(先生の現代文授業ノート)中島 敦「山月記」
left★板書(+補足)★
「現代文授業ノート」(普通クラス)
   中島 敦 「山月記」

〈出典・作品〉      (コタン)
昭和17年(1942)、『古譚』の名で
  「山月記」「文字禍」の二作発表
唐代の伝奇小説「人虎伝」を典拠
    ↓  (変身譚…李景亮 撰)  
  <中国の古典に取材>し、虚構の世界を構築
       (実在の世界の枠組みを借りて
        登場人物を自己の精神の分身として
     ↓  再創造し、自我に迫る
    (他の作品)「弟子」「李陵」「名人伝」
<人間存在の不条理(運命)>
 <近代人の自我意識(の問題)>
                →主題として追求
○題名の由来
  詩の中の一節に
  「此夕渓<山>対明<月>」とある
            ↓
    (李徴の)人間としての意識を象徴
○原作との比較
 ・「人虎伝」
   未亡人との逢引を妨げられた腹いせ(原因)で
   その一族を焼き殺したという
   非道な所業の報いで変身   (→因果応報)
 ・「山月記」
   臆病な自尊心と尊大な羞恥心という性情が原因
   だと書かれ、より深みのある内容

〈作者〉1909(明治42)〜1942(昭和17)年
〇漢学者の一族
  知的で格調高い漢文訓読体で、
  自己の人間観を語る
〇幼少期(家庭の不幸)
  母の離縁、二人の継母の死別
〇宿痾(持病)の喘息
      ↓
  喘息の発作で死去(33歳)
<第二次大戦の統制下>
         (文学不在・荒廃した暗い時代)
 <文学の純粋性>を守り抜いて、夭折
   文学史上に、(流星の如く)
   特異な一筋の光茫を放ち、消えて行った作家
        (尾を引く光の筋)
〈概要〉
〇臆病な自尊心と尊大な羞恥心という
 猛獣を飼い太らせた結果、
 に身を堕としてしまった詩人の悲劇 (→主題)
〇近代人の自我意識の悲劇でもある

right★発問☆解説ノート★
(小説)2014年6月(2020年8月改)



太平洋戦争中…文壇デビュー作(33歳)

・清朝の説話集に収められる(←唐代の小説だが)

・古譚(昔話・説話・物語)に材を取ったものが多い
    ↓
  芥川龍之介「羅生門」と比肩
  →「今昔物語」「宇治拾遺物語」に取材
・遺作として没後に発表
・不条理=道理にあわない→幾ら考えても分からない
絶望的な自意識
    →作品の底には、知識人の孤独と憂愁が漂う






・怪異譚→人間が虎になるという有り得ない出来事を
 語る
点では同じだが、驚くべき事実が現実にあった
 のだという一点に興味が置かれる

・近代小説→怪異を描くにしても、人間はこうである
 という<真実>を語る
ための手段として用いる
虚構=作者が人間についての真実を語ろうとして、
    現実の外に仮の別の世界を考え作り上げる事
・〜33歳
〇漢籍の素養が深い
 ・漢語を巧みに用いた文体
 ・優れた知性→高く評価
〈年譜〉
昭和8年(24歳)東大卒業。
昭和16年(32歳)まで横浜高女の教師。
作品の大部分はこの間に書かれたが、世に知られず。
翌17年「山月記」発表、死去。   作家として
ほとんど知られないまま、不遇な短い生涯を終える

時流に流されぬ芸術性→改めて再認識
      ↓↑
   多くの文学者が、時代・権力に迎合して
   戦争を賛美する作品を書く

詩家としての名を死後百年に残そうとした男が、
 文名が揚がらないことへの絶望から、
 ついに発狂して虎と化した苦悩を告白し、
 人間としての尊厳を回復する物語

left★板書(+補足)★
〈全体の構成…起承転結〉    (→要約→主題)

