left★板書(+補足)★
「現代文授業ノート」(普通クラス)
   日高敏孝『生物の作る環境』

〈筆者〉
・動物行動学者→生物の行動を観察して
        進化の過程などを明らかにする
・出典 『動物と人間の世界認識−イリュージョン      なしに世界は見えない』(2003年)

〈概要〉
〇環境論
〇動物は、自分に意味のある世界を構築して、主体的
 に生きているのであって、
 客観的に存在すると人間が認識する環境ではない、
 というユクスキュル「環世界論」を説明している
                (→要約→要旨)

right★発問☆解説ノート★
(評論)2020年8月


※随筆=自己の感想・意見・見聞・体験などを
    筆に任せて自由な形式で書いた文章(随想)
    ↓↑
 評論=物事の善悪・価値・優劣などを
    批評し論じること。また、その文章









left★板書(+補足)★
〈全体の構成〉

【一】<環境の定義と問題提起>
        (序論…一般論の提示と問題提起)
【二】<自分の世界を構築するダニの具体例>
          (本論@…具体例による考察)
【三】<意味のある世界を説明する絵>
         (本論A…絵の説明による考察)
【四】<ユクスキュル「環世界論」の確認>
           (結論…考察・主張の確認)

right★発問☆解説ノート★


一般論(常識)の提示
    ↓
 一般論の否定(問題提起→筆者の考察・主張)






left★板書(+補足)★
〈授業の展開〉

【一】<環境の定義と問題提起>
        (序論…一般論の提示と問題提起)
○ユクスキュルの面白い理論  (…一話題の提示)
    ・環境と生物の問題
    ↓↑
オーソドックスな環境の定義
  ・environment=周りを取り囲むもの→環境
  ・かつての「自然科学的」な認識では
   <環境は客観的に存在する>もので、
   全て数字で記述できると思われていた
    =色々なものがあって、全部記述できるのが
     動物の環境・客観的な環境である
     こういう認識… →一般論(常識)の提示
    ↓
<しかし>
<そうではない>  (と、ユクスキュルは言う)
            →一般論の否定と問題提起

▼〈段落まとめ〉
環境は客観的に存在するというのがオーソドックスな
定義だが、そうではないとユクスキュルは言う

right★発問☆解説ノート★




・生物学者
 →著書 『生物から見た世界

・オーソドックス=正統的だ
・認識=物事を知り、その本質・意義などを理解する
☆かつての「  」→自然科学と称する人間中心的な
 認識
であって、現在は通用しない
★環境は我々人間には誰が見ても同じように存在する
・客観的=特定の立場にとらわれず、第三者の立場で
 物事を見たり考えたりする(誰が見ても同じ)



環境は客観的に存在するものではない
           →どの生物にも同じように
            環境は存在するのではない




left★板書(+補足)★
【二】<自分の世界を構築するダニの具体例>
          (本論@…具体例による考察)
○ダニの具体例        (…ユクスキュル)
    ↓  (その論調は極めて論理的で印象的)
    ↓ ・ダニは、灌木の枝先で獲物を待ち、
    ↓  哺乳類が通ると落下して体にとりつき
    ↓  血を吸う
  ・目がなく、<光・匂い・温度・触覚>という
   知覚によって、<食物を得て、子孫を残す>
      =一連のプロセスは、機械的な反射行動
       の連続に見える
    ↓ (→ダニは機械に過ぎないのか)
<しかし>
○主体的に生きるダニ       (刺激に対し)
  ・意味のある知覚信号として認知して
   <主体として反応>し、食物を得て子孫を残す
    ↓<つまり>
      =ダニは機械ではなく、機関士なのだ
       (意志を持って主体的に生きている
    ↓
○ダニのみずぼらしい世界
  ・環境には様々なものがある
   <しかし>        (ダニにとって)
  ・ほとんど全ては意味を持たない
    ↓         (巨大な環境の中で)
  ・ダニの世界は、匂い・体温・接触刺激だけが
   意味を持ち、この<三つだけで構成>されいる
   =ダニのみずぼらしい世界
        ↑   (食物・子孫)
     生きていくため、行動の確実さを約束する
     世界こそが、みすぼらしくても大切なのだ
    ↓
<つまり>
◎それぞれ(自覚や意思に基づいて)主体的に生きる
 動物
は、周りの環境の中から自分に意味のあるもの
 を認識し、その組み合わせによって<世界を構築>
 しているのだ

▼〈段落まとめ〉
ダニの具体例によって、それぞれ主体的に生きる動物
は、周りの環境の中から自分に意味のあるものを認識
して、それらを組み合わせて世界を構築している、と
述べる

right★発問☆解説ノート★



☆ユクスキュルの環境の定義を否定する理論の調子

・生理学=生命現象を物理的・化学的手法によって
     研究する学問
・知覚=感覚器官を通して知ること(働き)
☆知覚(の反応)による目的行動(食物・子孫)
・信号=言語に代わり意思を伝達するもの・サイン
          (色・音・光・形・電波など)
・認知=事柄をはっきりと認めること
・主体=<自分の自覚や意志>に基づき行動するもの
        (刺激=信号→主体によって知覚)
★刺激を、感覚によって意味のある信号として認識
 し、自覚や意志に基づいて主体的に行動して、
 食物を得て、子孫を残す
自覚や意志を持って目的地に行く機関士のように、  食物を得て子孫を残す目的の為に主体的に行動する
 生物なのだ
。単なる機械ではなく、人間と同じだ
   −−−−−−−
  < 巨大な環境 >
 <<×<ダニの>×>>
 <<×<世 界>×>>
 <<×<○匂い>×>>
 <<×<○体温>×>>
 <<×<○接触>×>>
  <× ×× × >
   −−−−−−−



