left★板書(+発問)★   
(先生の授業ノート……普通クラス)
   葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」

〈作品〉
大正15年(1926))(32歳)
 雑誌「文芸戦線」に発表
○大正期労働文学・プロレタリア文学に見出だせない  芸術性

〈作者〉
〇明治27(1894)〜昭和20年(1845)
<プロレタリア文学の草分け>的存在
「文芸戦線」の代表作家
 他に「海に生くる人々」など
○思想性・革命性の弱さ故に、
 長く正当な評価をされず
(観念的・図式的性格・革命的・イデオロギー主義)

〈プロレタリア文学〉大正末〜昭和初期
〇明治30年代(1897〜)…社会主義小説
    ↓
○第一次世界大戦後の経済不況(大正7年=1918)
 〜関東大震災(大正12年=1923)
    ↓
○反戦平和・被抑圧階級の解放を訴える
 <労働者の文学運動>(大正デモクラシーを背景)
○大正10年(1921)…「種蒔く人」創刊(〜大正12)
    ↓
 思想的な対立・政府の弾圧の中、
 「文芸戦線」「戦旗」に分裂・展開
 (大13〜昭7)(昭3〜7)
    ↓(昭7〜)
 満州事変以降の弾圧の中、政治活動の放棄と
 引き換えに、文学活動を行った転向文学
 ……崩壊

〈概要〉
極限状況に置かれた青年が、生きるために仕方なく
 する悪は許される
との生の哲学を老婆から知らされ
 て、悪を肯定し実践するという、人間のエゴイズム
 を問題にした近代小説

  →盗人になるのは悪か?
  →悪は許されないのか?
  →しなければ死ぬしかない状況での悪はどうか?

right★補足(+解説)★   
(小説)2017年1月(2023年8月改)



・大ストライキがあり、
 日本の労働運動の激しさを増した時期
・才能ある有力新人の登場と注目、
 既成文壇の大家からも認められる



・文学運動が分裂と解体を繰り返す中で。
 船員・外交員・セメント工場の労働者などの
 経験を経て、労働運動に参加
・分身を登場、人間的で自然な感情、民衆への愛、
 庶民性・ユーモア・抒情的性格

 ※種蒔く人
    ↓
   文芸戦線→→→
    ↓    ↓
    ↓    戦旗
    ↓    ↓
    解散   弾圧
    ……………転向
<資本家と労働者の社会的格差>への反発


小林多喜二「蟹工船」執筆、共産党の
 非合法活動に参加…検挙…獄中で虐殺




〈作者年譜〉




全体の構成 【一】(起)工事現場での苛酷な労働状況の実態
 @……
 A……
【二】(承)セメント樽の中の手紙を発見
 @……
 A……
【三】(転)女工からの手紙
 @危険作業での恋人の事故死
 A同じ労働者としての呼びかけ
【四】(結)階級意識の目覚めと厳しい現実
 @労働者としての意識の目覚め
 A厳しい現実
left★板書(+発問)★   
〈小説の舞台設定…場面・人物の設定5W1H〉
 (時代背景)大正末(13〜15年) 冬のある日
 (場所)  岐阜県、恵那山の見える
       木曽川(ダム)発電所の建設現場
 (主人公) 松戸与三
       工事現場でセメントあけをする労働者
 (何を) (どうした) ←(なぜ)

〈小説の枠組〉
過酷な労働状況にある主人公は、
事故で恋人を失った女工から手紙を受け取り、
<労働者としての意識に目覚める>が、
過酷な<現実に戻される>(自分の置かれた立場に
現実を見る)しかないという内容で、
手紙は現実に挟まれる入れ籠の構造
right★補足(+解説)★   

・大正15年、小説発表

・大正13年、日本最初の発電所建設)

                ↑
              <時代>
        ←←<場所>【人物】<場所>→→
              <時代>
                ↓

  <   現  実   >…過酷
     <【手紙】>   …呼びかけ
  <   現  実   >…現実
 
left★板書(+発問)★   
〈授業の展開〉

【一】(起)<工事現場での苛酷な労働状況の実態>
                    (導入)
工事現場
 セメントあけをする労働者=松戸与三
    セメント樽をあけ
      ↓
    セメン枡で量を量り
      ↓
    舟という容器にあける作業
      ↓
    コンクリートミキサーに間に合わせる
      ↓
  休む間もない重労働

○鼻に焦点を当てた比喩表現
  ・頭の毛と鼻の下は、セメントで灰色に…
  ・鉄筋コンクリートのように鼻毛を…間は
   なかった(直喩・明喩←→隠喩・暗喩)
  ・<十一時間>…鼻を掃除しなかった
      ↓
  (与三の)<苛酷な労働状況>
                 (ヘトヘトに)