【一】(起)(主人公の人物像と)失踪までの事情
                    (導入)
【二】(承)故人(旧友)との再会
                   (展開@)
【三】(転)心情の告白
 @虎となった李徴の苦悩(変身の事情と苦悩)
 A詩の伝録の依頼(詩への執着)
 B性情という猛獣(虎となった運命の原因)
 C妻子への援助依頼
                   (展開A)
【四】(結)(人間との)永遠の別れ(永訣)
                    (結び)

right★発問☆解説ノート★















left★板書(+補足)★
〈授業の展開〉

<小説の舞台設定>…5W1H
 (いつ)  (天宝末年)中国の盛唐時代のある日
 (どこで)  都の長安より東南の地(商於)で
 (誰が)   詩を志した頭脳明晰で自尊心の強い
        一人の高級官吏(李徴)が
 (何を)   公用の旅に出て宿で泊まっていて
        訳の分からぬ事を叫びながら(?)
 (どうした) 発狂して失踪した
   ↑
 (なぜ)   獣のような内面を制御できなかった

right★発問☆解説ノート★


<小説の枠組→場面・人物の設定>
映画撮影における手法?
 →作品世界を簡潔に示す?
                ↑
                ↑
              <時代>
        ←←<場所>【人物】<場所>→→
              <時代>
                ↓
                ↓

left★板書(+補足)★
【一】(起)(主人公の人物像と)失踪までの事情

<時代背景>

 ※天宝の末年
    中国の唐代
    玄宗・楊貴妃の時代

<李徴の人物像>

 @<博学才頴>
   (広く学問に通じ、才能が極めて優れている)
  ・若くして進士に合格、江南となる
  (高級官吏登用試験)(警察・裁判を司る官吏)
 A<性、狷介>  (意固地で他人と協調しない)
  ・自ら恃むところすこぶる厚い
  ・賤吏に甘んずる潔しとせず
    ↓
 ※(いくばくもなく)
  ・官を退き、故郷に帰り
  ・人と交際せず、試作にふける
  =(下吏として俗悪な大官に膝を屈するよりは)
    ↓
 B<詩家としての名を、死後百年に遺そう>
  と志す          (→「節」・信念)
    ↓
<しかし>
<失踪(発狂)までの事情(心情)>

 【焦燥】
    ・文名は揚がらず
  ↓
 【絶望】
    ・己の詩業に
    ・貧窮に堪えず(←妻子の衣食のため)
  ↓
 ※(数年の後)
  ・再び一地方官吏(←節を屈して
  ・歯牙にもかけなかった連中の下命を拝する
   →屈辱自尊心が傷つく
  ↓
 【怏々たる思い】
  ↓
 【狂悖の様】
  ↓
 ※(一年の後)
 【発狂】【失踪】(→虎)

※(時の経過)
 1.天宝の末年(進士、江南尉)
 2.いくばくもなく(官を退く)
 3.数年の後(再び一地方官吏)
 4.一年の後(公用の旅、発狂)
 5.翌年(旧友・袁サンとの再会)

▼〈まとめ〉
若くして科挙に合格して官吏となるほど、博学才頴で 狷介な李徴は、大詩人にという志のため官を退くが、 詩業への絶望と貧窮ゆえに再び官吏となり、自尊心を 傷つけられて狂悖を抑えられず、失踪するに至る

right★発問☆解説ノート★
(李徴の人となり失踪のいきさつ)
   (人物像)(発狂)


・(初唐→)盛唐時代(→中唐→晩唐)
 →李白(詩仙)・杜甫(詩聖)を輩出
 →詩は、科挙の必須科目・教養
    (高級官吏登用試験)
・主人公の設定     (→悲劇をもたらす要因)
 →孤独で内省的な人物・芸術至上主義




・自負心・<自尊心が強い>
★自分の才能を信じて頼りにする思いが非常に強い
★下級官吏として敢て満足する事を立派だと思わない

(しばらくして)


下級官吏として、俗悪な地位の高い高官(上司)に
 屈従する事に耐えかねた
人生における唯一の目標・価値観
      ↓     (芸術至上主義の価値観)
  試作に対する己の才能を恃む心
      →極度の自負心・自尊心が李徴のすべて
(発狂に至るまでの心情)

