)+り(存続)=入っていた





・壺+なる(存在=…にある)+御薬
 +奉れ(「飲む・食ふ・着る」の尊敬語)





・いささか=(副詞)僅かばかり・ほんの少し













・異に(形容動詞)+なる+なり(断定)
・言ひ置く+べき(義務・当然)+こと+あり
 +けり(詠嘆)









・な(副詞・禁止)+のたまひ(「言ふ」の尊敬)
 +そ(終助詞)=おっしゃいますな





・取る=捕える・招く・迎える







・わづらはし=物事が複雑で厄介だ・面倒臭い
・心得ず+思しめさ(「思ふ」尊敬)+れ(尊敬)
 +つ(完了)+らめ(現在推量)+ども(逆接)
 →納得がいかないと思ってしまっているだろうが
 →プラス尊敬表現→訳
・なめげなり=無礼である
・思しめし(「思ふ」尊敬)+とどめ
 +られ(受身or尊敬)+ぬる(完了)
 →心に止められてしまう
 →プラス尊敬表現→訳







・奉ら(謙譲)+す(使役or敬意の強調)
 =差し上げ/献上させる・差し上げ/献上する





・ふと=たやすく・簡単に・素早く・さっと・不意に
    思いがけず












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