(先生の現代文授業ノート)森 鴎外「舞姫」
left★板書(+補足)★
「現代文授業ノート」(普通クラス)
   森 鴎外「舞姫」

〈出典〉
 ・初出 明治23年(1890)1月雑誌「国民の友」
     発表(作者28歳)
 ・題名 ヒロインのエリスがヴィクトリア座の
     踊り子であることによる

〈作者〉
 ・文久2年(1862)〜大正11年(1922)
 ・島根県出身の陸軍軍医・詩人・小説家
 ・近代的知性の煌めく、日本一の文豪
 ・ドイツ留学(明治17〜21年、22〜26歳)
       (1884〜1888)
 ・本名は林太郎。東大医学部を卒業。留学帰国後に
  執筆活動を始める。自分の見解を曲げず、論争
 ・主宰雑誌 「めざまし草」「スバル」

〈表現〉
 ・漢文的な文語文体(雅文体)のリズム
    →主人公の心理が理知的に描かれる

〈作風の変化〉
 ・初期 浪漫主義(明治20年(1887)〜)
     「舞姫」「うたかたの記」「文づかい」
 ・中期 反自然主義(高踏派)(明治40年〜)
     「青年」「雁」
 ・後期 歴史小説(大正1年(1912)〜)
     「阿部一族」「山椒大夫」「渋江抽斎」

〈概要→主題〉
 ・留学していたドイツを舞台にした主人公の
  悔恨の記            (回想形式)

right★発問☆解説ノート★
(小説)2015年3月(2021年2月改)



・ドイツ留学から帰国2年後に『舞姫』発表
 →巻末の日付は明治23年1月となっている







・『舞姫』の主人公(太田豊太郎)は
 明治17(1884)〜22年(22〜27歳)ドイツ留学
 →夏目漱石はイギリス(ロンドン)留学




・(擬古文)簡潔な印象







・歴史から素材を取った作品


・主観的な単なる懐旧ではなく、第三者的な立場から
 客観的に自己を対象化して語る
 →自己弁護的だけでなく、自己批判の眼差しもある

left★板書(+補足)★
〈舞台設定〉
時代(背景)
 ・明治17(1884)〜22年(1889)
 ・現在から過去を回想、という時間的な構成
場所
 ・(ドイツの首都)ベルリン
登場人物(造型)
 ・太田豊太郎
    ・官命でドイツに留学したエリート官僚
 ・エリス
    ・16・7歳の踊り子(舞姫)・ダンサー
    ・貧しい故に十分な教育はうけていないが、
     読書好き
 ・相沢健吉
    ・太田の親友。経済的な援助や出世のための
     尽力をしてくれたが…
    ・エリスと別れろと忠告
 ・天方伯(大臣)
    ・相沢が秘書官として仕える
    ・山形有朋(1838〜1922)がモデル

right★発問☆解説ノート★




・異国的な雰囲気の舞台(典雅な文体・近代的自我に
 目覚めた新しい人間像の造詣)
 →近代日本(明治)における新しい文学→読者を魅了














left★板書(+補足)★
<小説の舞台設定(枠組)…5W1H>
 (いつ)  明治22年(27歳)
 (どこで) 留学していたベルリンで
 (誰が)  太田豊太郎(主人公)が
 (何を)  懐妊中の内縁の妻エリスを残して
 (どうした)日本に帰国した為、エリスは発狂した
   ↑
 (なぜ)  自己の栄達と家の再興のために

right★発問☆解説ノート★

                ↑
                ↑
              <時代>
        ←←<場所>【人物】<場所>→→
              <時代>
                ↓
                ↓

left★板書(+補足)★
〈全体の構成〉     (…時系列・場面・心情)

【一】帰国途上の船内にて(手記を書く豊太郎)
            (明治22年2月、27歳)
            (小説の枠組と執筆動機)
【二】ベルリン留学と自我の目覚め
                     (承)
 @豊太郎の生い立ちとベルリン留学
             (明治17年、22歳〜)
 A自我の目覚めと孤独な生活
             (明治20年、25歳〜)
 Bエリスとの出会い

 Cエリスとの交際と免官

 D相沢・エリスの助けと荒む学問

【三】エリスへの愛と立身出世との葛藤
                     (転)
 @エリス妊娠と相沢や天方伯との面会(約束)
             (明治21年冬、26歳)
 Aロシア随行の活躍と岐路に立つ豊太郎
       (天方伯のロシア行き随行と活躍)
 B豊太郎の迷いとロシアからの帰還
            (明治22年1月、27歳)

【四】豊太郎の帰国決定とエリス発狂
                     (結)
 @天方大臣への帰国の承諾と自責の念
         (帰国の承諾と気絶する豊太郎)
 A豊太郎の昏睡とエリスの発狂
                (エリスの狂乱)
 B日本への帰国と相沢を憎む心


right★発問☆解説ノート★


・5年の留学の帰路、セイゴン港に停泊中の船内にて
 留学中の体験により頭を悩ましている恨みを消そう
 と試み、手記を書き始める


・優秀な成績で大学を卒業した後、某省の要請を受け
 ベルリン留学
・大学の自由な学風に触れ「まことの我」に目覚める
 が、官長との関係は日増しに悪くなっていく
・ある日、いつものようにクロステル街を歩いていて
 古い寺院の前で泣いているエリスと出会う
・エリスに援助したことから二人は交際を始めるが、
 それがもとで豊太郎は官職を解かれてしまう
・友人の相沢のお蔭で仕事を得て、免官という窮地を
 救われ、二人は共に暮らし始める

・エリス懐妊の兆候がある頃、相沢は豊太郎を天方伯
 に紹介する。信用を得て官界復帰をと勧める相沢の
 忠告に対し、豊太郎はエリスとの絶縁を約束する
・天方伯のロシア行きに随行し、通訳として活躍した
 豊太郎は、置かれている状況に気づいて岐路に立つ
・ロシアから帰還しエリスのもとへ帰った豊太郎は、
 栄達と愛情の迷いも一瞬にして去り、ベルリンでの
 愛ある生活を選択する


・天方伯の帰国への勧めを豊太郎は承諾し、罪の意識
 に苛まれて、数週間も昏睡に陥る
・豊太郎の病床にある間に、帰国を承諾したと相沢が
 伝えたため、エリスは発狂する
・豊太郎はエリスをドイツの残し帰国の途につくが、
 相沢や自分の心を憎む思いが生起するのを覚える

left★板書(+補足)★
〈主題〉
留学中、自我に目覚めて、一人の女性と出会って共生
するが、立身出世の夢を捨てきれずに、彼女を捨てて
帰国するという、明治のエリートの心中に残る複雑な
恨みと慙愧の念(を記した手記)

right★発問☆解説ノート★
〈主題?…75字〉
国家の未来と威信を担って海外文化を吸収するため、
ドイツに官費留学した明治のエリートの、近代的自我
の覚醒と、愛した現地女性との悲劇的な別離を描く。


left★板書(+補足)★
〈授業の展開〉

【一】(起)帰国途上の船内で(手記を書く豊太郎)
            (小説の枠組と執筆動機)
<セイゴン港に停泊する船内にて>

 ・現在=ドイツ〜帰国途上のセイゴン港船内にて
            (明治22年2月、27歳)
石炭をば早や積み果てつ
          (石炭を早くも積み終わった)
 =<手記を書く準備ができた>
    ・電灯の光が晴れがましいのも虚しいものだ
         ←(対比)→孤独な様・沈んだ心
    ・船に残るのは自分一人 (手記を書こう

<書けない日記と過去の回想@>

五年前…洋行の官命を蒙りこのセイゴンの港まで…
    ・5年前、西洋留学という官庁の命令を受け
     このサイゴンの港まで来た(明17.22歳)
 ・見聞する全てが新鮮で、筆に任せて紀行文を書き
  当時の新聞に掲載された
    ↓↑(現在との対比)
こたびは途に上りしとき、日記ものせむと…
 ・今回は帰国の旅に出た時、日記を書こうと思って
  買った<冊子も、まだ白紙のまま>であるのは
        ↑        (明22.27歳)
 ・ドイツで……(無関心)無感動な性格
  身に付けてしまったからだろうか
  あらず、これには別に故あり
        (そうではない…別に理由がある)

<書けない日記と過去の回想A>

〇げに東に還る今(こたび)の我は、
   西に航せし昔(五年前)の我ならず
     (実際、東に帰る今の私は、
      西に向かって航海した昔の私ではなく)
    ・学問こそやはり心に満足できない所も多い
     が、浮き世の辛さも知ったし、
 ・人の心が頼みにならないことは言うまでもなく、
  自分と自分の心さえ変わり易く頼み難いことも
  悟ることができた
    ・昨日の「是」は今日の「非」となるような
     瞬間に変わる感じ方や印象を、
     書き写して誰に見せることができようか。
        ↓
 ・これが<日記の書けない>理由であるか
  あらず、これには別に故あり

〇嗚呼、ブリンヂイシイの港を出でゝより、
 早や二十日あまり…       (明22、2月)
  (ああ、南イタリアのブリンヂイシイ港を出て
   以来このセイゴンまではや20日余り経った)
    ・普通なら初対面の乗客とも交際して、旅の
     憂さを慰め合うのが船旅の習慣であるのに
 ・ちょっとした病気を言い訳にして、室内にばかり
  籠っていて
、(大臣と)同行の人々にも話をする
  ことが少ないのは
        ↑
 <<人知らぬ恨み>>に頭のみ悩ましたればなり
        (誰も知らない悔恨に頭を悩まして
         ばかりいたからである)
 ・この恨みは
  (初め)ひとはけの雲のように私の心を掠めて
      スイスの山の景色やイタリアの古い遺跡
      を見ても、私の心に留めさせず
  (中頃)厭世的になり自分をはかなく思い、毎日
      9回も腸が捩じれるほどの激しい惨痛を
      (苦悩を)私に負わせ
  (今は)心の奥に凝り固まって、一点の翳だけと
      なったが、書を読み物を見る毎に、鏡に
      映る姿や声に応える木霊のように、限り
      ない懐旧の情を呼び起して、幾度となく
      私の心を苦しめる
        ↓
<手記の執筆動機>       (手記の目的)

嗚呼、いかにしてか<この恨みを銷せむ>
     (ああ、いかにしてこの悔恨を消そうか)
    ・もし他の恨みだったならば、漢詩や和歌に
     詠んだ後は心地も清々しくなるだろうが、
 ・これだけは余りに深く心に彫り付けられたので、
  書いても清々しくなることはないだろうと思うが
    ・今宵は誰もいず、ボーイが来て電気のスイ
     ッチを切るには時間がまだあるようなので
    ↓
 いで、<<その概略を文に>>綴りて見む
    (さあ、その−悔恨を抱くに至ったベルリン
     体験の−概略を手記に綴ってみよう)

▼〈まとめ〉
5年前に官命を受けて留学したが、帰路は、その体験
による「人知らぬ恨み」のために頭を悩ませていた。
その恨みを消そうと試み、セイゴン港に停泊中の船内
で概略を手記に書き始めた。

right★発問☆解説ノート★
※冒頭は、擬古文の口語訳も重視



・明治17年(1884,22歳)〜22年(27歳)ドイツ留学
        作者は〜明治21年(26歳)