☆思い通りにならず、苛立ち焦る
    芸術と実生活という、作者の問題意識の反映

☆人生を賭けた望みが実現できない
 →詩業と生活の両面の破綻


☆信念を曲げて
全く問題にもしなかったかつての同僚の下す命令を
 謹んで受ける(←かつての同輩は、はるか高位に)
 →賤吏に甘んずるを潔しとせず  (同様の表現)
  下吏として俗悪な大官に膝を屈するよりは(〃)
・(下級役人として)心が満ち足りない、不満

・狂って道理に背く

・公用の旅の宿で……闇の中へ
  <<<人間>>>→ → →<<<虎>>>
           変身













left★板書(+補足)★
【二】(承)故人(とも=旧友)との再会

<袁サンの人物像>

 ・監察御史
  <袁サン>・温和 ・同年に進士
       ↓↑
  <李徴>・峻峭
 ・最も親しい友(←友人の少ない李徴)

※(翌年)

<虎の身での再会>

〇残<月>の光を頼りに…
 ・月の描写→時間の推移
  (光のおかげで旧友を認め、再会を果たす)
 ・人間としての意識が残る李徴    (→暗示)

〇危ない所だった
      (旧友と気付かず、食い殺す所だった)

〇草むらからは暫く返事がなかった
  ↑
  ↑ <恥ずかしい>(あさましい姿→畏怖嫌厭)
 【迷い】 ↓↑
    <懐かしい>(話したい)


〇超自然の怪異          (→人間と虎)
 →見えざる声(虎)と(人間が)対談

▼〈まとめ〉
翌年、残月の光の下で、監察御史として地方を巡察の 途上にあった旧友の袁サンと、李徴は虎の身で再会する こととなる

right★発問☆解説ノート★


(主人公との関係)

・(超)典型的なエリートコースの役人
 →勅命(皇帝の命令)を奉じて、地方を巡察の途上
 →供回りが多勢(たぜい)

厳しい性格と衝突せず





・虎の出現に相応しい状況設定→怪異性の印象

・場面の危うさ
・夜が明ける→全てが虎に戻る

人間の心が瞬間に戻り
 食い殺すのを危うく免れた安堵



異類の身の自分が姿を現せば、
 畏怖嫌厭の情を起こさせる(←あさましい・醜悪
★懐かしい旧友と話したい
 →愧赧の(恥じて赤面する)念を忘れる程
 →なお残る人間の心、孤独感の深さ

・久闊を叙す=無沙汰を詫びる挨拶をする
・今の身となるに至った事情を語る





left★板書(+補足)★
【三】(心情の告白@)
   (転@)虎となった李徴の苦悩


〇一人称が変わる 
  「自分」→「おれ」

<虎への変身>(運命への恐れ)

  (目を信じなかった)
    ↓
  (夢ではないか)
    ↓
  (呆然となった)
    ↓
  (懼れた
    ↑↑
    ↑↑
運命観            (李徴の考え方)
 全く<どんな事でも起こり得る>のだ。
 理由も分からずに押し付けられたものを
 大人しく受け取って、
 <理由も分からずに生きてゆく>のが、
 我々<生き物の定め>だ。
      (=虚無的・絶望的な人間観・運命観)


       【生きる】=不条理
  <<<人間>>>→ → →<<<虎>>>
       【運命】→理由?→受け入れる?