▼〈まとめ〉
恵那山の見える木曽川発電所の建設工事現場で、十一 時間もの苛酷な労働に休みなく従事する。

right★補足(+解説)★   


(工事現場で苛酷な労働状況にありながら、目覚める  ことなく働く労働者の実態)


・セメント樽=重さ180kg(後に厚手の紙袋に)
・セメン枡=セメント・砂・砂利・水の混合比率を
      正確にするためで、誤るとコンクリート
      の凝固力が落ちる
・舟=正確な混合比率でセメント・砂・砂利を入れる
・コンクリートミキサー=セメントを砂・砂利・水と
       混合して、均質なコンクリートを作。
       一分間に十才(270g)ずつ吐き出す

・その状態が十一時間も解消できないという比喩表現
 によって、苛酷な労働を象徴的に描く
・長時間の労働
  休みは、昼休みと三時休みの二度だけ
      ↓
  ミキサーを掃除して暇がない
  →ミキサーは休んでも与三は休めない
      ↓
・機械中心で人間疎外の状況
      (経営・効率が優先で、労働者は軽視)




left★板書(+発問)★   
【二】(承)<セメント樽の中の手紙を発見>
                   (展開@)
○作業中、セメント樽から小さな木の箱を発見
  ・そんなものにかまってはいられなかった
  ・樽から箱が出るって法はねえぞ
            (専らそれだけを)
一杯飲んで食うことだけを専門に考えながら、
 長屋へ帰る
  ・発電所は八分どおり

○自然(情景)描写        (挿入の効果)
  ・夕闇にそびえる恵那山は真っ白に雪を…
  ・急に凍えるような冷たさを感じ
  ・木曽川の水が白く泡をかんでほえていた
    ↓              (擬人法)
  (苛酷な重労働から解放されて、
  B<考えるきっかけ>を与える効果)
    ↓
    ↓
○チェ! やり切れねえなあ
  ・ウヨウヨしている子供
  ・<一円九〇銭の日当>
   (五十銭の米を二升=一円、九十銭は衣住)
  ・べらぼうめ!
    ↓
  <生活苦でやり切れない思い>

世の中でも踏みつぶす気になって、
 箱を踏みつける
    ↓
  (小箱からボロに包んだ紙切れを発見)
    ↓
  (「セメント樽の中の手紙」を読む)

▼〈まとめ〉
日当一円九〇銭と生活苦でやり切れない作業中に発見 したセメント樽の中の手紙を読む。

right★補足(+解説)★        
(作業中に発見したセメント樽の中の手紙と、生活苦
 でのやり切れなさ      (※心理の変化))
・ミキサーに合わせて、セメントをあけなければ
 ならない→労働の苛酷さ・休む間もない重労働
 →ヘトヘトに
・法=方法・仕方…俗語
・飲食のようなことしか楽しみがない
岐阜県<恵那山の見える木曽川(ダム)発電所>
 建設工事現場→大正13(1924)日本初
 与三の仕事も終わりが近い→<不安定>
    ↑
@<日時・場所の提示>→初冬
 ・寒々とした不安をかきたてる情景
 ・激流が岩に突き当たり、白い泡沫を上げる
    ↓
A<置かれている状況>(苛酷な労働・生活苦)
 の暗示的表現


・今の生活に対して不満
 子供にあまり愛情を感じていない
・現在、米価二升(1.3s×2)一円=現在千円前後
 → 一円九十銭=現在千九百円→ 一ヶ月六万円
 →極めて低い日当→当時では平均的な賃金
 →食費のエンゲル係数52%(貧困)


<苛酷な労働・生活苦>をどうすることもできず、
 社会全体に対して八つ当たりしたい気持ち
  貧しさ故の世の中への鬱憤を晴らすかのように
  踏みつぶす誇張的な表現
  →しかし、労働者としての
       階級意識には目覚めていず
・ボロ=女工の恋人の仕事着の切れ




left★板書(+発問)★   
【三】(転)<女工からの手紙>
                   (展開A)
@<危険作業での恋人の事故死>

○N会社のセメント袋を縫う女工の手紙

    ↓

    (衝撃的な内容を淡々と語る
     気持ちと効果)
○十月七日作業中、恋人が破砕器に(石灰岩を
 入れようとして誤って)はまり込み、事故死
    (石と恋人の体は砕け合って、赤い細かい
     石になって…セメントに)

  ・のろいの声を叫びながら、砕かれた

    ↓

立派なセメントになりました
    →恋人の無残な死に対する
     会社側の冷酷な態度への<皮肉・抗議>

  ・骨も、肉も、魂も、粉々に
    →読点=言葉を絞り出すように、
        胸に詰まる思いを象徴的に表現
    ↓
   (残ったのは仕事着のボロばかり…
    恋人を入れる袋を縫って…)