・…果て(…し終わる)つ(完了=…した)
☆(明日)出航する準備は整った (←石炭の補給)
・隠喩(暗喩←→直喩・明喩)

@帰国途上の作者はエリスが自分を追って乗船した事
 を知っていた A人知らぬ恨みに頭を悩ましていた


          (ホーチミン市)
留学は5年間、現在はサイゴン港に寄港と分かる
 →作中と実際の事跡とが微妙に重なる
       (鴎外も明17.9月、明21.8月寄港)
明るい前途を信じ、希望に満ちた意気揚々たる心境
・さらぬも=たいしたことのない、そうでなくても


★往路(5年前)では紀行文がいくらでも書けたが、
 復路(現在)では日記が全く書けない
 ドイツで無感動の習性を身に付けてしまったからで
 あるが、他に大きな理由がある。










・憂き節=辛い・悲しいこと

★復路(現在)で日記が全く書けないのは、
 自分自身も信じられなくなったからでもあるが、
 他に大きな理由がある。







・天方大臣に同行した帰国ルートは
 ベルリン−スイス−イタリア−ブリンヂイシイ(伊)
 −スエズ運河−……−セイゴン(ベトナム)−横浜
               (鴎外は別コース)


★室内に籠ってばかりなのは(日記が書けないのも)、
 「人知らぬ恨み」(悔恨)に頭を悩ましていて、
 思い出す度に辛くなったからである

☆「人知らぬ恨み」の対象
 @官長に中傷した同郷の人や留学生仲間
 A免官に追いやった官長
 B豊太郎が昏睡状態の時に、事を処理した相沢
 C優柔不断で主体性のなかった弱い自分自身
 D悲劇的な結末へと導いた運命的なもの
 →作品末尾の「一点の彼を憎む心」に照応する



☆深層意識下に固まった翳のようになった「恨み」で
 あるが、折に触れて表層意識上に湧出する心的外傷
 (トラウマ)になっている
、心理構造



<日記が書けない理由>
 @ドイツで無感動の習性が身に付いてしまったこと
 A自分自身も信じられなくなったこと
  でもあるが、最大の理由は
 B「人知らぬ恨み」(悔恨)に頭を悩ましてばかり
  いて、思い出す度に辛くなったことである
★心の晴れようはないかも知れないが、
 <この恨みを消そうとして手記を記す>のである
 →留学生活をしていた自分と向き合い、変遷を整理
  して全貌を回想しようとしたが、「恨み」を記す
  ことがベルリン体験の検証となるのである
☆「人知らぬ恨み」に悩まされていることが
 日記の書けない理由で、手記の執筆動機でもある。
 従って、それが何かを検証して解明することは
 「舞姫」の主題を追究することでなる
 →悩みは文章化すれば、一つの解決手段ともなる





left★板書(+補足)★
【二】(ベルリン留学と自我の目覚め@)
   (承@)豊太郎の生い立ちとベルリン留学

<生い立ち>        (…主人公の設定)

@(故郷での幼少時代)
 ・幼児から厳しき庭の教え(家庭教育)
    ・父を早く失ったが、学問を疎かにせず
    ・旧藩の藩校(学問環境)
A(東京での学生時代)
 ・東大予備門・東大法学部でも常に首席
    ・一人子を励みに生きる母の慰め
 ・19歳で学士号      (近代的な学問環境)
    ・大学創立以来またとない名誉
       (常に「学問」が中心となっている)
B(東京での某省時代)
 ・某省に出仕   (中央省庁に勤めるエリート)
    ・故郷の母を都に呼び楽しき3年(〜22歳)
 ・官長(長官・所属長)の信任が格別
    ↓
洋行の命(留学)     (明治17年、22歳)
    ・官庁の仕事の調査のため
    ・50歳を越えた母と別れ、遥々ベルリンへ
    ↓
 ・我が名を成さん     (国・家への忠・孝)
  =立身出世(栄達)の思い
 ・我が家を興さん
  =「家」の再興の思い

<ドイツ留学>       (明治17〜22年)
                (22歳〜27歳)
〇模糊たる功名の念
 検束に慣れたる勉強力とを持って
      (ぼんやりした功名心と
       自己抑制に慣れた勉強力とを持って)
    ↓
<新大都ベルリンの華やかさ>

〇忽ち…<欧羅巴の新大都の中央に立てり>
 ・なんらの光彩ぞ (何という光の美しい輝きだ)
      ↓↑(対句)
 ・なんらの色沢ぞ (何という色彩の鮮やかさだ)
      ↓       (衝撃・驚嘆・感動)
    ・菩提樹の下と翻訳する時には、奥深くもの
     静かな所のように思われるが、この大通り
     が髪のように真っ直ぐに伸びるウンテル・
     デン・リンデンに来て、 両側にある石畳
     の歩道を行く何組もの男女を見よ。
    ・胸を張り肩がすらりと高い将校が、(まだ
     ウィルへルム一世が街に臨んだ宮殿の窓に
     もたれて外を眺めていらっしゃる頃だった
     ので、)様々の色に飾り立てた礼装をして
     いる姿(や)
    ・顔のよい乙女がパリ風の服装をしている姿
     (など)
 ・あれもこれも目を驚かさないものはなく
    ・車道のアスファルトの上を音もしないで走
     る色々の馬車、雲に聳える高い建物が少し
     とぎれた所には、晴れた空に夕立のような
     音を聞かせて漲り落ちる噴水の水、遠く望
     むとブランデンブルク門を隔てて緑樹が枝
     をさし交わしている中から、中空に浮かび
     出ている凱旋塔の女神の像、
    ・これら沢山の景観や風物が極めて近い所に
     集まっているので、初めてここに来た者が
     見物に十分に応じきれないのも尤もである
 <されど>↓↑
 ・あだなる美観に心をば動さじ
    (けれども、私の胸にはたとえ如何なる所で
     遊んでも、無益な美観に心は動かすまいと
     いう誓いがあって、常に私を誘惑する外界
     の物を遮断して抑えていた)

<留学の手続きと仕事・学問>

〇東来の意を告げし普魯西の官員…
      (…呼び鈴を引き鳴らして面会を求め、
       日本政府の紹介状を出して東から来た
       ことを告げたプロシヤの官吏…)
 ・手続きの際、私のドイツ語・フランス語に驚く

〇ところの大学に入りて政治学を修めむ
    ・官庁の仕事の暇がある度に、前もって政府
     の許可は得ていたので…土地の大学に
    ・名前を大学の在席簿に記入してもらった
 (1〜2ヶ月後)
    ・公務の打合せも済み、調査も次第に捗って
    ・2・3の法律家の講義に参加する決心して
     授業料を納め、行って聴講した
    ↓      (国家を動かすための学問)
 ・法学(政治・法律)を学ぶ勤勉な日々

▼〈まとめ〉
幼い頃から厳しい家庭教育を受けたために、父は早く
なくしたが、母の期待に応えて、学校ではいつも首席
だった。19の歳、優秀な成績で大学を卒業して某省に
出仕し、3年後に官命を受けて留学をした。ベルリン
の華やかさに驚嘆しながらも、立身出世と家の再興を
願って自己抑制を忘れず、職務に専念して法学を学ぶ
勤勉な日々を過ごした

right★発問☆解説ノート★






・士族(武士の家柄)
☆母子家庭      (封建的な家父長制の時代)
 →一人子への期待は大きく、家の名誉を守るために
  必死に育てる母→経済的・精神的にも苦しい
 →豊太郎の出世は、亡き夫の遺志
・父の遺志を継ぎ家名を汚すまい、と努める母の苦労
 を無にせず言いつけを守って、一生懸命に学問する
 →逆境に耐え、自分ではなく、家と母のために努力
・学士号の取得は、22〜24歳が普通(飛び級もあり)

・某省=(国の)ある中央省庁
・母への恩返しと感謝(…母子密着の関係)


・洋行=西洋への官費留学 (→明日の日本を担う)


母親と官長の期待に応えることだけを考える生き方
 →人生の目標は家の再興で功名心と勉強力が原動力
 →自身の目標はなく、自発的でない強制による勉強
    ↓       (人格的に偏りがある?)
  自分らしさに飽き足らず、転換して、将来に挫折



☆立身出世と家の再興の願い
 →言いなりで勉強→功名の目的は分からず



・当時のドイツは、普懊戦争・普仏戦争にも勝利し、
 後に、世界を敵に回して第1次・第2次世界大戦を
 戦うほど、ヨーロッパ列強の中で最も勢いがあった
人生の舞台となる所に来た、前途洋々たる思い
・忽ち=確かに、現に、まさに、たちまち
・光彩=美しく輝く光    ・色沢=いろつや

・幽=奥深い、暗くて見えない、ひっそりしている











☆街の様子や道行く人々…見るもの全てが美しく輝き
 華やかで、衝撃を受けて驚嘆する思い






・景物=四季折々の趣のある事物、自然の風物
・目睫=距離や時間がきわめて近い、目前

・あだなる=無益だ、上辺や見かけだけで中身のない
☆ベルリンの華やかな街並みや人々の様子などの
 刺激的な景観・風物に心を奪われまい
    ↓  (感情ある人間としては正常でない)
 国家のために学問して海外文化を吸収するとの目的
 こそが第一    (目的意識・規範意識が強い)














・公務に励み、暇があれば大学で法学を学ぶ日々
 →学問や仕事ばかりの毎日で、人との交流はなく、
  何かが欠けているようだ
  自分の意志や自由も大事にすべきではないか



or優秀な成績で大学を卒業した後、某省の命令を受け
 ドイツ留学をした豊太郎は、ベルリンの華やかさに
 驚嘆しながらも、立身出世と家の再興を願って自己
 抑制を忘れず、法学を学ぶ勤勉な日々を過ごした




left★板書(+補足)★
【二】(ベルリン留学と自我の目覚めA)
   (承A)自我の目覚めと孤独な生活

<自我の目覚め>

かくて三年ばかり(明17〜19)…
 <所動的・器械的>(だったのを悟らず)
    ・母 →活いきたる辞書
    ・官長→活いきたる法律
      (人々の期待や称賛に応える操り人形)
    ・時来れば包み難いのは人の好尚(自我)
 ・自由な大學の学風(自主独立の影響)
   ↓
(明20=渡欧4年目…25歳)
〇(奥深く潜みたりし)「まことの我」が表面化
 =<自我の目覚め>   (本来の性向が表面化)
    ・昨日までの「我ならぬ我」を攻める
    ・政治家や法律家に相応しくないと思う
    ・官長に自分の考えを主張
    ・大学では法科でなく、歴史・文学に興味
   ↓          (人間的なもの)
<危き余が地位>