<変身後の苦悩>    (人間性と獣性の葛藤

〇虎としての経験
    ↓↑
<人間の心に還る時間>
  ↓         (一日のうち必ず数時間)
  ↓=人間の心で、虎としての残虐な行いの跡を見
  ↓ 己の運命を振り返る時
  ↓ →情けなく、恐ろしく、憤ろしい
  ↓
 次第に短く
   ↓
 <しかし>
   ↓
<これは恐ろしいことだ>
   ↑
  古い宮殿の<礎>が、<土砂>に埋没するように
        ↑     ↑  (直喩・明喩)
  =おれの中の人間の心は、獣としての習慣の中に
   すっかり埋もれて消えてしまう
   ↓
 <いや>
   ↓      ・・・・
その方が、おれは<しあわせ>
   ↓     ↓↑
 <だのに>   ↓↑ (対比的・不条理な真実)
   ↓     ↓↑
 この上なく<恐ろしい>(哀しく切ない絶望)
              →人間性と獣性の葛藤
▼〈まとめ〉
懐かしい旧友に、李徴は内面を告白する。どんな事も 起こり得るという、不条理な運命を分からないままに 受け入れるしかない懼れと、人間性が喪失していく事 への幸せと絶望といった複雑な思いを語るのだった

right★発問☆解説ノート★

(変身(=運命)の事情との苦悩)


☆人間の心→虎の心が勝る



・覚えず→知らぬ間に→気がつくと


      (虎に変身) (道理に合わないこと)
☆思いがけず、異類の身になるという不条理に直面し
 呆然とする        →信じられない出来事
運命に対し、人間は無力な存在でしかないとの恐れ
→何事も必然性がなく不確かだという「存在の不安」

★どんな事も起こり得るという、生死や存在のあり方
 を支配する<不条理な運命>
に対して、
 我々生き物は、抗うことができず理由も分からない
 まま翻弄されて生きてゆく無力で<不条理な存在>
 でしかないのだ、という絶望的な思い
 =人間は、行い・願い・才能・意欲にかかわらず、
  運命の悪意に翻弄されて生きていく不条理な存在
  である
   ↓
 懼れたが、理由を考えてもどうしても分からず
 憤りながらも、運命を受け入れるしかないと考える
         (背負って生きていくしかない)

(虎として生きる苦悩)

自分の中の人間の心は、たちまち姿を消す
   ↓
 <<虎>>→<<人間>>
         ↓
       <<虎>>→<<人間>>
               ↓
             <<虎>>→<<虎>>
 <<獣性>><<獣性>>
 <<獣性>><<獣性>><<獣性>>
 <<獣性>>【人間性】【人間性】
 <<獣性>>【人間性】→ → →徐々に喪失

人間としての心が徐々に喪失していく事を恐れる


←→隠喩・暗喩
一人称が「自分」→「おれ」
☆運命・苦悩に向き合って、自分を飾る余裕を失い
 くだけた言葉でしか心情を吐露できなくなった


★(人間性の喪失人間としての苦悩から解放される
 =人間の心が失われ、後悔したり恐れたりする事が
  なくなる   (→虎の思いだから平仮名書き)

☆虎にはない人間性が、人間性の喪失を恐ろしく思う







left★板書(+補足)★
【三】(心情の告白A)
   (転A)詩の伝録の依頼


<詩作への執着>

〇産を破り、心を狂わせてまで執着
      (詩に対するすざまじいまでの執着心)
 ・(一部なりとも)
  後代に伝えないでは、死んでも死にきれない
      ↓
  =<自己の生存の証>としての詩作品

<詩の伝録の依頼>

 <<格調 高雅>><<意趣 卓逸>>
   〇〇〇〇〇〇 ↓ 〇〇〇〇〇〇
  <<才の非凡>><<第一流の素質>>
   〇〇〇〇〇〇   〇〇〇〇〇〇
     ×× <【欠点】>
          ↓
 <しかし>
〇どこか非常に微妙な点において
 欠ける所

〇岩窟でのあさましい虎の夢
 (詩人になり損なって虎になった哀れな男の自嘲


<即席の詩>

今の思い
〇七言律詩
  押印→破格(虎?)
   (脚韻)逃・高・豪・コウ(口+皐)=「ou」

(漢詩の原文・口語訳)

(首聯)@偶因狂疾成殊類
(=起)=偶然、精神の疾患により
     異類の身となってしまった。
    A災患相仍不可【逃】
     =災いが内からも外からも重なり、
      逃れることができない