(ダニの話)
ダニは、匂い・体温・接触だけが意味を持つ世界で
 生きている
。これらの感覚により刺激を意味のある
 信号として認識して、自覚や意志に基づいて主体的
 に行動し、食物を得て子孫を残しているのだ。
 即ち、周りの環境の中から匂い・体温・接触の三つ
 だけ
を意味あるものとして認識し、その組み合わせ
 によって世界を構築して生きているのだダニの話
      (三つだけから世界は構成されている)



left★板書(+補足)★
【三】<意味のある世界を説明する絵>
         (本論A…絵の説明による考察)
○有名な絵で説明        (このことを…)
        ・応接間のような部屋の絵
    ↓
○人間から見た「この部屋」
  ・人間はこれを「客観的」に認識しており
          環境だと思っている
    ↓↑
<しかし>
○イヌにとっての部屋
  ・食べ物・飲み物には関心があるが
   他は全く関心がない    (→灰色で示す)
        =彼らが作っている世界の中に存在
         するものは食べ物・飲み物で、
         それ以外は…ないに等しい
    ↓
  ・<人間の見る部屋と全然違う>
○ハエにとっての部屋
  ・関心があるのは、食べ物・飲み物・光だけで、
   他のものは、何も存在していないに等しい
    ↓          (何の関心もない)
<しかし>
○意味のある世界の違い
    ・現実に部屋は存在して
     色々なものがあるように人間には見えるが
    ・イヌ・ハエから見ると、全部は見えない
    ↓
  ・部屋自体は厳然として存在しているが、
   <動物にとって意味のある世界>は、
                 部屋全体という
   いわゆる<客観的なものではない>

▼〈段落まとめ〉
絵の説明によって、動物にとって意味のある世界は、
人間が客観的に認識している環境とは全く違うもので
ある、と述べる

right★発問☆解説ノート★
・(客観的ではないという)部屋の絵の説明

☆各動物が、主体的に周りの環境の中から意味のある
 ものを認識し、組み合わせて自分の世界を構築する

☆動物とは異なる人間の立場・視点で、客観的に認識
 している環境である→カッコ付き
 →環境を<客観的・人間中心的>に見る捉え方



☆それぞれの世界の中に存在するものは、
 イヌと人間とでは全く違う






☆動物が構築している世界の中に存在するものは、
 (主として、自分が生きて子孫を残すのに必要な)
 食べ物・飲み物などだけで、
 他のものは何も関心がなく存在していないに等しい

・例えば遥か宇宙の彼方のように
 物理的には存在していても見えないものもあるが…


・厳然=厳かで、動かし難い
★動物が生きていく為に必要な意味のある世界は、
 人間誰もが同じように認識している普遍的・客観的
 な世界とは違う→それぞれ生きる世界・環境が違う






left★板書★
【四】<ユクスキュル「環世界論」の確認>
           (結論…考察・主張の確認)
○ユクスキュル『環世界論』
    ↓
 動物が生きているのはその<環世界>の中であり
 <意味のない客観的な世界の中ではない>

▼〈段落まとめ〉
動物が生きているのはその環世界の中であり、意味の
ない客観的な世界の中ではないという、ユクスキュル
「環世界論」を説明して、考察の確認をしている

right★補足・発問★
・環世界=全ての動物はそれぞれ<特有の知覚世界>
 を持ち、自覚や意思に基づいて主体的に行動して、
 目的を持って生きている、その知覚世界
 →環境を人間中心的・客観的に見る捉え方を排する
★動物はそれぞれ意味のある特有の知覚世界を持ち、
 その中で自覚や意思に基づいて主体的に行動して、
 目的を持って生きているのである。
 客観的に存在すると人間が認識する環境ではない。
 →人間にとっての普遍的な時間・空間(環境)も、
  動物にとってはそれぞれ独自の時間・空間として
  知覚されているのだ。

left★板書★
〈要約210字=24×9〉
環境は客観的に存在するというのがオーソドックスな
定義だが、そうではないとユクスキュルは言う。それ
ぞれ主体的に生きる動物は、周りの環境の中から自分
に意味のあるものを認識して、それらを組み合わせて
世界を構築している
のだ。動物にとって意味のある世
界は、人間が客観的に認識している環境とは全く違う
ものである。動物が生きているのはその環世界の中
あり、意味のない客観的な世界の中ではないというの
が、ユクスキュルの「環世界論」である。(→要旨)

×〈要約100字=24×4〉(参考資料)

right★補足・発問★
< 学習の手引き>(→参考資料)












 

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