(1)独立の思想を抱き、官長に反抗的
  →危き余が地位
    ・これだけでは地位を覆すに十分でない
(2)交際が疎遠なため
  留学生仲間が嘲り嫉み猜疑(中傷)する
  →@頑ななる心とA欲望を制する力のせいにする
     (自己抑制的・優秀で、交際が疎遠なため
      反感(嘲り・嫉みの感情)を持たれた)
        ↑
    ・されど余を知らねばなり(…此故よしは)
        ↑
「弱く不憫なる心」ぞ「我が本性」なりける
      (臆病な心が自分の本性=本当の自分)
  (2つの自己像→自我の目覚め・弱く憐れな心)
 ・私の心は処女に似て、勇気があったのではない
    ・学問や官吏の道も、忍耐と勉強する力も、
     年長者の教えた道を一筋に辿っただけ
    ・他に心が乱れなかったのは、外界を恐れて
     自分で手足を縛っただけだ
    ・有能で忍耐強い豪傑と思っていた自分も、
     横浜を出る時の涙を見苦しいと思ったが、
     この弱くあわれな心こそ、我が本性だった
    ・早く父を失い、母の手で育てられたからか
   ↓              (責任転嫁)
 ・客を引く女・レエベマンと遊ぶ勇気がないように
  交際する勇気がなく疎遠なために、活発な同郷の
  人々が嘲り嫉み猜疑することとなる
   ↓これぞ
冤罪を負ひ…艱難を閲し尽す媒なりける
     (濡れ衣を負って…限りない困難と苦悩を
      味わい尽くすこととなったのだ)

▼〈まとめ〉
自由な大学の学風に触れて3年後、自我に目覚めると
共に自分の臆病な本性も自覚した。そのために官長や
同郷の留学生仲間たちとの関係は日増しに悪くなって
いき、自分の地位が危うくなる。

right★発問☆解説ノート★
(自我の目覚めと冤罪・艱難→自我の確立ではない)




・明治17〜19年→4年目=明治20年(1886、25歳)
・所動的=受動的  ・好尚=好み、嗜好



・ベルリン生活3年間の心境の変化
・学問は、国家でなく自分のためにするものであり、
 自分の意志で自由な言動もできる

☆親や上司の意のまま受動的・器械的に、学問や仕事
 をして立身出世をひたすら求めてきた以前と違い、
 新たに本来の生き方をしようとする

・紛々=入り乱れてまとまりのない
・蔗を噛む境=次第に面白くなってくる所=佳境



☆自我に目覚めによる変化
 @所動的・器械的→独立思想 A法学→歴史・文学
 B官長・母の操り人形→反抗的・懐疑的

・猜疑=素直に受け取らずに疑う
・讒誣=事実でない事を言い立てて謗る=中傷
・嫉む=自分より優れている状態を羨ましく思い憎む
・私費で来ている遊び上手な金持ちの留学生仲間は、
 交際が無理で、軽蔑の思いもあったか(?)
・故由(ユエヨシ)=いわれ・理由・来歴・由来

・なかなか=むしろ、かえって
☆作品後半→優柔不断で主体性がない














・冤罪=無実の罪・あらぬ罪・濡れ衣
・艱難=困難に出あって苦しみ悩む
・閲す=年月を過ごす
★踊り子との良からぬ関係と中傷され、免官となり、
 悲劇的な事態へと繋がっていくこととなる

or大学の自由な学風に触れ「まことの我」に目覚める
 が、官長や同郷の留学生仲間達との関係は日増しに
 悪くなっていく


left★板書(+補足)★
【二】(ベルリン留学と自我の目覚めB)
   (承B)エリスとの出会い

<エリスとの出会い>

(ある日の夕暮れ)       (明20…25歳)
〇(帰途)クロステル街の古寺の前
 ・古寺までの道のり
    動物園を漫歩→ウンテルデンリンデン大通り
    →クロステル通り→古寺(マリエ教会?)
    (モンビシユウ街の下宿へは寄り道になる)
 ・昔の遺跡に恍惚と佇む  (自我→美観に関心
    ↓
〇古寺の前で出会った少女
 ・(16・7歳の)すすり泣く金髪の美少女
     (詩人の才能がないので表現できない程)
 ・<青く清らかで、物問ひたげに愁いを含んだ目>
    ・驚きて黄なる面を打守りし (…東洋人)
 ・窮地から救って欲しい、と言う
    ↓  (言葉に少し訛がある→地方出身者)
 ・父の葬儀の金がなく、途方に暮れて泣いていた
   (劇場主の愛人になるしかなく、窮地に陥る)

〇声をかける豊太郎
 ・目が<一目見ただけで心の底まで貫いた>
   (勉学と立身出世一筋に禁欲的に生きてきて、
    異性の経験はなく、不思議で衝撃的だった)
 ・臆病な心は「憐憫の情」に負けて…声をかける
    (本来なら、弱く不憫なる心で勇気がない
     のに、大胆さに呆れる程←自我の目覚め)

<少女の母が待つ家>

〇跡に付いて少女の家へ
    (少女は金銭的援助を求めて家まで案内)
    ・名前はエリスと知る
    ・エルンスト・ワイゲルトという表札
     (ユダヤ人?の名・仕立物師・下層階級)
    ・貧苦の痕が額にある老媼

〇老媼は態度を一変
       (エリスと金銭的な援助に関する話)

〇少女の窮地を救うため、時計=質草を渡して名乗る
 ・人に否と言わせぬ、なまめかしく媚びを含んだ目
    ↓             (無意識?)
 ・質受(時計→大金)のため、住所を教える
       (二人が再会するための一つの儀式)

▼〈まとめ〉
留学して3年の月日が経ったある日の夕暮れ、下宿へ
帰る途中、いつものようにクロステル街を歩いていた
古い寺院の前で涙に暮れる少女エリスに出会う。家が
貧しくて父の葬儀代にも困窮していた彼女を窮地から
救おうと家まで送り、金を貸してやったことで、二人
の交際が始まる。

right★発問☆解説ノート★






・下層階級が暮らす貧民街




・恍惚=うっとりと心を奪われて、忘我




☆一目見ただけで心の底まで貫く、魅惑的な目の虜
 となって、臆病な心が憐憫の情に負けてしまう



・座頭=劇場主、座長


☆大胆な行動
 @<自我の目覚め>→独立の思想と自由
 B昔の遺跡に恍惚状態
 C心を貫くエリスの魅惑的な目の虜
 A危うい当時の地位→精神的に不安定
 (自分を認めてくれる存在が必要=心の寂しさ)













☆自我の目覚めによる出来事
 @官長に自分を主張して地位が危うくなる
 Aエリスと出会って交際する











left★板書(+補足)★
【二】(ベルリン留学と自我の目覚めC)
   (承C)エリスとの交際と免官

<エリスとの交際>

<ああ、なんらの悪因ぞ>      (…回想)
 (ああ、(エリスとの出会いは)何という悪い結果
  を生む原因なのだ)     (→免官・発狂)
 ・恩に感謝しようとして、自分から私の下宿に来た
  少女は…読書の窓辺に一輪の美しい花を咲かせた
  ようであった
    ・幼い喜び(交際)しかなかったのに…
    ↓
 @(情事の相手を舞姫の中に漁る者として官長に)
  留学生仲間が中傷・密告      (→冤罪)
 A官長が公使館に連絡     (→免官・挫折)
    ↓        (自我の目覚めの代償)

<二つの不幸な出来事>

(1)<免官>となる
            (二者択一の選択と条件)
 @即時に帰国か→旅費は支給(公費)
 A現地に残留か→政府の援助はなし
 →1週間の猶予    (直ぐに帰国を決意せず)

(2)思い悩む時、<母の死>を知る (2通の手紙)
 @母の自筆の手紙
    (今の状況は把握しない、いつもの内容?)
 A母の死を知らせる親族の手紙
    (最後の手紙と思うと、涙が止まらず)

<離れ難き仲>

〇エリスの人物像と交際
    ・交際は清白
    ・貧しいために、充分な教育を受けず
 ・恥ずかしく、はかない舞姫の身の上
        →当世の奴隷で、賤しい限りの業に
         落ちないのは稀 (情人・売春)
    ・父による倫理的な教育で、大人しい性質
    ・読書を好む
 ・まづ師弟の交わり
   (対等ではなく、憐れみが介在する上下関係)
    ↓
危急存亡の秋
     (人生の破滅か否か、という重大な時期)
 ・エリスは免官を知っても母に事実を隠そうとする
       →学資を失えば、交際を認めなくなる
 ・豊太郎の不幸に同情し、別離を悲しむ
  (顔を伏せて沈み泣く姿が、美しくいじらしい)
     (免官と母の死とで悲嘆に暮れるが、
      亡き母に代わって真剣に心配してくれる
      エリスの気持ちを知り、愛情が深まる)
    ↓
〇彼女を愛する心が急に強くなり
 遂に離れがたき仲となる
 =悲痛感慨に陥り…<恍惚の間に深い仲>となる
  (しみじみと深い悲しみの淵に陥って、普通では
   なくなった脳髄を刺激して、我を忘れた状態に
   いたうちに離れがたき仲となった)
  (→悲運に対し、自分を失って冷静で主体的な
    判断ができなく(?)て、後の禍根を残す)

<帰国か残留か>運命の日

@帰国→学問が未完成で
    汚名を負った我が身の浮かぶ瀬がない
   (免官で帰国しても、栄達の見込みはない)
A残留→学資を得る手段がない
   (亡き母の期待を裏切ったまま帰国できない)
   (学問を続ければ、何とかなるかも知れない)
    ↓
 重大事は、立身出世と家の再興のための学問だった

▼〈まとめ〉
エリスに援助したことにより二人の交際が始まるが、
それが原因で免官になり、帰国か残留かを迫られた。
母の死も重なって故郷に拠り所を失い、悲嘆に暮れる 中、唯一心を寄せるエリスと恍惚の間に離れ難き仲と なって、ドイツに残留する選択をした。

right★発問☆解説ノート★






☆エリスが豊太郎の下宿に来るようになったことが、
 同郷の留学生仲間に誤解されて官長に告げ口され、
 免官の原因になった(ドイツでの狭い日本人社会)
・僑居=仮住まい、下宿
・金銭の貸借による交際は、「身受け」と同じ
・今までの生活になかった異性の出現

・官費留学生(エリート)と場末の舞姫との恋愛
 →醜聞・スキャンダル(私的側面)
  職務に忠実ではない(公的側面)










☆手紙は、日本〜ドイツ間の船便で1ヶ月以上かかる
 のに、免官になって1週間以内で届いているから、
 免官の事には触れられていない
 →従って、母の死は諌死(自殺)ではなかった
☆心の支えを失って、急ぐ帰国も不要






・踊り子→下層階級の職業







・危急存亡の秋=危険が迫って(急を要する)
        存続か滅亡かという、重要な時期
 →「秋」=農作物の収穫のための重要な時期
☆官費が目当てであり、解雇された豊太郎とエリスの  交際は認めないであろう

☆免職と母の死は、生きる基盤だった「家」と目的も
 失ったことを意味し、その中で唯一心を寄せるのが
 エリスだった



・悲痛=あまりに悲しくて心が痛む(激しい悲しみ)
・感慨=心に深く感じてしみじみとした気持ちになる
・恍惚=うっとりと心を奪われること、忘我
★異国にあって、留学生仲間や本国の官長との関係も
 悪く、大きな心の支えだった母が死に、学問と夢も
 遠のいて行き、エリスだけが寂しさを癒してくれた



☆帰国しても女性問題で免職になった恥は雪がれず、
 ドイツ残留でも学資がない、二重拘束の状態
 →救出には、外部の力が必要→(親友)相沢の登場




☆人生の岐路に立つ豊太郎の重大な事は、学問の成就
 であった







left★板書(+補足)★
【二】(ベルリン留学と自我の目覚めD)
   (承D)相沢・エリスの助けと荒む学問

<ドイツ残留と二人の助け>

<相沢の助力>     (←免官・ドイツ残留)
    ・(このとき私を助けたのは)
     今、私の同行の一人である相沢健吉
        (東京にいて、天方伯爵の秘書官)
 ・(窮状を知り)
  <新聞社の通信員>の職を斡旋
         ↓(政治・学問芸術などの報道)
        (天方伯に出会うまでの雌伏期間)