(頷聯)B今日爪牙誰敢敵
(=承) =虎となった今、自分の鋭い爪や牙
      誰がはむかおうとするだろうか。
        ↓↑(対句)
    C当時声跡共相【高】
     =かつて進士に登第した頃の自分は、
      名声も業績も高かった。

(頸聯)D我為異物蓬茅下
(=転) =私は虎となってヨモギやチガヤの
      雑草のもとに身を隠しているが、
        ↓↑(対句)
    E君已乗ヨウ(車+召)気勢【豪】
     =君は既に出世して車に乗り、
      勢い盛んである。

(尾聯)F此夕渓山対明月
(=結) =今宵、谷川や<山>を照らす
      明るい<月>に向かい
    G不成長嘯但成【コウ(口+皐)】
     =詩を吟じようとしてもできず、
      ただ咆えることしかできない
    ↓
    ↓
〇最後の二句
 <己の運命への叫び>
  ・詩作の不可能
  ・虎としての咆哮

〇残月、光冷ややかに(…詩人の不幸を…)
 ・時の経過を表す
 ・李徴の悲劇を印象付ける   (→描写の効果)
                 (不幸な運命)
▼〈まとめ〉
詩への凄まじい執着心を語る李徴は、詩の伝録を依頼 した後、己の運命を嘆く思いを即席の詩に詠んだ

right★発問☆解説ノート★

(詩への執着)

・元来、詩人として名を成すつもり



☆人生における唯一・最高の価値
                (芸術至上主義)

 →この世に生きた証し・アイデンティティ



☆表現力も詩の主題も、どちらも共に優れている
・卓(優れる・机)逸(優れる・走る・それる)
☆感嘆する(←袁サンの視点)




人間性・社会性の欠如(?)
 (愛情・優しさ?)

・自らを嘲るがごとく言う
虎になってまで詩に執着していた
 自分の姿に気が付き、恥ずかしく思ったから

・典拠の「人虎伝」にあり、作者の創作ではない
 →小説に違和感なく収まる
 →題名「山月記」の由来

・原則は、第一句末と偶数句末で押印


(読み方=書き下し文)

@偶狂疾に因って殊類と成る
A災患相仍って逃るべからず

 <<狂疾>>→→→<<殊類>>
        運命


B今日は爪牙誰か敢へて敵せんや
C当時は声跡共に相高かりき

      (対句)
 <<爪牙>>→→→<<声跡>>
     今日   当時


D我は異物と為りて蓬茅の下にあれども
E君已にヨウ(車+召)に乗りて気勢豪なり

      (対句)
 <<異物>>→→→<<ヨウ(車+召)>>
      我   君


F此の夕渓山明月に対し
G長嘯を成さずして但だコウ(口+皐)を成すのみ
    <<月>>
      ↑咆える
       ←<<虎>>
        <山>↑
    <渓><山><山>↑
   <渓><山><山><山>↑
☆今の李徴の心理
 ・詩を吟じても、獣の声としてしか響かない
  事への空しさ
 ・詩人として名を残せず、獣に身を堕とした
  己の運命への嘆き
<<残月>>→→→<<暁>>
  人間性      獣性
・粛(おごそか・謹む・かしこまる)然(その通り)





left★板書(+補足)★
【三】(心情の告白B)
   (転B)性情という猛獣


<運命の原因>

詩によって名を成そうと思いながら
 <人との交わりを避けた>
   ↑     ・師につかず
   ↑     ・詩友と交わって切磋琢磨せず
   ↑     ・俗物に伍することも潔しとせず
   ↑ <<人>>
   ↑   ↓倨傲・尊大
   ↑ <<己>>
   ↑  (羞恥心・臆病な自尊心郷党鬼才
<臆病な自尊心>
    と
 <尊大な羞恥心>(が原因)
   ↓
   ↓  ・己の珠にあらざるを惧れるがゆえに
   ↓   刻苦して磨こうとせず
   ↓  ・己の珠なるべきを半ば信ずるがゆえに
   ↓   碌々として瓦に伍することもできず
   ↓
 =(己の内なる)
 <性情という猛獣>
   ↓  (世と離れ、人と遠ざかり)
   ↓  (憤悶とザン(斬+斤+心)イ(圭+心)により)
 <飼い太らせた>
   ↓
 <<虎>>  (内心にふさわしい外形に変えた)
     ↑↑
    <人間は誰でも猛獣使いである>
     ↓(コントロール)(食い破られて破滅)
    飼い慣らせないと、自己を滅ぼす結果となる
     ↓             (人間観)

