left★原文・現代語訳★
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
   「撰集抄(巻9)/そのむかし頭おろして」
              (龍谷大2001年)
〈出典=「撰集抄」〉
鎌倉中期成立(13世紀中頃、1264〜1275年?)
〇作者 未詳→(後世の者が)西行に仮託して書いた
<仏教説話>→121話
〇内容
 →歌人である西行の見聞・逸話が多い
 →信仰心を持った仏道修行者の話が多い

〈概要〉
〇出家した夫を恨まず、それを自身の出家のきっかけ
 にした妻の素晴らしさが語られる   (→要旨)

right★補足・文法★
(仏教説話)2020年6月
        (※出題校…京都大・同志社大…)



・西行法師=平安末期の歌僧→私歌集『山家集』
〇世俗説話=人々に広く伝わった話
〇仏教説話=仏教の素晴らしさ・仏への帰依の大切さ       などを人々に広める話
 →仏の有難さ・出家の素晴らしさ・尊い出家者の話
 ※発心=悟りを得ようと仏の道に志す
  遁世=俗世の煩わしさを捨てて静かな生活に入る
  往生=この世を去って極楽に生まれ変わる
  霊験=仏の霊力によって起こる不思議な出来事

left★原文・現代語訳★
〈授業の展開〉         (→要約→要旨)

【一】<参詣した長谷寺>
その昔、頭(カシラ)おろして、尊き寺々参りありき侍
りし中に、神無月上(カミ)の弓張りのころ、長谷寺に
参り侍りき。
=その昔、(剃髪して)出家し、尊い寺々を参詣して
 回りました中で、(陰暦)10月の上弦の月の頃、
 長谷寺に参詣し(たことがあり)ました。

日暮れかかりて、入相(イリアヒ)の鐘の声ばかりして、 もの寂しきありさま、梢のもみぢ、嵐にたぐふ姿、何 となうあはれに覚え侍りき。
=日が暮れかかって、夕方の鐘の音だけがして、もの
 寂しい様子で、梢の紅葉した葉が強い風に吹かれて
 散る様子など、何となくしみじみと(感慨深く)思
 われました。

▼〈まとめ〉
出家して長谷寺に参詣したことがあった。

right★補足・文法★



・頭(カシラ)おろす=(剃髪して)出家する
・上(カミ)の弓張りのころ=上弦の月の頃、上旬
















left★原文・現代語訳★
【二】<経を唱える尼>
さて、観音堂に参りて、法施(ホフセ)など手向(タム) け侍りて後、あたりを見めぐらすに、尼の念珠(ネン ジュ゙)する、侍り。
=そして、観音堂にお参りして、仏前で経文を唱えな
 どしました後、あたりを見回すと、尼で念仏を唱え
 (数珠をす)る者がいます。

ことに心を澄まして念珠すり侍る。あはれさに、かく
=格別に心を澄まして数珠をすっています。しみじみ
 と心打たれる思いで、このように(歌を)

思ひ入りて   擦る数珠音の   声澄みて
        覚えずたまる   我が涙かな
=思いを込めて擦る、念仏を唱える数珠の音が澄んで
 いて、思わず流れてたまる我が涙であることだ

と詠みて侍るを聞きて、この尼声をあげて、「こはい かに」とて、袖に取り付きたるを見れば、年ごろ偕老 同穴(カイロウドウケツ)の契り浅からざりし女の、早さま
変へにけるなり。
=と詠んでいますのを聞いて、この尼は声を上げて、
 「これはどうして」と言って、袖に取り付いたのを
 見ると、長年夫婦として仲むつまじく連れ添った縁
 の浅くはなかった女の、既に出家してしまっていた
 のだったのだ。

浅ましく覚えて、「いかに」と言ふに、しばしは涙胸 にせけるけしきにて、とかくもの言ふことなし。
=驚き呆れて、「どうして」と言うと、しばらくは涙
 が胸にいっぱいになった様子で、何とも言うことは
 ない

▼〈まとめ〉
後で出家して経を唱える自分の妻と偶然出会った。

right★補足・文法★

・法施=仏などに対して、経や法文を唱えること
・法文(ブンorモン)=経など、仏の教えを記した文章
・手向け=神仏に物を供えること。別れる人への餞別
・念珠=数珠を擦りながら念仏を唱える
・偕老同穴=夫婦が仲むつまじく連れ添うこと
・せ(堰or塞)く=せき止める、さえぎり止める
・せけ()る(存続「り」体)けしき(様子)





























left★原文・現代語訳★
【三】<出家の機縁に感謝する妻>
やや程経て、涙をおさへて言ふやう、「君心を起こし て出で給ひし後、何となく住み疲れて、宵ごとの鐘の 音もそぞろに涙をもよほし、暁の鳥の音もいたく身に しみて、あはれのみまさり侍りしかば、過ぎぬる弥生 のころ、頭おろしてかくまかりなれり。
=しばらく時間が経って、(女が)涙を抑えて言うこ  とには、
 「貴方が仏の道に志して出家をなさった後は、何と
 なく(俗世に)住むのがつらくて、宵にいつも鳴る
 鐘の音も訳もなく涙をもよほし、夜明け前の鶏の声
 もとても心に染みて、しみじみとした悲しみばかり
 が募ってきましたので、去る三月の頃、剃髪して、  このように(尼と)なったのです。

一人の娘をば、母方のをばなる人のもとにあづけ置きて 、高野の奥天野(アマノ)の別所に住み侍るなり。
=一人の娘は、母方の叔母に当たる人のもとに預けて
 置いて、(私は)高野山の奥天野の別所に住んでい
 るのです。