エリスの愛
 ・エリス親子と同居できるように母を説得
    ↓
<エリスとの共生>(共棲・同棲)

<憂きが中にも、楽しき日々を送りぬ>
      (母と都で暮らして以来の安息の日々)
 ・憂き =免官になって、将来の望みも消え
      日本への帰国もできなくなった
 ・楽しき=エリスと力を合わせた共棲生活
        ↓
    ・カフェの環境を利用し、新聞記事を書く
    ・共に店を出るのを、怪しみ見送る人もいた

<学問について>

<我が学問は荒みぬ>
    ・屋根裏部屋で……エリスが劇場から帰って
     縫い物などをしている側で、新聞の原稿を
     書いていた
    ・昔の役にも立たない枯れ葉のような法令や
     条目
を紙の上に書き集めた無味乾燥な仕事
     とは違って     (→法学の否定?)
    ・今は、活発な政界の運動や、文学・美術に
     関わる新現象の批評
など、あれこれと関連
     づけて…構想を練り主体性を生かした様々
     な文を作って…報告した   (→新鮮)
        ↓
 =仕事が忙しくて、
 <昔していた法学の学問もできず>
 …大学での聴講も稀になった(→悔い・渇望?)
  (本来すべきアカデミックな官学をしなくなる)
    ※(豊太郎にとっての学問とは)
      ・国家のために有為な人材がすべきもの
      ・ドイツ留学の本来の目的は法学の勉強
      ・生きる頼み(幼少時より)
      ・汚名を雪ぐ手段(免官の現在)
     (現状は、エリスとの細やかな幸せに浸り
      生活のための売文家となっている
<されど>↓
〇別に一種の見識を成長させた
 =ジャーナリストとしての<民間学の見識>が養われた
    ・何百もの新聞雑誌を…大学で学び得た物事
     の本質を見抜く力で、何度も読んでは写す
     うちに
    ・今まで一筋の道だけを走っていた知識は、
     自然と総括的に
なり、見識が養われた
    ・同郷の留学生の大部分が夢にも知らぬ境地
     に至った     (→自負心・優越感)
    ↓
 ※「我が学問は荒みぬ」と二回繰り返し
    (後悔していないように書いているが、
     実は心の底に学問=官学への未練がある)

▼〈まとめ〉
免官のままドイツに残留となったが、仕事を斡旋して
くれた友人の相沢やエリスのお蔭で、窮地を救われて
二人で共に暮らし始める。舞姫であるエリスの薄給と
合わせ、辛い中にも楽しい日々を送ることになった。
官学への未練はあるが、新聞社通信員として民間学の
見識も養われ、主体性を生かせる新鮮さがあった。

right★発問☆解説ノート★





・作者鴎外の盟友である賀古鶴所がモデル

★物語での回想時における現在(サイゴン港の船内)
・天方伯爵=山県有朋(1838〜1922)がモデル。
 徴兵制を制定し、近代陸軍を創設。陸軍大将・元帥  ・内相・首相などを歴任して、政界に絶大な権力を  振るう。山県の欧州視察に賀古は随行
・通信員=社会の事件や現象を伝える仕事・特派員






☆先の見えない生活に対する<2つの矛盾する思い>
 →終末を迎えるのは、エリスが廃人になる時か?




・キヨオニヒ街…=クロステル街の教会近くのカフェ
・身のこなしの軽い踊り子と職業不詳の東洋人の二人  連れは、奇妙で人の注意を引く






・法令=法律と命令
・条目=箇条書きにした一つ一つの項目
・ビョルネ=官憲の弾圧を逃れて、パリで政府批判を
      展開したドイツの作家?
・ハイネ=パリに逃れ、諷刺的な時局批判を行なった
     ドイツの詩人?豊太郎のモデル?
・思ひを構ふ=構想を練る、思想を構築する
・ウィルヘルム一世=1888年(明21)崩御
・フレデリック三世=父帝ウィルヘルム一世と共に、
          1888年(明21)に病没
・旧業=昔していた学問、昔に求めた学業


立身出世して国家に尽くし、家を再興させる手段






・ジャーナリズム=時事問題の報道・解説・批評などを伝達
      すること(→新聞・雑誌・テレビなど)
・民間学=ジャーナリストによる批評研究
・一隻の眼孔=物事の本質を見抜く眼力
 →隻眼(セキガン)=(物を見抜く独自の)優れた見識





☆「民間学」への自負心や留学生仲間に対する優越感
 があっても、
 豊太郎には学問=立身出世という意識が残っていて
 「官学」に対するコンプレックスと未練がある








left★板書(+補足)★
【三】(エリスへの愛と立身出世との葛藤@)
   (転@)エリス妊娠と相沢や天方伯との面会

<<明治21年の冬は来にけり>>
   (帰国へのきっかけを作る、忘れられない年
          (渡欧5年目の26歳,1888年)
 ・「冬」=背信・罪の意識を表現?
  (壁をも穿つ寒さと情景描写→後の展開を暗示)

<エリスの妊娠>

〇ああ、そうでなくてさえ
 不安なのは我が身の行く末なのに、
 もし懐妊が本当だったらどうしようか
 (このまま下層社会に埋もれるのかと将来に不安)
 ・心は楽しからず        (憂鬱な日々)
  (懐妊は望ましいことだが、新婚の1〜2年間は
   二人だけの生活が続いて欲しいと思うものだ)
  (子供は、学問の邪魔で経済的な問題もある?)

<相沢からの手紙>

〇名誉回復のため
<天方大臣との面会>に直ぐ来い
 と(相沢が)呼び出す     (運命的な手紙)
   (謁見を足がかりに、官僚世界の復帰←友情)
   ・(豊)茫然たる顔つき
     (全て諦めかけ、突然で意味が分からず)
   ・(エ)故郷からの悪い便りでは、という不安
     (今の生活が壊れるのでは、という不安)
    ↓
〇エリスが母親以上に
 身支度を立派に整えてやる
 ・(エ)晴れやかな思い以上に、不安がある
     (漠然とした不安を抱いたが、
      正装姿で晴れの場に行くのをきっかけに
      自分を捨てて手の届かない元の世界に
      戻るのではないかとはっきり意識して
      たとえ富貴になろうと何があろうと
      捨てないで欲しいと哀願する)
      ・これにて見苦し…行かまほしを
      ・否、かく衣を更め玉ふ…君とは見えず
      ・よしや富貴に…我をば見捨てたまはじ
             (自分の行く末を予感)
      ・我が病は…ならずとも
      (妊娠していたら見捨てられない筈だ)
 ・(豊)富貴などは今の自分には無縁だと
     不機嫌な顔つきで   (大臣ではなく)
     別れたままの旧友に会いに行く
     (不遇な状態で、会うのは気が進まない)
    ↓
窓を開けて見送るエリス
       (豊太郎を信じようとする思いと、
        これがきっかげで離れて行くのでは
        ないかという不安が、入り混じる)
       (末尾の様に通じる描写)

<天方伯との面会>

〇ホテル・カイゼルホオフに行き、
 久しぶりに相沢と再会した後、
 天方大臣に謁見(面会)して、
 ドイツ語文書の翻訳の仕事を命ぜられた
   ・大理石の階(キザハシ)を上り…(久しぶり)
    ↓
〇大臣室を出た後
 相沢とホテルの食堂で昼食を共にし
 話することになった

<相沢の忠告と前途の方針>

〇相沢の忠告
 (親友として豊太郎の臆病な本性を見抜いている)
    ・学識と才能のある者が、一人の少女の愛情
     に関わり合いを持って、目的のない生活を
     すべきではない (←国家の官費留学生)
    ・免官の理由を知る天方伯の先入観を強いて
     変え(てまで推薦し)ようとはしない
            (官僚らしい計算と保身)
 <天方伯の信用を得る>ために  (→官界復帰)
 (1)自分の(語学の)能力(才能)を示すこと
 (2)決意して
   エリスとの関係を断つこと  (関係の清算)
     (@異国 A身分・家柄 B仕事に専念)

◎豊太郎の返事(気持ち)
    ・相沢が示した前途の方針は
     大洋で舵を失った舟人が
     遙かな山を望むようなもの
      ↓
 ・遙かな山にいつ到達するか定かではない
 ・  〃 に到達したとしても、心の中に
  満足を与えるかも定かではない
    ↓↑     (立身出世←→エリスの愛)
  →貧しい中にも楽しいのは今の生活
   <捨て難いのはエリスの愛>
    ↓↓ (立身出世よりエリスを選ぶ筈だが)
 ・<<エリスと絶縁する約束>>を相沢と交わす
  →弱い心で決断できず、友には否と答えられない
   のが常だから、暫くは友の言葉に従った
         (親友の友情は無にはできず、
          とりあえず顔を立てた

         (優柔不断で主体性がない性格)
    ↓
〇心の中に<一種の寒さ>を覚えた
 ・帰途の殊更堪え難い寒さ
            (エリスに対する罪悪感
▼〈まとめ〉
明治二十一年の冬、エリス懐妊の兆候があり、将来に
不安を抱く。そんな頃、日本から洋行してきた親友の
相沢により天方伯に紹介されて、転機がもたらされる
ことになる。伯の信用を得て官界復帰を勧める相沢の
忠告に対し、断りきれない豊太郎はエリスとの絶縁を
約束してしまい、良心の呵責に苛まれた

right★発問☆解説ノート★



年代の明記物語<最大の転換点>・折り返し点
 →天方伯のモデル・山県有朋の欧州視察は明治21年
  12月〜22年10月で、現実味を帯びる
 →天方伯のロシア行きに随行して能力が認められる
 (所動的・器械的人間として新たな運命が展開)



帰国の意志は温存されていて、妊娠に動揺する
 →学問による名誉回復・帰国・立身出世の思いは、
  消えた訳ではない。そうなのに、ベルリン残留の
  可能性が高くなり、不安で憂鬱になる。従って、
  生活は「共棲」でなく「寄寓」ということか?






☆故国との懸け橋として、危機にある豊太郎に救いの
 手を差し伸べ、一刻も早く吉報を知らせようとする
 相沢の行動は、真の親友としての思いやりである



☆豊太郎と故郷を結ぶものには、豊太郎が名誉回復を
 果たして、いつか自分たちを残して故郷へ帰国する
 のではないか、という不安が常に心の底にある


☆気持ちを共有する心理的な一体感があって、明るく
 振舞うが、豊太郎の正装姿に自分との落差を覚え、
 不安がつい言葉に表れる。
 しかし、豊太郎には喜びを共有する一体感はない?

