left★原文・現代語訳★
【二】かぐや姫の月へ帰る宿命に泣き騒ぐ翁
かぐや姫泣く泣く言ふ、「さきざきも申さむと思ひし
かども、必ず心惑ひし給はむものぞと思ひて、今まで
過ごし侍りつるなり。さのみやはとて、うち出で侍り
ぬるぞ。
=かぐや姫が泣きながら言うことには、「以前も申し
上げようと思いましたけれども、(お父様たちが)
きっと取り乱しなさるに違いないと思って、今まで
(何も言わず)過ごしていたのです。(しかし)その
ように(黙って)ばかりいられようか(いや、いられ
ない)と思って、打ち明けてしまうのです。
おのが身はこの国の人にもあらず。月の都の人なり。
それを、昔の契りありけるによりなむ、この世界には
まうで来たりける。
=私の身はこの国の人間でもありません。月の都の人
です。それを、前世からの宿命があったために、
この(地上の)世界にやって参ったのです。
今は帰るべきになりにければ、この月の十五日に、
かのもとの国より、迎へに人々まうで来むず。
=今は帰らねばならない時になってしまったので、
今月の十五日に、あの元の国から、(私を)迎えに
人々がやって参りましょう。
さらずまかりぬべければ、思し嘆かむが悲しき
ことを、この春より思ひ嘆き侍るなり。」と言ひて、
いみじく泣くを、
=やむを得ず(月の都へ)お暇しなければなりません
ので、(お二人が)嘆き悲しみなさるなら、それが
(私には)悲しいことを、この春から嘆き悲しんで
いるのです。」と言って、ひどく泣くので、
翁、「こは、なでふことのたまふぞ。竹の中より見つ
け聞こえたりしかど、菜種の大きさおはせしを、我が
丈たち並ぶまで養ひたてまつりたる我が子を、何人か
迎へ聞こえむ。 まさに許さむや。」と言ひて、
=竹取の翁は、「これは、何ということをおっしゃる
のか。竹の中から見つけ申し上げたけれど、菜種の
大きさ(のような小ささ)でいらっしゃったのを、
私の背丈と同じ位になるまで養い申し上げた我が子
を(引き離して)、誰がお迎え申し上げられようか
(いや、できるはずがない)。どうして許せようか
(いや、許せない)。」と言って、
「我こそ死なめ。」とて、泣きののしること、 いと
堪へがたげなり。
=「(姫がいないならば)私が死のう。」と言って、
泣き騒ぐ様子は、とても堪え難そうである。
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right★補足・文法★
・…ものぞ=…ものだ、…にちがいない(強い断定)
・さのみやは=「さのみやはあらむ」の略
・まうで来=やって参る(謙譲)
・…むず=(…むとす)…(とする)だろう
・…ぬ(強意)べし(義務)
・なでふ=なにといふ
・…聞こえ(謙譲)む(可能推量)
・まさに=間違いなく、ちょうど、ぜひとも、今にも
どうして…しようか(反語)
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