<胸を灼く悔い>

<空費されてしまった過去・才能>
  ↓ ↑(才能の不足を暴露)
  ↓・卑怯な危惧刻苦をいとう怠惰のため
  ↓ 才能を磨くことを怠る  (→空費、虎に)
  ↓  ↓
  ↓・今それに気づいた
 胸を灼く悔い(悲しみ・苦しみ)
  ↓       (たまらなくなる…そんな時)
<山>の頂に上り  (空谷に向かって)
 <月>に向かって咆える

〇毛皮の濡れたのは、
 夜露のためばかりではない
  自分の運命やこれまでの生き方に対する
  悲しみや嘆きの涙

〇ようやく辺りの暗さが薄らいできた
 ・時間の経過を表す(と共に)
 ・自分の苦悩を袁サンが聞いてくれたことによる
  李徴の心の浄化(安らぎ)を暗示

▼〈まとめ〉
虎となる運命の原因は、臆病な自尊心と尊大な羞恥心 という内なる猛獣を飼い太らせた結果で、才能も過去 も空費してしまった胸を灼く悔いでたまらない時に、 山の頂に上り月に向かって咆えるのだ、と李徴は告白
right★発問☆解説ノート★

(虎となった運命の原因)

・なぜこんな運命になったか、分からぬ
              …思い当たること…
・冒頭にも、人と交際せず、試作にふける
      詩家としての名を死後百年に…
・切磋琢磨=仲間同士で励ましあい努力して学問を磨
      くこと  →しかし、李徴は孤独・怠慢
・伍する=肩を並べる・仲間に入る
・倨傲=おごり高ぶり、他人を侮ること
・尊大=他人に対し偉ぶった態度をとること
・郷党の鬼才=故郷の人々の中で、人間とは思えない
      (ずば抜けた)才能の持ち主
★自尊心を傷つけられることを恐れる心理と
 羞恥心が強いため、わざと尊大な態度をとる心理
 =自尊心→傷つくことへの恐れ(臆病)→羞恥心
 (内心でおびえ)→わざと尊大(二つは表裏一体)
☆自分が才能ないのを恐れるので、苦しい努力をして
 磨こうとしない(臆病・怠慢)
☆自分が才能あるはずだと半ば信じるので、平々凡々
 と才能ない者の仲間に入る事もできない(自尊心
   <<珠>>←←→→<<瓦>>
   才能ある者   才能のない者=<<俗物>>

・憤悶=憤(いきどお)り悶えること
・ザン(斬+斤+心)イ(圭+心)=恥じ怒ること
これおれを損ない、妻子を苦しめ、を傷つけた
 <<人間>>     →心を狂わせ、人生を破綻
    ↓コントロール
<<性情=猛獣>>
★誰でもみんな虚栄心・利己心・自負心という猛獣を
 持っており、それを制御しながら生きている
のが、
 人間である
 →過去の自分を激しく悔いる

・悔い(悲しみ・苦しみ)



☆臆病と怠惰がおれのすべて (→獣に身を堕とす)
・危惧=心配し恐れること
・刻苦=苦しい努力を重ねること
★(才能の不足を暴露する事への)危惧と怠惰のため
 才能も過去も空費してしまった(→過ちを悔いる)
×人間の生活  ×詩の発表  ×頭も虎に

☆誰一人おれの気持ちを分かってくれる者はいない



☆執着し刻苦したにもかかわらず、
 詩人として名を残せなかった、結果への自嘲


・心の洗われる思い
  人間としての尊厳を回復
  思い残すことなく虎に(?)