・子供が出来ることは強い絆ができることだが、そう
 でなくても捨てないで欲しいと哀願する気持ち






☆官長の忌避と醜聞の汚名による免官で、異国の下層
 社会に埋もれた自分と、雲上人である大臣と相沢
 では、心理的に落差があり過ぎる
・久しぶりに友人に会いたいと思うが、出世や裕福に
 なることなど考えていない

☆窓を開ける→エリスの豊太郎への心を表現







☆別後の情を述べる暇もなく、大臣に紹介したのは、
 官僚世界復帰を願う相沢の友情の証
☆豊太郎を躍如とさせる語学力
 (1)日本の官学で学んだ力
 (2)ベルリンの民間学で鍛え上げた力









・慣習といふ一種の惰性より生じたる交なり
 =@男女の自然の成り行き A海外での現地妻




☆異国の下層社会に埋もれた自分が、名誉を回復して
 故国に帰国し、高級官僚に復帰して立身出世をする

 ための必要条件
☆エリスを日本に連れ帰って、結婚するのは難しい















☆「我が弱き心」→自分の意思決定をぼかしている?
☆絶縁する約束を交わしても
 今の自分が立身出世などできる筈はないのだから、
 エリスと別れることはないだろうとも思っている

☆エリスを裏切る約束をしてしまったことに対する
 良心の呵責に苛まれる
 →暫定的な実体のない返事のつもりだったが、
  心の中は空洞で寒い風が吹き抜ける








left★板書(+補足)★
【三】(エリスへの愛と立身出世との葛藤A)
   (転A)ロシア随行の活躍と岐路に立つ豊太郎

<天方伯のロシア行きに随行>

〇天方伯の態度の変化
 ・豊太郎の才能を認めて
  次第に打ち解ける       (ようになる)
    ↓
 ・ロシアへの随行(同行)を(突然)求める
    ↓
<ロシア随行を承諾>
 (どうして命令に従わないことがありましょうか)
 ・決断して言ったのではない(我が恥→優柔不断)
 ・信頼する人(年長者・友人)からの依頼は、その
  範囲(意味)を深く考えずに引き受ける所がある
   ・エリスは偽りのない私の心を深く信じていた
      (→最後に偽りを知り、一気に狂気へ)
    ↓
〇ロシアでの活躍
 ・雲の上のような都ペエテルブルグで、パリ絶頂の
  奢り高ぶる程の贅沢を氷と雪の中に移したような
  王宮の装飾に、……取り囲まれていた
 ・フランス語が最も堪能であって、客と主人の間で
  通訳をして思う存分に活躍した

〇この間エリスを……え忘れざりき
 ・手紙が届くから       (呼び醒ました)
   (「忘れざりき」ではない
    =事実は、我を忘れて仕事していて、
         忘れがちであった
→新たな展開)

<エリスの手紙>       (日ごとに届く)

(1)第一の手紙
 ・(独り後に残った)心細さ
    (生計に苦しみ、その日の食事がなかった
     時にも経験しなかった…愛と不安の心理)

(2)次の手紙
 ・「否」と、非常に思い詰めて書いている
  =豊太郎が天方大臣に重用され
   日本に帰国するのではないかと心配
    ↓
 ・共生するために現実的な条件を模索
    @ベルリン残留(現地での職・エリスの愛)
    A母親と共に日本移住  (→旅費が無理)
    B家庭の実現が困難な要素 (苦痛→哀願)
            ・我をば…な棄てたまひそ
    (豊太郎だけの単身帰国という事態は排除)
    ↓
 C豊太郎が帰国がするなら、母をドイツに残して
  自分も日本に行く決心
   (豊太郎の官界復帰と帰国の可能性に気づき、
    母を説得して自分の身の振り方を考える)
   (豊太郎の帰国に自分も同行できると思うが、
    封建的な日本が受容しないことは知らない)
    ↓
<岐路に立つ豊太郎>

ああ、私はこの手紙を見て初めて
<私の地位を明視>できた
    ・恥ずかしいのは我が鈍き心
    ・逆境の時は決断力がない
     (その気になれば、天方伯の下で帰国して
      地位と名誉を回復
できる状況にある)
    ↓
大臣は既に私に信任が厚い
    ↓
 ・されど私の近眼(ものを見通せない眼)は
  これに未来の望みを繋ぐことに思い至らなかった
      (大臣の信任による未来の栄達
       考えられなかった  ←自己欺瞞?)
 ・されど今ここに気付いて冷静ではありえなかった
     (大臣の信任が未来の栄達に繋がると、今
      気付いて、冷静ではいられなかった)
    ・大臣の信用は屋上の鳥の如くであったが、
     今は少し得たかと思われる
    ・相沢が帰国後も一緒にと言ったのは
     信任厚い大臣がそう仰ったからか
 ・エリスとの関係を断とうと軽率にも相沢に言った
  のを、既に大臣に告げてしまっているだろうか
 (エリスの手紙で、立身出世かエリスの愛か
         <初めて意識、葛藤が始まる>

<置かれた状況の再認識>

ああ、我が本領(まことの我)を悟って
    器械的人間とはなるまいと誓ったが、これは
 足を縛って放たれた鳥
 自由を得たと誇っていたのではないか

 (自我に目覚め、個人の意志で自由に行動している
  と思っていたが、本当は運命の糸を握られていて
  社会に束縛され、自由ではなかったのだ)
    ↓
〇足の糸は解く方法がない
 ・以前、この運命の糸を操っていたのは某省の官長
 ・今はこの糸は、ああ悲しや、天方伯の手中にある
  (社会に束縛されて、個人の自由はない=運命
  (結局、独立の思想に目覚めたと思っていたが、
   以前と同様、目上の者の言いなりになって行動
   していると気付いて嘆く →エリスの愛は?)

▼〈まとめ〉
天方大臣の依頼を断りきれず、ロシア行きに随行して
通訳として活躍する。エリスからの手紙を見て、再び
出世の可能性があるという置かれた状況に気付いて、
岐路に立つことになった

right★発問☆解説ノート★

(天方伯のロシア行き随行と活躍)



@翻訳は一晩でやり終える、熟達した語学力
A通信員としての海外から見た視点・意見
 →欧州視察途上にある天方伯にとって貴重・重宝
・媒介者の相沢がいなくても、直接命令を受ける関係

・うべなふ=承諾・服従する
優柔不断で主体性がない→「我が恥」と肯定
 @相沢とエリス絶縁の約束
 A天方伯のロシア行き随行の承諾
 B 〃 に帰国(エリス絶縁)の承諾(3度の恥)
★天方伯の信用を得て立身出世の可能性が開けるが、
 エリスを心細くさせることになり、   最後は、
 <エリスを捨てて単身で帰国>することになる


・舌人=通訳  ・繞(ニョウ)=めぐる。めぐらす
・彫鏤の巧=彫刻や彫金の技巧 (鏤=ちりばめる)
・フランス語が当時の宮廷の社交語
・周旋=動き回って間に立ってとりもつ
・弁ずる=物事を処理する、取り計らう、述べる
☆望んでいた政治社会の任務で、遣り甲斐があり満足









☆豊太郎は理想を現実化することが人生の目的だが、
 エリスには目の前にある現実こそが人生であって、
 豊太郎なしの現実はもはや考えられなかった


☆様々に自問自答しながら、悲観的なものは排除して
 結論を決意のように書く気持ち


☆豊太郎が不在の間、天方伯と共に帰国するのではと
 思い至るエリスは、全ては豊太郎に託されていると
 考えて、帰国となれば自分も一緒に日本に行く決心
 するまでになっている



☆<エリスの心情>
 豊太郎のロシア出発に際し、愛情を深く信じていた
 ので、心配することはなかった。しかし、出発して
 からは不安が兆してきて徐々に大きくなり、自分の
 豊太郎への愛情も再認識した。今後、何があろうと
 いつまでも共にありたいと思う


☆エリスの手紙は、思いとは逆に、豊太郎に置かれた
 状況を気付かせて、立身出世の思いを明確にさせる
 ものとして作用し、岐路に立たせることになる
☆<豊太郎の心情>
 ロシア随行を承諾した主体性のなさを恥じている。
 活躍している間、手紙が届くから、エリスのことを
 忘れられなかった。その手紙を読んで置かれた状況
 がはっきりと分かり、鈍き心を恥ずかしく思う。






<<故郷・栄達>>←→<<エリスとの愛情>>






☆二者択一ができずに、どちらにも自分の意向を明言
 できない抜き差しならない状況になっているのに、
 優柔不断な「心の弱さ」と後で気付く「鈍き心」と
 曖昧化している





・個人の人生は社会に束縛される運命にあるのだと、
 事実の確認を比喩でぼかしている?





☆大臣に認められて運命の糸が握られ、向に背けない
 →<官僚世界復帰への唯一の方法>
 →天方伯の心中→エリスとの絶縁・共に帰国
 →帰国を思う自分は全て大臣に掌握されていた
★大臣が信任の条件に女性関係の清算を求める以上、
 <愛するエリスとの生活はどうなるのか>と心配
 する思いがある






left★板書(+補足)★
【三】(エリスへの愛と立身出世との葛藤B)
   (転B)豊太郎の迷いとロシアからの帰還

<ロシアからの帰還>

〇(大臣の一行とともに)
 ベルリンに帰りしは…新年の旦なりき
    ↓    (豊太郎の帰国へと物語は進む)
    ・雪は…きらきらと輝けり…
     このとき窓を開く音が…(再会への期待)

〇エリスと再会した一瞬、<迷いは去った>
   (栄達か愛か躊躇い悩む迷いは一瞬にして去り
    エリスへの愛が強くなった)
        ↑
    ・故郷と栄達を思う心が、時には
    <エリスの愛情を圧倒>
しそうだったが…
      (望郷心と出世欲 ≧ エリスの愛情)
   (国・家への「忠・孝」は人間としての道で、
    大臣の信任は官界復帰の唯一の方法だった)
   ↓
〇室に入り、一瞥して驚きぬ
    ・生活の現実像(堆く積み上げられた襁褓)
     →子の誕生(無意識の「父」への忌避感)
      ↓↑   (子について何一つ語らず)
 ・ロシア宮廷での生活意識と雲泥の差 (幻滅?)

〇エリスの心情(言動)
 ・豊太郎が戻って来たことが嬉しくて仕方がない
 ・おむつを用意し、出産を心待ちにしている
 ・まさかあだし名を名乗らせはなさらないでしょう
  (私生児にしないでと、お腹の子の認知を迫る
    ・彼は頭を垂れたり  (感情が胸に迫る)
    ・教会で洗礼を受ける日が待ち遠しい
              (社会で認知・祝福)

▼〈まとめ〉
ロシアから帰還してエリスのもとへ帰った豊太郎は、
栄達か愛情かの迷いも一瞬にして去り、エリスへの愛
が強くなった

right★発問☆解説ノート★






明治22年(1889年)1月=渡欧6年目、27歳


窓はエリスの心象を表現


・低徊=行ったり来たり、色々と考えめぐらす
・踟「足+厨」=ぐずぐず、ためらい迷う

<<故郷・栄達>>←→<<エリスとの愛情>>
         葛藤





☆若いから二人だけの愛の生活を続けたかったのか、
 社会的良識・責任・生物的本能などの点で不自然で
 理解不能な人間像?      (重荷・幻滅?)