▼〈まとめ〉
危険作業での恋人の事故死を告げることで、労働者と しての意識に目覚めるよう働きかける (理解・仲間 意識や階級意識の自覚・連帯を呼びかける)。

right★補足(+解説)★   
(恋人の無残な死を告げ、理解と連帯を呼びかける
 女工からの手紙

・Nセメント会社=名古屋
 →大正九年(1920)名古屋セメント会社の工務   係になった時の体験を踏まえる。
 →労働者が火傷で死亡→扶助金獲得のため奔走する
  が、交付されず→労働組合をを結成しようとして
  馘首(カクシュ)
・女工=女性工場労働者
・手紙を受け取る一ケ月以上前のこと
・事故があっても、人間一人のために機械は停止する  ことはなかった
 →労働の苛酷さ、人命の軽視

・恋人を残して砕かれていく
 男の無念の思いに聞こえた
     (運命への呪い? 会社への抗議?)

・恋人の全てが奪われてしまい、
 万感胸に迫る痛切な思い
 →実際には、粉々になるまで作業が続けられる
  事もないだろうが、
  <労働者を犠牲>にするような
  <会社側の経営の残酷さ>
を象徴的に表す


・恋人の形見を入れる袋を縫っている
    ↓
 手紙を書いてセメント樽に入れる





left★板書(+発問)★   
A<同じ労働者としての呼びかけ>

<あなたが労働者だったら>(→三回繰り返し)
 かわいそうだと思って…お返事を下さい
               (何に使われたか)
 →<労働者は同じ仲間だという意識>を持つよう
  呼びかけ、<悲しみについての理解>を求める
    ↓
〇劇場の廊下や大邸宅の塀になるのは忍びない
 …あなたが労働者だったら(→二回目)…
 このセメントをそんな所で使わないで
  →劣悪な条件下で労働を強いて事故死に
   追いやり、その犠牲の上で搾取しよう
   とする<ブルジョワは敵>として意識し、
   憎悪すべきだ
という思い
    ↑
    ↓
  ・いいえ、よござんす

○経帷子を着せる代わりにセメント袋を…

あなたが労働者だったら(→三回目)
 →気持ちの理解と労働者の<連帯の呼びかけ>
  ・お返事を…代わりに仕事着の切れを
   あげます
  ・お願い…お知らせ下さいね
    1 セメントを使った月日
    2 所書き(住所)
    3 どんな場所
    4 「あなた」の名前

○あなたも御用心なさいませ
 →(単に恋人一人の問題ではなく)
  危険性は労働者全体の問題だと警告

▼〈まとめ〉
危険作業での恋人の事故死を告げることで、労働者と しての意識に目覚めるよう働きかける (理解・仲間 意識や階級意識の自覚・連帯を呼びかける)。

right★補足(+解説)★   
(同じ労働者として理解し、階級意識を自覚して連帯  するように呼びかけ(働きかけ))
・労働者←→労働者をこき使い搾取する資本家階級
      (経営者・使用者・会社側)




・同じ立場の者として呼びかけ(要請)
 →<仲間意識(階級意識)の自覚・理解・連帯>

ブルジョワだけが行く大劇場の廊下で使われて
 踏みつけられ、ブルジョワの大邸宅で使われて
 守護することは、耐えられない
・恋人を奪った資本家側の利益となる使用を拒絶し、
 階級意識の覚醒を求める思い

・心の大きかった恋人を思い出し偏狭さを否定
 or手紙を読んだ人を困らせるかもしれない
 or労働者に選択する力がない状況への怒り
・事故死した恋人に人並みの事をしてやれない
 女性としての心
・呼びかけに応じたお礼に大事なものをあげる
 →石の粉と汗の沁み込んだ労働者の象徴で、
  女工にはかけがいのない布切れをあげるの
  は、労働者連帯の象徴となる。
1 手紙を開けた「真っ白な雪」の日
  →恋人の死十月七日から一ヶ月以上の経過
2 恋人の行先
3 ブルジョアor労働者・発電所
4 松戸与三

労働者であれば誰でも同じように苛酷な状況
 で働く危険性にさらされており、その立場の弱さを
 警告しようとしている。






left★板書(+発問)★   
【四】(結)<階級意識の目覚めと厳しい現実>
                    (結び)
@<労働者としての意識の目覚め>

○子供たちの騒ぎを身の回りに覚えた
  →手紙に心を奪われ集中して読んでいた
    ↓
  ・茶碗の酒をぐっと一息にあおった

    ↓

  ・へべれけに酔っ払いてえなあ…
   何もかもぶち壊してみてえなあ
    →手紙に心を動かされ、
     <労働者としての意識に目覚め>て変革
     の思いを抱くが、(どうすることも
     できず、現状は変わらない)