さてもまた、我を避けていかなる人にも馴れ給はば、 よしなき恨みは侍りなまし。
=それにしてもまた、(貴方がもしも)私(のこと)
 を避けて、どのような女性にでも馴れ親しんでいら
 っしゃったならば
、つまらない恨みもきっとあった
 でしょうのに。

これはまことの道に赴き給ふめれば、つゆばかりの恨 み侍らず。かへりて知識となり給ふなれば、嬉しくこ そ。
=(しかし)これは(貴方が仏道に帰依するという)
 真の道に進みなさった
ようですので、ほんの僅かの
 恨みもありません。むしろ正しく教え導いてくれる
 指導者(僧)とおなりになった
ようなので、嬉しく
 思います。

別れ奉りし時は、浄土の再会をとこそ期(ゴ)し侍り しに、思はざるに見つる夢とこそ覚ゆれ」とて、涙せ きかね侍りしかば、
=(貴方に)お別れした時は、(今度会うのは)あの
 世(浄土)での再会をと覚悟していましたのに、思
 いがけず見た夢(のようだ)と思われます」と言っ
 て、(尼は)涙を抑えきれない様子でしたので、

さま変へける事の嬉しく、恨みを残さざりけむことの 喜ばしさに、そぞろに涙を流し侍りき。
=(妻も)出家した事が嬉しく、(更に)恨みを残さ
 なかったという事も喜ばしくて、訳もなく涙を流し
 ました。

さてあるべきならねば、さるべき法文(ホウモン)など言
ひ教へて、高野の別所へ尋ね行かむと契りて、別れ侍
りき。
=(しかし)そうしている訳にも行かないので、然る
 べき経文などを言って教えて、高野の別所へ訪ねて
 行こうと約束して、別れました。

▼〈まとめ〉
出家の機縁となったことで、妻は夫に感謝した。


right★補足・文法★

・帰依=神仏や高僧を信じてその力にすがること
・露ほどの=ほおの僅かの
・知識=正しく教え導いてくれる指導者・僧。
    善知識。正しい導きとなる機縁・きっかけ
※日本の古代仏教では、女性は、仏道を求める僧にと
 って最大の障害であるとして、学問と修行を旨とす
 る比叡山や高野山などは女性の立ち入りを拒絶して
 いました。女性は高野山には入れなかった
→別所というのは、極楽往生を願う修行者や念仏聖な
 どが大寺院から離れて草庵などを結んでいる所を指
 しますが、「女人禁制」の高野山に入れないので、
 この尼は「天野の別所」に住んでいた















































left★原文・現代語訳★
【四】<妻の出家を喜ぶ思い>
年ごろも嬉しかりしものとは思ひ侍りしかども、かく まであるべしとは思はざりき。
=長い年月の間、(妻のことを)有難かったものとは
 思っていましたが、これほどまで(賢い)だろうと
 は
思わなかった。

女の心のうたてさは、かなはぬにつけても、よしなき 恨みを含み、絶えぬ思ひにありかねては、この世はい たづらになしはつるものなるぞかし。
=女の心の好感が持てないのは、(物事が)思い通り
 にできないことについても、つまらない恨みを持ち
 絶えることのないもの思いに耐えかねては、この世
 を無駄なままにして終わる
ものであることだよ。

しかあるに、別れの思ひを知識として、まことの道に 思ひ入りて、かなしき一人娘を捨てけむ、ありがたき には侍らずや。

=そうであるのに、(この妻は私との)別れの思いを
 正しい導きとなるきっかけとして、深く考えて(仏
 道という)まことの道に入って、いとしい一人娘を
 捨てたというのは、滅多にない素晴らしいことでは
 ありませんか。


この事、書き載せぬるも、憚り多く、かたはらいたく 侍れども、何となく見捨てがたきによりて、我をそば むる人の心を顧みざるべし。
=この事を書き載せてしまうのも、遠慮されることが  多く、決まり悪くありますが、何となく見捨て難い  思いによって(書き載せた)、自分を正視しない人  の心を気にしないつもりだ

▼〈まとめ〉
出家した妻を賢くて素晴らしい、夫は評価した。

right★補足・文法★

・…侍り(丁寧)しか(過去)ども(逆接)




・うたてし=嫌だ、情けない、がっかりする、
      気の毒だ、いたわしい、心が痛む
・由無し=理由がない、方法がない、つまらない
・いたづらなり=むなしい、無駄だ、無意味だ

























left★原文・現代語訳★
XX〈要約170字=24×7〉
ある男が長谷寺にお参りし、出家した妻と偶然対面す る。妻は自分を捨てて出家した夫を恨まず、むしろ自 分も仏道に入るきっかけを作ってくれたと涙ながらに 語る。作者はこの妻の殊勝な心がけを素晴らしいと評 価する。

right★補足・文法★
XX〈要約100字=24×4〉…参考資料
ある男が長谷寺にお参りし、出家した妻と偶然対面す る。妻は自分を捨てて出家した夫を恨まず、むしろ自 分も仏道に入るきっかけを作ってくれたと涙ながらに 語る。作者はこの妻の殊勝な心がけを素晴らしいと評 価する。

left★原文・現代語訳★
〈補足〉
説話は、起承転結の構成で、完結性がある
 起(場面・人物の紹介)承(事柄の発生)
 転(意外な出来事)  結(事柄の結末)
 →(+作者の主張・教訓)
right★補足・文法★
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