・あだし名=実のない虚しい名前
     「太田」以外の姓、他の人の名前









left★板書(+補足)★
【四】(豊太郎の帰国決定とエリス発狂@)
   (結@)天方大臣への帰国の承諾と自責の念

<天方大臣に帰国の承諾>

(2・3日後=1月上旬)
〇天方大臣の呼び出しと帰国の勧め(誘い)
 ・ロシア行きの労を慰める
 ・我と共に東に帰らないか、と帰国を勧める
  (語学力を評価し、相沢の如き秘書官としたい)
 ・係累(しがらみ)もない、という相沢の報告
    ↓
<自責の念(良心の呵責)に苦悩>

ああ、何という<節操のない心>
    帰国を承諾したのは
      ↑(常に守って変わらぬ志のない心だ。
      ↑ エリスを裏切る返事をするとは)
    @辞退できそうにない様子
    Aああ(エリスの愛は)と、思ったが…
    B親友に面目を失わせる
 Cこの機会を逃せば
 <国を失い、名誉回復もできず>
  広々と果てしない欧州大都会の人の海に葬られる
         (という思いが心を突き上げた)
    (国家から派遣された官費留学生としては、
     立身出世して、国や家に対する「忠孝」
     義務を尽くさなければならなかった。
     社会の束縛の中で、愛するエリスと生きる
     という個人の幸福は犠牲にせねばならない
     運命にあった)
      <<帰国>>←→<<エリスの愛>>
      <<忠孝>>←→<<個人の幸福>>
    ↓       天秤
<恥知らずな鉄面皮>はあっても
    帰ってエリスに何と言おうか
       (恥知らず、厚顔無恥、倫理なき心)
(ホテルからの帰途)
 ・<我が心の錯乱>は譬えようもなかった
    ・獣苑で、焼くように熱く、槌で打たれる
     ように響く頭…死んだような様子で彷徨
     (茫然自失で彷徨して、エリスと遠ざかる
      方向に、無意識に向かっていた)
 ・<我は許すべからぬ罪人なり>
    と思う心だけが、我が脳裏には満ちていた
     (エリスの愛情と懇願を裏切って帰国する
      =エリスとの関係解消を承諾したことに
      対する自責の念  →罪の意識を自覚)
     (しかし、エリスの内奥まで見えていず)
    ・他はふつに(全く)覚えていず

<エリスの待つ家>
              (エリスの愛)
〇四階の屋根裏には…きらきらと輝く星のような灯
 一つ…降りしきる鷺のように白い雪に忽ち覆われ
 また忽ち顕れて、風に弄ばれるのに似ていた
   (二人の今後が不安な展開になることを暗示)
    ↓
(帰宅後)
〇真っ青で、死人同然の顔をして…
 そのまま床に倒れてしまった
  (エリスの愛が捨て難い、精神的な死の象徴?)
         (自責の念→彷徨→気絶・昏睡)
 ※(豊太郎の気絶・昏睡という設定  →不自然)
    ・事実を話す→非難され、結局は帰国できず
    ・秘密の帰国→人間として、良心が許せない
    ・ドイツ残留→立身出世の機会は二度とない
      ↓
   (自分が説明する責任を免れて、帰国できる)

▼〈まとめ〉
天方大臣に帰国を勧められた豊太郎は、エリスを愛し
ながらも、立身出世のために承諾してしまった。だが
自責の念に苛まれて街をさまよい、帰宅すると同時に
倒れて、数週間も昏睡に陥った

right★発問☆解説ノート★

(帰国の承諾と気絶する豊太郎)



・明治22年

・ロシア宮廷での活躍


・相沢との約束が、大臣に伝わっていたことを知る



・操=常に守って変わらない主義・主張・志
・その場の状況で事を決めてしまうのを恥じて悔いる
★友人の忠告・大臣の勧めに<決定的な返事)をした
 (当時の日本社会はエリスとの結婚を受容しない)

・別れた筈のエリスへの愛を理由に帰国を断われば、
 相沢に面目を失わせることになる
☆異国に一人取り残されて埋没という強迫観念がある
 二度目の恐怖で、一度目は相沢に助けられたものの
 今回は天方大臣の手にすがるしかない

☆エリスへの愛は強く、誰も裏切りたくなかったが、
 祖国に帰るという方向性が勝ったものになっていた
 かも知れない。だが、望んだ返答ではないだろう。
 エリスへの報告の仕方に問題が残るが…



☆悪意的に見れば、言質を取られる具体的な約束など
 は、何も言っていない
。エリス妊娠で喜びの言葉は
 なく、「見捨てたまはじ」という哀願も何一つ明言
 せず、今回の帰国承諾も秘密にしたままである。
 最後は罪を認めながら、結局は謝罪せずに終わる

☆確立されていない自我の仮面で生きてきた結末は、
 存在そのものを揺るがす程の錯乱であった













エリスがいる窓辺のきらきらと光る灯が、吹く風に
 よって、雪で隠れたり見えたりしている
 →情景の描写→暗示・伏線=心理・展開を表現







☆豊太郎を帰国させるための設定












left★板書(+補足)★
【四】(豊太郎の帰国決定とエリス発狂A)
   (結A)豊太郎の昏睡とエリスの発狂

<豊太郎の昏睡と相沢の来訪>

(数週間後)
〇昏睡から覚め、人事を知る(意識が回復)
    ・熱が激しく譫言ばかり言っていたのを
     エリスが懇ろに看病
 ・病床に控える
  エリスの変わった姿に驚く
    ↓    (大層痩せて、血走った眼は窪み
    ↓     灰色の頬はこけ落ちる)
 ・相沢の助けで生計には困らなかったが
  この恩人は<彼を精神的に殺ししなり)
    ↑  (相沢はエリスを狂気に追いやった)
(ある日)
〇相沢の来訪
        (連絡がないので、様子を見に来て
         病気なのを知った)
 ・隠していた一部始終を、相沢は知った
    ↓  (エリスと別れず、妊娠もしていた)
 ・大臣には病気だけを報告  (良いように繕う)
         (豊太郎の帰国と自分の信用に
          問題が生じないようにする)
         (エリスには事実だけを告げて
          豊太郎と別れさせようとする)
  <<エリス>>←<<相沢>>→<<天方伯>>
       帰国・絶縁   病気のみ
      (明治のエリートにとっての価値観とは
       立身出世して、国と家に対する忠孝を
       尽くす
ことだった。従って、エリスに
       諦めさせ、豊太郎の帰国を実現させる
       ことは、友情の証であった)

<エリスの発狂>

       (意識が戻り、発狂したエリスを見て
        豊太郎は相沢から事情を聞いた)
<相沢に与えた約束>と<大臣に申し上げた承諾>
    (エリスとの関係清算・豊太郎の単身帰国)
 を相沢から聞いたエリスは
    ↓
 <こんなにまで私を欺きなさったのか>
 土のような顔色で叫び、その場に倒れた
    ・目覚めても、目は直視したままで
     人も見知らず、我が名を罵って髪をむしり
     ……おむつを顔に押し当てて、涙を流した
      (心底から信じ、愛の賜物の子供も出産
       すれば別離はないと思っていたのに、
       奈落の底に落とされた思い)
    ↓
<精神の作用は殆ど全くなくなる>  (→発狂)
    ・その愚かさは赤子のようだった
 ・過激な心労で急に起こった病気で
  治癒の見込みなし   (妄想がある精神障害)
    ・精神病院にいれようとしたが、      泣き叫んで聴かず
    ・おむつを肌身離さず、見てはすすり泣く
    ・私の病床を離れず、時々思い出したように      「薬を…」と言うが、意識してではない
 (狂人となったため、謝罪する責任は回避できた)
 (精神が正常なら、泣いて追及するエリスの愛に、
  豊太郎は心が揺れて帰国できなかったであろう)

▼〈まとめ〉
自己喪失したかのように病床で昏睡状態にある間に、
相沢が来訪した。数週間後、意識が戻った目の前には
発狂したエリスの姿があり、相沢が豊太郎の帰国承諾
を伝えたと知った。精神の作用はなく治癒の見込みは
ないという彼女を抱いて涙を流した。

right★発問☆解説ノート★





・明治22年(1889)2月 (『舞姫』発表の前年)














★豊太郎の昏睡している時に、<相沢が分身として>
 必要な物事を冷徹に処理する。
 =帰国するにはと内心で考えたことはありながら、
  エリスを愛する故にできなかったことを、国家が
  必要とする優秀な人材を救うという大義と友情に
  よって、相沢が代行した
 (豊太郎は弱い性格ゆえに、話できないと考えた)
 (本人ではないから、残酷なほどの結果を招くが、
  豊太郎は何も関与していないことになる)








・エリスについては、作品末尾では実際の現象だけを
 記している
☆相沢の説明で、外では全く矛盾する言動をしていた
 豊太郎の隠された一面の全てを知った。
 信じられない裏切りに対して、理性が保てないほど
 衝撃を受けたが、それは想定内の最悪の場合として
 危惧
したことがあり、気も狂うほど耐え難かった。



・おむつは、まだ見ぬ子供=豊太郎との幸福な未来の
 象徴
だったが、私生児となる我が子を不憫に思う



☆エリスとの今までの正常な生活が望めないことは、
 豊太郎の単身帰国が決定したことを意味する(?)
(無知が招いたことだが、日本社会が受け入れない)
 →原因は自分の裏切りにあることは明白なのに、
  言及せず。そう思うのが辛いからか?
 →自分の意志的な行動の欠如も、決して表明しない
               (一貫した記述法)







☆学問と栄達・エリスへの愛・親友の忠告・国や家に
 対する「忠・孝」など、様々な要因がある中で苦悩
 する豊太郎は遂に自己喪失して気絶し、昏睡状態に
 陥ってしまう。数週間後、意識が戻った目の前には
 発狂したエリスの姿があった。

left★板書(+補足)★
【四】(豊太郎の帰国決定とエリス発狂B)
   (結B)日本への帰国と相沢を憎む心

<日本への帰国>

〇余が病は全く癒えぬ    (覚醒後の現実認識)
    ↓
<エリスの生ける屍を抱いて千筋の涙を流した>
 ことは幾度あったか
   (個人というものが存在しなかった時代ゆえ、
    国と家への忠孝のためには個人の幸福として
    犠牲にするしかなかった
    エリスへの<愛の再確認と謝罪の思い>
   (官費留学生となるほどに頭脳優秀であって、
    自我の目覚めた仮面で自由を謳歌はしたが、
    社会的常識が欠如したために破綻を招いて、
    結局は本来の高級官僚に復帰するのである)
    ↓
<大臣に従って帰東の旅に出る>
         (エリスをドイツに残して帰国)
 ・相沢と相談して、生計費・養育費を母に渡す
 (可哀想な狂女の腹に遺した子の誕生の事も頼む)
   (エリスの母は全てを見届ける存在であって、
    最後は狂女と胎内の子の未来も引き受けた)
   (エリスの存在への最終的な認識→諦念?)
    (封建的な社会である日本に、官費留学生が
     @異国のA身分や家柄が良くないB狂女と
     その子供
を連れ帰ることはできなかった。
     豊太郎の「弱き心」と「鈍き心」、つまり
     優柔不断と社会的無知に問題があった)

<相沢を憎む心>

ああ、相沢がごとき<良友>
    この世で二度と得難いであろう
     (立身出世への道を再び開いてくれた)
     (最悪の時でも、手を差し伸べて行動する
  ↓↑  友情に厚くて頼りになる、親友だった)
 <されど>
 一点の<<彼を憎むこころ>>
    今日までも残れりけり
    (冒頭にある「恨み」と同一のものであり、
     この文章を記している現在も残っている)
    (別れる原因を作った相沢への恨み。
     作者の鴎外もエリーゼを別れさせた周囲
     に対して恨みが消えなかったようだ?)