▼〈まとめ〉
手紙に心を動かされ、労働者としての意識に目覚めて 変革の思いを抱くも、(細君の言葉と大きな腹によっ て)自分の置かれた現実を見るしかなく、先に進んで どうすることもできない無力感と絶望感を抱く。(実 際にはどうすることもできない労働者の現実)

right★補足(+解説)★   
(手紙に心を動かされ、労働者としての意識に目覚め  ながら、厳しい現実に戻される、無力感・絶望感)
・家で酒を飲む与三

・自分より悲惨な労働者の存在を知り、
 考えることのなかった労働者の置かれている
 苛酷な状況を意識した。
・大切な酒を一息で飲むほどやり切れない思い
 →女工の恋人の悲惨な事故死から受けた衝撃と、
  労働者の置かれた苛酷な状況の自覚
    ↓
・へべれけにまで酒を飲めない労働者の現実
    ↓
 しかし、苛酷な状況を変える行動をとること
 もできず、怒鳴るだけ
 →細君に言われる前に、七人目の子どもを抱えての   現実を自覚(?)








left★板書(+発問)★   
A<厳しい現実>

○〈細君→〉へべれけに暴れられて…
 子供たちをどうしますか
  →手紙により変革をとまでは行かずとも、
   労働者としての意識に目覚めるが、
   <再び元の厳しい現実に>引き戻される

細君の大きな腹に七人目の子供を見た
  →細君の言葉と大きな腹によって、自分の
   置かれた<厳しい現実を突きつけられて>
   実際にはどうすることもできない無力感
   と絶望感
を抱く(手紙に心を奪われ階級
   意識に目覚めたが、厳しい労働者の現実
   に対する<やり切れなさを改めて確認>

▼〈まとめ〉
手紙に心を動かされ、労働者としての意識に目覚めて 変革の思いを抱くも、(細君の言葉と大きな腹によっ て)自分の置かれた現実を見るしかなく、先に進んで どうすることもできない無力感と絶望感を抱く。(実 際にはどうすることもできない労働者の現実)

right★補足(+解説)★   
(手紙に心を動かされ労働者としての意識に目覚め
 ながら、細君の言葉と大きな腹によって、厳しい
 現実に戻される
労働者)
・七人目の子供は、生活を更に厳しくする存在
    ↓↑
 しかし、読者の願望か、
 女工の恋人の死に対する新しい生命の誕生と
 の解釈もある→B
 or新しい生命の誕生は、新しい時代の到来
  表すとして、明るい未来に繋げる解釈→A
 or新しい生命の誕生によって、頑張らねばという
  自覚が生まれるとする解釈→(A?)
    ↓↓↓
@<厳しい現実を目前にした失望>
A新しい時代の到来
B恋人は死んでも、新たに生まれる労働者があ
 るという労働者の強さ






left★板書(+発問)★   


〈主題〉
工事現場で苛酷な労働状況にある労働者が、作業中に セメント樽の中から手紙を発見した。それは危険作業 で恋人が事故死したという女工からのもので、労働者 としての意識に目覚めるよう働きかけ、理解と連帯を 呼びかける内容であった。手紙に心動かされ、労働者 としての意識に目覚めて変革の思いを抱くが、その先 どうすることもできない無力感と絶望感の中で、自分 の置かれた厳しい現実に戻されるしかなかった。


葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』(YouTube朗読)
         ヘンデル「協奏曲ト短調」
         バッハ「平均律1−24ロ短調」

right★補足(+解説)★   
〈補足…X参考資料〉
@構成
【一・二】先ず、苛酷な労働を強いられながら、
   目覚めぬまま働く典型的な労働者が描かれる。
       (木曽川水力発電所建設現場で作業)
【三】次に、労働者としての意識に目覚めるように
   呼びかける女工の手紙が、セメント樽から出て
   くるという形で紹介される。
      (労働者の置かれた悲惨な状況を述べて
       連帯を呼びかける)
【四】そして結びは、再び労働者に視点が向けられ、    手紙に心を動かされて意識が目覚め、変革の
   思いを抱く
が、その先をどうすることもでき
   ない厳しい労働者の現実が描かれる。

A言葉遣い
 与三→典型的な労働者として、俗語での表現
 細君→現実的で冷静な対応をする言葉遣い
 女工→恋人の死にもかかわらず理性的で、丁寧な
   「です・ます」調で表現。女工としては奇妙な     ほど文章が上手い。
      (労働者の置かれた苛酷で悲惨な状況を
       象徴的に訴え、連帯を呼びかける

B比喩表現
     (苛酷な労働を比喩表現で象徴的に描く)
 鉄筋コンクリートのように…
 石膏細工の鼻のように硬化…
 木曽川の…泡をかんでほえていたetc.

〈参考…〉

写真は、ネット上のものを無断で借用しているものも あります。どうぞ宜しくお願い致します。

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