left★板書(+補足)★
【三】(心情の告白C)
   (転C)妻子への援助依頼(と袁サンへの配慮)


<妻子への援助の依頼>

1.決して明かさないでほしい
 ・(妻子を更に)驚き悲しませない(ためであり)
 ・自分の誇り(だけは保ちたいため)
2.道(塗)に飢凍することのないように
   ↓
このことの方を先に
   ↓
 =自分の詩業よりも、
  妻子のことを先にお願いすべきだった
  「<人間>だったら
  ・自嘲
  ・人間性・愛情の欠如
     ↓
    獣に身を堕とすのだ
   (ようやく人間としての真実や愛に気づく)

<袁サンへの配慮>

〇(虎として)姿を現わす→来訪しないこと

▼〈まとめ〉
最後に、妻子への援助を依頼した後、再び旧友に来訪 することのないようにと李徴は忠告した

right★発問☆解説ノート★





☆失踪で既に苦しんでいて、
 苦しさが増す との妻子への配慮

  <<<<  詩業  >>>>→自分の欲望
      <<妻子>>→愛
☆自分のことよりも、まず妻子のことを考えるような
 愛や真心を持った者=人間
・「人虎伝」では、最初に妻子のことを依頼
  ↓↑
 詩作と家族愛とを巡る
 芸術家の悲劇性を強調する意図
 →では、「人間」のあり方として、
  李徴はどうであればよかったのか(?)
・慟哭=悲しみで声を上げ激しく泣くこと


・(忠告→)友人を襲うことの回避







left★板書(+補足)★
【四】(結)(人間との)永遠の別れ(永訣)

<虎としての姿>

<白く光を失った月>への<咆哮>
   ↓          ↓
   ↓       (人間への決別・心の嘆き)
 (袁サンとの再会を導いた月が
  光を失うことによって)
 李徴が<人間の心を喪失>
 していったことを暗示
   ↓
 <<虎>>

(草むらに姿を消す)

〇再びその姿を見なかった     (語法→効果)
   ↓  ×見せなかった
  主語の転換(破格)
   ↓
  強調          (人間社会との決別)

▼〈まとめ〉
永遠の別れを告げた李徴は、虎としての姿を現わして 人間への決別と人間性の喪失という心の嘆きを込め、 白く光を失った月に向かって咆哮した。再びその姿を 見なかった

right★発問☆解説ノート★




☆「月の光」の変化
 ・時刻の推移を暗示
 ・人間性の喪失人間社会との永遠の別れを告げる
  心の嘆き
   ↓
 悲しみの余韻を引いて響く場面
   場面ごとの情景に、相応しい雰囲気を伝える

絶望の咆哮が、空しく月に放たれるに過ぎない
・咆哮=猛獣が大声で吠えること




人間の(営みの)世界からその姿を消し、
 虎として(の運命を負って)生きる
 李徴の姿が浮かび上がる







left★板書(+補足)★
〈主題〉

@(運命の悲劇→無力な人間の姿)
 運命の悪意に翻弄される<人間存在の不条理>
A(詩人の悲劇→作者自身の苦悩の反映)
 身を滅ぼしても、なお詩作に執着せずにはおれない
 詩人の不幸→<芸術至上主義)
             (人間性・愛の欠如?)
B(性情の悲劇→自己に捉われた人間)
 性情という<己の内なる猛獣を制御できず>
 飼い太らせてしまった結果、破滅に至る人間の悲劇
B”(近代人の悲劇個としての自己に捉われた)
 過剰な自己意識により、自己の破滅に至る
 近代人の病弊→<近代人の自我意識)
  ↓   (常に自身を振り返り、その自身を見て
  ↓    自分はこんなものではないと、
  ↓    飽き足りず不満に思う)
以上の重なり合う悲劇(袁サンと一体化した読者の眼)
※焦点
 ・虎に身を堕とさねばならなかった運命(←矛盾)
 ・主人公の嘆き(←内面の苦悩・葛藤)

right★発問☆解説ノート★
〈補足〉李徴の生き方を通して作者が言いたかった事
       (虎になった理由=主題→話し合い)
1.運命の<不条理>と人間存在の不安 という問題