▼〈まとめ〉
真相を知って、発狂し治癒の見込みがないエリス……
意識が回復した豊太郎は、幾度も生ける屍を抱いては
涙を流し続けるが、結局は彼女をベルリンに残して、
大臣に従い帰国の途につく。だが、一点の相沢を憎む
心が今日までも残っている。

「彼を憎むこころ」=「人知らぬ恨み」とは何か

@エリスと絶縁する約束をさせて、昏睡している間に
 真相の全てを話して彼女を発狂させ、二人が別れる
 原因を作りドイツで暮らせなくさせてしまうような
 <相沢の繊細な心配りのない点>に対する「恨み」
 である。
=もし、意識が回復してから自分が話せば、エリスは
 発狂せず、帰国することもなかったかもしれない。
 ということは、豊太郎はドイツの自由な空気を呼吸
 しながら、愛するエリスと一緒に暮らしたい思いが
 強かった
ことを意味することになる。官費留学生と
 して立身出世して忠孝の義務を尽くすべきだという
 思いと拮抗するほど強かったのだ。
 (自分とエリスとの直接対話は成立しなかったが、
  自分の優柔不断が原因で、相沢に感謝はしても、
  恨みなど持てる筈はなく、責任転嫁している)

A分身とも言える相沢が代行したとは言え、立身出世
 を優先して、発狂したエリスを後に残して帰国する
 ことになった<優柔不断な自身>に対する「恨み」
 である。
=相沢は二人を別れさせて豊太郎の立身出世のために
 帰国させようとしたが、実は、自分が話すべきこと
 を代弁したものに過ぎなかったのだ。豊太郎自身に
 そういう思いがあったのであり、憎むべき対象は、
 自分の立身出世のためにエリスと別れて帰国しよう
 とした自分自身の心である。

B愛するエリスを後に残して帰国せざるを得なくした
 <「時代の運命」>に対する「恨み」である。
=(個人が存在しなかった封建的な時代)
 当時の日本は、明治になったものの封建的な因習
 色濃く残り、個人というものが存在しなかった時代
 であった。
 (「国・家」に対する「忠・孝」)
 「家」が基本として社会は成り立っており、結婚も
 その「家」の存続の手段
としてあったという因習が
 確かに存在していた時代で、恩ある親に背いてまで
 個人の意思を貫くことは有り得なかったのである。
 エリート官僚として将来を嘱望されて更なる栄達を
 願う家族と親族達は、身分・家柄の良い家との姻戚
 関係しか頭にはなく、抗えないものがあった。  明治のエリート達は、立身出世して国や家に対する
 「忠孝」の義務
を尽くさなければならず、国や家に
 対する「忠孝」のために、個人の幸福は犠牲にする
 しかなかったのだ。国家の未来を担って官費留学を
 した高級官僚にとって、国際結婚などは忠誠を誓う
 国家が認めるはずがなく望むべくもない時代
だった
 のである。社会の束縛の中で、愛するエリスと共に
 生きるという個人の幸福は、犠牲にせねばならない
 運命にあったと言える。
 (「社会」と「個人」の葛藤による苦悩)
 従って、西洋で自由民権の空気に触れ、近代的自我
 に目覚めた豊太郎は、時代と個人の拮抗による葛藤
 があったはずだ。明治の時代背景と個人の自我との
 衝突という苦悩
があったのである。国家と個人との
 葛藤とも言えようか。エリスは初めて恋愛した相手
 なのだ。自由が横溢するベルリンで、愛する彼女と
 一緒に生きたい思いが強かった
に違いない。
 しかし、ベルリンに残留してエリスと暮らしても、
 国や家に対する裏切者として烙印を押されて生きる
 しかなかった。免官となって職もなく、異国の大海
 で惨めにも路頭に迷って埋もれてしまって、決して
 幸せになることはなかっただろう。
 また、日本に帰国してもエリスと結婚していれば、
 「国」「家」に対する道に外れた者としての汚名を
 着せられ、地位も名誉も全て失ってしまう。家族や
 親族にも不利益を蒙らせることになるに違いなく、
 誰一人として幸せになる者はいないのだ。
 (時代の運命の下での選択)
 つまり、エリスと別れて帰国する、という生き方を
 選ばざるを得ない状況にあったのだ。そういう運命
 の下での止むを得ない選択
なのであり、他に生きる
 道はなかったのだと言える。彼女を愛しドイツ残留
 の望みもありながら、最初の恋愛の相手を傷つけて
 しまう決断をして帰国するしかなかったのだ。国家
 の未来を担う明治のエリートにとっては、国と家に
 対する「忠」「孝」は「個人の愛」よりも絶対的

 あって、結局、国や家からは逃れられなかったので
 ある。優柔不断で社会的無知という問題はあったに
 せよ、「時代の運命」のために、彼はエリスと結婚
 することができなかった
のだ。
 (明治という時代のエリスへの愛)
 太田豊太郎は、自己の保身や栄達が目的で、エリス
 への愛を捨てたとは到底考えられない
。利己主義的
 な考えは彼にはなかった。ベルリンの自由な空気を
 呼吸しながら、恋人エリスと共に暮らしたい思いが
 強かったに違いない。
 だが、「国」と「家」に象徴される封建的な因習が
 残る時代の運命に束縛
されてどうにもできず、唯一
 の選択しかなかったのである。エリスと別れること
 を勧めたエリート官僚の理性や、愛する人を捨てて
 帰国することになる自分自身の「弱い心」に対して
 「相沢を憎む心」=「人知らぬ恨み」と表現しては
 いるが、本当は「時代の運命」に対する「恨み」
 あるのだ。生死や存在を支配する運命とは不条理で
 あり、人間は無力で抗えない存在でしかないのだ。
 太田豊太郎は、「時代の運命」に対しては強くない
 存在だったが、エリスを心から愛していたのは確か
 であった。明治という時代を懸命に生きた、立派な
 エリートだったのである。

※未完成だが、一度中断して後日また改訂予定

right★発問☆解説ノート★





☆自我に目覚めた仮面(自由・免官・エリスの愛)を
 かぶっての生活からの脱却(?)
・優柔不断で、愛するエリスを精神的な死に追いやり
 悔やみ切れない気持ち       (→欺瞞?)
   →自分が真実を表白できなかった、悔恨と慙愧
※(参考)鴎外を追ってエリーゼが来日→何度も訪問
 →日本で受け入れることが出来ない、と面と向かい
 決定的な表明をせず→手紙を使者に持たせるという  間接的な方法         (逃避・悔悟?)






・帰国に当たり、エリスが生活できる処置だけをする
☆エリスは現実的にものを考えて正式な結婚を願う、
 意志も強い女性だったが、最後は狂女となった。
 それに対してエリスの母は、夫の葬儀にも我が娘を
 犠牲に供しようとするような一面もあり、生活者と
 して生きる視点を持つ、全ての観察者でもあった







思いやりのある面> 相沢 <冷酷で行動的な側面>





★相沢が大臣やエリスに働きかけたのは、全て豊太郎
 が不在の時だった。友情に感謝しても、意思を直接
 表明する機会を奪い二人を別れさせた心配りのなさ
 は、恨みが残る。だが、全て自分の優柔不断な弱さ
 が原因だったのだと、自分の運命を嘆く思いがある










※(参考→森鴎外の反論)
 ・もし、太田が病気にかからず、エリスが発狂せず
  に、話し合っていたら、帰国を断念していた。
 ・そして、大臣に対する謝罪として自殺していた。
 ・そうならなかったのは、思いがけない幸いである
 ・しかし豊太郎の意識の中に立身出世と帰国の気持
  が働いていたことは、本文中に明記されている


☆エリスとの幸せな生活、周囲に束縛されない生き方
 への未練が心にある。即ち、自分の自由な生き方を
 選べなかった恨みがあるのだ。
 (国家の未来を自分が背負って立とうとする気概や
  理想があった明治の青年の留学して近代的な精神
  に目覚めた青春の魂の苦悩)


























































































