left★原文・現代語訳★
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
鴨長明『無名抄/深草の里』
〈作品=『無名抄』〉
〇鎌倉初期1211年頃成立
〇作歌の心得や歌論、歌人の逸話を収めた随筆風評論
〇題詠の修辞の解説、幽玄論の歌論、師の俊恵の論評
などから成る
〈概要〉
〇歌論(幽玄論)
〇師俊恵が鴨長明に、藤原俊成の歌について批評し、
自身の表歌を伝える(→要旨)
〈全体の構成〉 (→要約→要旨)
深草の里 おもて歌 俊成自賛歌のこと
【一】
俊恵いはく、「五条三位入道のもとに詣でたりしついでに、
=師の俊恵が私に言うことには、「五条三位入道の所
に参上した機会に、
『御詠の中には、いづれをかすぐれたりと思す。よその人さまざまに定め侍れど、それをば用ゐ侍るべからず。まさしく承らんと思ふ。』と聞こえしかば、
=『あなたがお詠みになった歌の中では、どれが優れ
ているとお思いですか。他の人が様々に批評して定
めていますが、それは採用したくありません。確か
にお聞きしたいと思います。』と俊成に申し上げた
ところ、
【二】
『夕されば 野辺の秋風 身にしみて
うづら鳴くなり 深草の里
=『夕方になると、野原に吹く秋風が身にしみて、
うづらが鳴いているようだ、この深草の里では
これをなん、身にとりてはおもて歌と思い給ふる。』と言はれしを、
=これこそが、私にとっては代表的な歌と思っていま
す。』と俊成がおっしゃったので、
俊恵またいはく、『世にあまねく人の申し侍るは、
=俊恵が再び俊成に言うことには、『世間で広く人々が申していますのは、
面影に 花の姿を 先立てて
幾重越え来ぬ 峰の白雲
=桜の花の姿を先立って面影として心に思い浮かべな
がら、幾重の山々を越えて来たことか、峰の上に桜
のように見えて浮かぶ白雲よ。
これを優れたるように申し侍るはいかに。』と聞こゆれば
=この歌を優れているように世の人々が申しています
のはいかがでしょうか。』と俊成に申し上げると、
【三】
『いさ、よそにはさもや定め侍るらん。知り給へず。なほみづからは、先の歌には言ひ比ぶべからず。』とぞ侍りし。」と語りて、
=『さあ、他の人の間ではそのようにも批評して定め
ているのでしょうか。私は存じません。やはり自分
では、先の歌には言い比べることはできません。』
と俊成はおっしゃいました。」と語って、
これをうちうちに申ししは、「かの歌は、『身にしみて』という腰の句いみじう無念におぼゆるなり。
=これについて俊恵が私(長明)に内密に申しまし
た事は、「あの歌は、『身にしみて』という第三
句がひどく無念に思えるのです。
これほどになりぬる歌は、景気を言ひ流して、ただそらに身にしみけんかしと思はせたるこそ、心にくくも優にも侍れ。
=このように表歌とするほどになった歌は、眼前の景
色をさらっと詠んで、ただ何となく身にしみただろ
うよと感じさせているのが、奥ゆかしくも優美でも
あるのです。
いみじう言ひもてゆきて、歌の詮とすべきふしを、さはと言ひ表したれば、むげにこと浅くなりぬる。」
=たいそう素晴らしく詠んでいって、歌の主要部分と
すべき点を、はっきりそうだと表現しているので、
言いようがないほどひどく歌の趣が浅くなってしま
ったのです。」
とて、そのついでに、「わが歌の中には、
=と言って、その機会に、「わが歌の中では、
み吉野の 山かき曇り 雪降れば
麓の里は うち時雨つつ
=み吉野の山が一面に急に曇って雪が降ると、麓の
里は時雨が降ったり止んだりしていることだ
これをなむ、かのたぐひにせんと思ひ給ふる。
=これこそ、私のあの代表的な歌の類にしようと思っ
ています。
もし世の末に、おぼつかなく言ふ人もあらば、『かくこそ言ひしか。』と語り給へ。」とぞ。
=もし後の世に、私の代表的な歌がはっきり分からな
いと言う人もいたならば、『私自身はこのように言
ったのだ。』とお話し下さい。」と俊恵はおっしゃ
った。
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right★補足・文法★
(評論)2017年9月
〈作者=鴨長明〉
・三大随筆『方丈記』(ゆく河の流れ……)の作者
→1212年成立、仏教的無常観
・俊恵(しゅんえ)=鴨長明の師
・五条三位入道=藤原俊成
・思(おぼ)す=「思ふ」の尊敬
・侍るべからず=侍る(丁寧)べから(意思or可能)
ず(打消)
・正(まさ)し=正しい、本当だ、確かだ
・承る=謹んでお聞きする、うかがう、
お引き受けする
・聞こえしかば=謙譲(申し上げる)+過去
(「き」已然)+偶然条件(〜たところ)
・夕されば=夕方になると
・鳴くなり=鳴く(終止)+なり(推定)
→音などを表す語があれば、推定
・おもて歌(面歌・表歌)=面目を施した歌、代表的
秀歌
・給ふ(下二)=謙譲語
・あまねし(普し・遍し)=すべてに行き渡っている
・いかに→「思ひ+給ふ(尊敬)」が省略
・面影=心に浮かぶ人の顔や姿、物の様子・情景など
・先立つ(下二)=先に進んで前に行かせる
・侍るらん=侍る(丁寧・敬意→俊成から俊恵)
らん(現在推量)
・知り給へず=知り+給へ(下二・謙譲・敬意→
俊成から)+ず(打消)。
・内々=(副詞)内密に、こっそり、(名)家の中、
内輪
・腰の句=和歌の真ん中にある第三句
・景気=景色・風景・様子。眼前の景色を写生的に詠
んだ歌や句。
・そら(空虚)なり=上の空だ、ぼんやりしている、
いいかげんだ、何となく
・心にくし=奥ゆかしい、上品だ
・言ひもてゆく=だんだんとせんじ詰める、順を追っ
て話す
・詮=せんじ詰めたところ、結局、主要な部分・所、
要点、眼目、肝要な点、非常に重要なこと
・ふし=点、箇条
・無下なり=何とも言いようがない程ひどい、最低
・そのついでに=俊恵が俊成の歌などについて鴨長明
に話をしている、その機会に
・かき曇る=急に、一面に曇る
・世の末=将来、後の世
・おぼつかなし=はっきりしない、気がかりだ
不安だ、よく分からない
・…語り給へ。」とぞ=…語り給へ。」+と+ぞ
(言は+れ(尊敬)+し(過去))
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