2.他を顧みない詩への執着 という問題
 (芸術・物事に執する心理・人間の生存の証しとは
  人間にとって生きるに値する価値とは)

3.性情という内心の猛獣 の問題













left★板書(+補足)★
〈補足@〉
〇主人公の性格(人物像)
 ・若くして科挙に合格する程の鬼才だが、
 ・自尊心が強く頑なで協調性のない人物

〇虎になった理由を、李徴はどう考えているか
 ・(最初) 分からない
 ・(次に) 詩への執着が原因
 ・(続けて)狂疾という精神の疾患(即席の詩)
 ・(更に) 臆病な自尊心と尊大な羞恥心という
       己の中の虎
 ・(最後に)妻子よりも己の詩業に執着する
       人間性の欠如(にも理由を見出す)

〇袁サンの小説上での役割
 ・李徴の告白を導き出す聴き手の役割
 ・李徴の内面の吐露が可能な人物の役割
  →数少ない友人
  →虎と人間の対話という超自然を素直に受容

〇人間が虎になるという虚構の効果
 ・極限状況に置く事で内面の苦悩を浮き彫りにする

〇「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」に表現された
 矛盾した内面
 ・自尊心は強いが、才能の不足が暴露し傷つくこと
  を恐れ
内心でおびえる臆病な羞恥心があるので、
  人と交わり努力して磨こうとすることができない
 ・一方、才能の不足が暴露するのを恐れる羞恥心
  あるが、自分は才能がある筈だと半ば信じている
  から、平凡な石ころのように才能がない者と並ぶ
  ことができず、わざと尊大な態度をとる
   ↓
 自己否定自己肯定という矛盾した心理が共存
  →修飾語と被修飾語がねじれた表現
     <尊大な>   <臆病な>
       ↓   ×   ↓
     <自尊心>← →<羞恥心>











right★発問☆解説ノート★
〈補足A…主人公の心境〉
〇理由も分からずに…生き物のさだめ
  思いがけず、虎(異類の身)に変身するという
  信じられない出来事に直面して呆然として、
  生死や存在のあり方を支配する<不条理な運命>
  に対して、我々生き物は無力で抗うことができず
  翻弄されて生きる<不条理な存在>でしかない
  のだと知って恐れたが、
  理由をいくら考えても、どうしても分からず、
  憤りながらも、そんな運命を受け入れ背負って
  生きていくしかない、という絶望する思い

〇おれの中の人間の心がすっかり消えてしまえば、
 その方が、おれはしあわせ
 だのに、この上なく恐ろしい
  虎になりきってしまえば、
  虎としての残虐な行いを後悔したり、己の運命
  振り返って恐れたりすることもなく、
  人間としての苦悩から解放されることになる。
  しかし、虎としての獣性の中に人間性が埋没して
  喪失していく絶望的な孤独と悲哀は、
  この上なく恐ろしく耐え難い思いがする。

〈漢詩の訓点〉
   ッテ   ニ ル   ト
@偶 因 狂 疾 成 殊 類
    二   一 二   一
       ッテ  カラ  ル
A災 患 相 仍 不 可 【逃】
          レ レ
    ハ     カ ヘテ センヤ
B今 日 爪 牙 誰 敢 敵

    ハ     ニ   カリキ
C当 時 声 跡 共 相 【高】

  ハ リテ  ト   ノ ニアレドモ
D我 為 異 物 蓬 茅 下
    二   一
    ニ リテ    ニ      ナリ
E君 已 乗 ヨウ(車+召) 気 勢 【豪】
      レ
  ノ       シ   ニ
F此 夕 渓 山 対 明 月
          二   一
 シテ サ   ヲ ダ スノミ     ヲ
G不 成 長 嘯 但 成 【コウ(口+皐)】
  レ 二   一   二       一

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