left★板書(+補足)★
〈補足「エリーゼを愛した森鴎外」〉
       (エリーゼ・ヴィーゲルトについて)
【一】
 『舞姫』は森鴎外の処女作である。ドイツ留学して
いた頃に出会った女性との恋愛体験を記した回想録の
ようなもので、私小説に近い。
 主人公の太田豊太郎は、自己の栄達とエリスへの愛
との葛藤の末、懐妊しているエリスと胎児を捨て日本
に帰国した。それ故、良くない印象を持たれることが
多い。しかし、それは正しい解釈だろうか。
【二】
 多くの研究により、作品に登場するエリスはモデル
の女性が実在したことが明らかになっている。
 名前はエリーゼ・ヴィーゲルト、教会の洗礼記録は
Eise Marie Caroline Wiegert、1866年9月15日シュ
チェチン(現在ポーランド領)生まれとあるそうだ。
 鴎外のドイツ留学は1884(明17)年10月からだった
が、ベルリン滞在期間は1887(明20)年4月〜88年
7月だった。従って、エリーゼが鴎外と出会った時、
年齢は20歳(鴎外25歳)ということになる。
 彼女は、鴎外が帰国した後を追い、ドイツから22歳
で単身来日した。並大抵の事ではないが、森家親族に
諭されて、僅か1ケ月でベルリンに戻った。
 但し、往復とも一等船室の船旅で、1ケ月の滞在も
外国人要人の接待が目的で作られた「築地精養軒」で
あった。漱石・鴎外・谷崎などの文豪や政治家・軍人
が利用した西洋料理の一流ホテルである。鴎外たちが
高額の費用を工面したようだ。エリーゼは横浜を出航
する際に、船上で憂いの表情を浮かべることはなく、
ハンケチを振っていたという。
 それに対し、1888(明21)年ドイツを去った鴎外は
翌年、親の勧めで赤松登志子と結婚するが、妊娠中に
この『舞姫』を回想しながら執筆していて、発表した
1890(明23)年に僅か1年半で離婚している。その後
1902(明35)年に荒木志げと再婚するまで、12年間も
独身でいた。
 一方、エリーゼも、鴎外と別れてから16年間独身で
過ごしたという。そして鴎外の再婚を知って3年後、
1905年38歳で裕福なユダヤ人商人と結婚し、1953年
86歳で亡くなったそうだ。
 参考資料には、別離の後も二人は長い年月に亘って
密かに文通していたとある。鴎外は、1922(大11)年
肺結核で亡くなる前に、手紙や写真を全て焼き捨てた
そうで、詳細を知ることは出来ない。だが、死の直前
まで鴎外の心にエリーゼが存在し続けていたことは、
別の資料からも確かである。
 「この女とはその後長い間文通だけは絶えずにいて
  父は女の写真と手紙を全部一纏めにして 死ぬ前
  自分の眼前で母に焼却させた」
            (小堀杏奴『晩年の父』)
 「一生を通じて女性に対して恬淡に見えた父が胸中
  忘れかねていたのはこの人ではなかったか。私は
  はからず父から聞いた二、三の片言隻語から推察
  することが出来る」
        (森於菟『父親としての森鴎外』)
 鴎外もエリーゼも、生涯相手を忘れることはなく、
互いに心の中で生き続けていたと思うしかないのだ。
【三】
 では、別離のままで、結婚しなかったのは何故か。
それは時代の運命としか言いようがない。
 明治にはなったものの、封建的な因習が色濃く残る
時代であった。「家」が基本として社会は成り立って
おり、名前も身分も財産も代々受け継がれて、全てが
繋げられていた時代だった。結婚はその「家」の存続
の手段としてあったという因習が確かに存在していた
当時、恩のある親に背いてまで個人の意思を貫くこと
は有り得ないことだったのだ。
 エリート官僚として将来を嘱望された鴎外の更なる
栄達を願う森家親族は、身分・家柄の良い家との姻戚
関係しか頭にはなく、抗えないものがあった。事実、
初婚の赤松登志子は海軍中将の娘、再婚の荒木志げは
大審院判事の娘であった。
 その上、国家の未来を担って官費留学した高級官僚
で陸軍軍医でもあった鴎外にとって、国際結婚などは
忠誠を誓う国家が認めるはずがなく、望むべくもない
時代だったのである。
 従って、西洋で自由民権の空気に触れ、近代的自我
に目覚めた鴎外には、時代と個人の拮抗による葛藤が
あったはずだ。明治の時代背景と鴎外の自我との衝突
という苦悩があったのである。エリーゼは初めて恋愛
した相手なのだ。自由が横溢するベルリンで、愛する
彼女と共に生きたい思いが強かったに違いない。
 だが、ベルリンに残留してエリーゼと暮らしても、
「国」や「家」に対する裏切者として烙印を押されて
生きるしかなかった。免官となって職もなく、異国の
大海で惨めにも路頭に迷って埋もれてしまい、決して
幸せになることはなかっただろう。
 また、日本に帰国しても、エリーゼと結婚すれば、
「国」や「家」に対して道に外れた者としての汚名を
着せられ、地位も名誉も全てを失ってしまう。家族や
親族にも不利益を蒙らせることになるに違いはなく、
誰一人として幸せになる者はいないのだ。
 つまり、エリーゼと別れて帰国するという生き方を
選ばざるを得ない状況にあったのだ。そういう運命の
下での止むを得ない選択なのであって、他に生きる道
はなかったのだと言える。
 決断をして帰国した鴎外だったが、エリーゼへの愛
は消えることがなかった。だから、堪らず自身の醜聞
を暴露するような事を小説として発表したのだ。書く
ことによって辛さを克服しようとしたのであり、そこ
に鴎外の真意があったのだ。心の負い目を清算しよう
とするかのような切実さが窺える。『舞姫』発表の前
に、家族の者を前にして朗読したというのも、自身の
堪らない心の奥を分かってもらいたい気持ちもあった
のではないだろうか。
 鴎外は、エリーゼを愛していてドイツ残留の望みも
ありながら、傷つけてしまうことになった最初の恋愛
の相手のことが、生涯忘れられなかったのだ。だが、
国家の未来を担う明治のエリートにとって、国と家に
対する「忠」「孝」は、個人の「愛」よりも絶対的で
あり、結局国や家からは逃れられなかったのである。
時代の運命のために、彼はエリーゼと結婚することが
できなかったのだ。
【四】
 小説『舞姫』のストーリーは、鴎外の実人生と微妙
な違いがあるが、それは極限的な状況での描写という
単なる強調でしかない。鴎外とエリーゼを作中の人物
に置き換えるならば、主人公の太田豊太郎は、国家と
個人との葛藤で苦悩する思いが反映されており、作者
鴎外と限りなく等身大に近い存在である。
 太田豊太郎は、自己の保身や栄達が目的で、エリス
への愛を捨てたとは到底考えられない。利己主義的な
考えは彼にはなかった。ベルリンの自由な空気を呼吸
しながら、恋人エリスと暮らしたい思いが強かったに
違いない。
 だが、「国」と「家」に象徴される封建的な因習が
残る時代の運命に束縛されてどうにもできず、唯一の
選択しかなかったのである。エリーゼと別れることを
勧めたエリート官僚の理性や、愛する人を捨てて帰国
することになる自分の「弱い心」に対して、「相沢を
憎む心」「人知らぬ恨み」とは表現しているが、実は
「時代の運命」に対する「恨み」であるのだ。生死や
存在を支配する運命は不条理であり、人間は抗えない
無力な存在でしかないのである。
 太田豊太郎は、「時代の運命」に対しては強くない
存在だったが、エリスを心から愛していたのは確かで
あった。明治という時代を一生懸命に生きた、立派な
エリートだったのである。

(参考資料)
・六草いちか『鴎外の恋 舞姫エリスの真実』(2011)
・小金井喜美子(鴎外の妹)『森鴎外の系族』
・小金井喜美子(  〃  )『次ぎの兄』
・森於菟( 〃 長男)『父親としての森鴎外』
・小堀杏奴( 〃 次女)『晩年の父』
・森鴎外『普請中』


right★発問☆解説ノート★
〈参考1…(第一段)東に帰る今の我…〉
「昔の我」
  ・洋行の官命を受けて、希望を胸にヨーロッパに
   向かおうとしている。旅の途中で見聞きするも
   の全てが新鮮であり、生き生きしている
  ・5年前にベルリンに向かった時は、明るい前途
   を信じ
、希望に満ちていた
「今の我」
  ・ドイツ滞在中に経験した、「人知らぬ恨み」が
   深い傷
となって心の奥底に凝り固まっている。
   これによって何を見ても何を聞いても何の感動
   もしない

  ・帰国する今は、信じられるものもなく、孤独と
   自己嫌悪の中にいる

〈参考2…第一段まとめ〉(手記執筆の動機)
日本へ帰る途上、セイゴンに寄港した時、船中で手記
書いた。ドイツに留学した5年前のことである。
自我に目覚め、異国の女性と同棲したが、
それが要因となって、「人知らぬ恨み」を招き、頭を
悩ますことになり、また懐旧の情が心を苦しめたから
である。
それを解消するためには、自分にとってベルリン滞在
は一体何であったのか、過去の自分と向き合い、留学 生活の全てを検証・吟味する必要があったのだった

〈参考3…官費留学をした明治のエリート〉
国家の未来と威信をかけた海外文化の吸収のため派遣
  「立身出世」=人生の目標
   ・国家の意思を自覚・体現する生き方
   ・「家」の繁栄・再興
    ↓
豊太郎は、国家と家のためにベルリンに派遣された
    ↓
 その軌を逸脱することの罪は重い
    ↓
 深い「恨み」を消すためには、
 留学生活の全てを検証・吟味しなければならない




※国家の近代化を目指す(欧米に肩を並べる)
 ・富国強兵 ・和魂洋才
  →留学=使命(国家の命運)を背負って渡欧

〈参考4…(第四段)特操なき心…承りはべり〉
豊太郎の規範人の辿らせた道
 父の薫陶・目上の人の教えを守った強い語学力
 →それを発揮しての優秀な成績
 →その延長線上にある官僚世界への進出と家の再興
    ↓
 ベルリンでの公務に就いてからの3年間は
 同じ路線で仕事
    ↓
 ところが、ベルリン大学での自由な学風を味わい、
 本当の自分に目覚める
 →自由の精神で官長と対峙し、エリスと奇偶し。
  仲が深まっていく
    ↓
 3年間、官事の実務に励んだ以外は、法学・歴史・
 文学など究めた学問はない
 あるとすれば、ジャーナリスティックな見識と
 ドイツで磨きをかけた語学力である
    ↓
 豊太郎は学問にしろ倫理的規範にしろ、
 <一貫して守ってきたものはない>
 強いて挙げれば、「栄達を求むる心」だけである
 しかし、それも完全には一貫していなかった。
 女性関係も一貫した愛情・裏表のない愛情を貫いて
 きたとは言えない

    ↓
 まさに「特操なき心」と言わざるをえない。
 彼を動かす「規範」は常に外からやってきた。
    ↓
 「承りはべり」と言うのは必然

〈参考5…(第四段)観察者としての母の目〉
☆母の目から見た豊太郎とエリスの関係
 1.援助者と被援助者との上下関係
 2.留学生と現地妻との擬似的婚姻関係
 =本来の婚姻ではなく擬似的関係として映っていて
  円満で幸福な成就は予想していなかった
  当時のベルリンでよくある留学生と現地妻の関係
  として認識していたのだろう。
 →それ故「微かなる生計を営むに足るほどの資本」
  で、懐妊した娘と胎児の全てを引き受けたのだ。
 →最初から、娘の全てを見ていて、娘の将来も予見   通りの結果になったという思いであっただろう。

〈参考6…(第四段)一点の相沢を憎むこころ
相沢は友のために伯やエリスに働きかけたが、それは
全て豊太郎が不在の時であった。感謝はするものの、
豊太郎の直接的な意思表示の機会を奪ってしまった
彼のやり方は、恨みの気持ちを起こさせる。しかし、
それも全ては豊太郎の優柔不断な弱い心が原因なので
あり、抗議する性質のものではない。
自分が昏睡している間に、エリスに真相を全て話して
しまうようなデリカシーのない点を恨んでいるのだ。
自分の運命を嘆きたい気持ちでもある。
しかし、相沢が豊太郎の性格を知った上で行動したよ
うに、豊太郎は、自分がエリスとの絶縁(生活の放棄
・帰国の意思)を約束すれば、彼がどのような行動に
出るかは分かっていた
はず。
→相沢がエリスに事実を告げたのは、豊太郎の返事を
 受けてのことで、相沢の責任に帰せられることでは
 ない。
=理不尽で、姑息さ以外の何物でもない。
    ↓
つまり、豊太郎は承諾の言葉だけを発し、実際の面倒
な面は全て成り行きを相沢に任せている

    ↓
しかし、豊太郎は言葉としては正確に書き記さなかっ
たが、自分の姑息さを自覚しているのは確実。
    ↓
「相沢」とは、豊太郎が内心意図していたエリスから
の逃走と帰国を代行・象徴
しているのであり、豊太郎
のそれに対する慙愧の念を表しているのである。
相沢は豊太郎の分身であり、彼を憎むことは、同時に
自身を憎むことを意味するのである。
その証拠に、豊太郎は帰国の船上においては「憎む」
ではなく、「恨み」
という言葉を使っている。
この「恨み」とは、自身の昏睡時に結局エリスに告げ てしまった相沢個人への憎しみ、それをさせてしまっ
自分の姑息な精神への憎しみ、このような結果にな
ってしまった運命の巡り合わせ自体への憎しみ、それ
らのもの全てを意味するものである。
最終的には、この「恨み」は、それを回顧する「文」
を書いても解消されることはなく
、その後の豊太郎の
人生すべてに尾を引くものとなるであろう。
その「恨み」は、エリーゼ来日事件における鴎外自身
の心情とも響き合っているだろう。

〈補足「豊太郎の生き方の変化」〉
 ・洋行して、個人主義と自由に感化され、近代的な
  自我に目覚めて自分の意思で行動しようとする。
  転機はエリスとの出会いと恋だが、学問が疎かに
  なる。
 ・明治という封建的な時代と近代的な自我の衝突
  苦悩する。
 ・昏睡状態に陥って自己喪失してしまうが、結局、
  親友の忠告と行動により、恋人と別れて公の世界
  に戻る
ことになる。但し、自分の意思は全く表明
  していない。
 ・自由を呼吸して自分の意思で生きようとしたが、
  日本社会の封建的な「忠孝」という価値観に束縛
  されて、実現はできなかった。もし相沢の存在が
  なければ、エリスと共にという未練が心にある

貴方は人目の訪問者です。