left★板書★
「現代文授業ノート」(普通クラス)
鈴木孝雄 『ものとことば』
〈概要〉
〇言語論
〇混沌とした世界は、言葉によって思考して区切れを
与え、分類して名付けることで初めて認識される。
(区切りを与える)虚構性のある言葉がなければ、
世界を認識することはできず、ものが存在すること
もない。 (→要約)
〈授業の展開〉 (→要約→要旨)
【一】(ものと言葉に関する)一般的な考え方
(序論…話題提示)
〇沢山の「もの」が存在 (…私たちの周囲)
↓
<例>・製品・自然界(事物・対象)
・「こと」(動き・性質・関係)
〈そして〉
@<ものは全て固有の名称を持つ> (→繰り返し)
↓
(「もの」・「こと」と対応する
言葉の数は単なる総和でない→膨大)
↓
「もの」と「言葉」は、互いに対応しながら
人間をその細かい網目の中に押し込んでいる
(森羅万象には、すべてそれを表す言葉がある)
↓
A<言語が違えば、同じものが違った言葉>
で呼ばれる
▼〈まとめ〉
私たちの周囲には沢山の「もの」が存在し、全て固有
の名称が付けられるが、同じものでも言語が異なれば
違った言葉で呼ばれる、と一般的に考えられている。
【二】(ものと言葉に関する)筆者の考え方
(本論@…問題提起と主張)
〈ところが〉
〇このような前提に疑い
↓
<筆者の考え方の提示>
@先ずものが存在し、後で言葉を付けたのでない。
<言葉がものをあらしめている>のだ
(存在させている)
A<言語が違えば、名称の違いは違ったものを表す>
↓
↓
↓
<筆者の考え方の説明>
@”この第一の問題…
(言葉がものをあらしめる)
・唯名論
・初めに言葉ありき(『新約聖書』)
↓ (あった)
<言葉によって世界を認識>できるのであり
<言葉がなければ何も区別できない>
↓
A”言葉=世界を認識する窓口 (手がかり)
(焦点を決定してものを把握する仕掛け)
↓
言語が違えば、
・その構造や仕組みが違う
(ものの見方が違う)
・焦点の置き方が違う
↓
<言語が違い、名称が違えば>
<認識される対象も変化> (違うものを表す)
(窓口の大きさ・色・屈折率が違えば
見えるものも違う)
(表す言葉がない場合
見えないこともこともある
▼〈まとめ〉
一般的な考え方に対し、人間が世界を認識できるのは
言葉によってだから、先ずものが存在してそれに名前
を付けたのではなく、言葉があって初めてものは存在
するのだと考え、また言語が違えば世界の認識の仕方
が違うのだから、違う名称は違うものを示すのである
とする筆者の考えを提示し、説明を加えている。
【三】言葉によるるものの認識と存在(具体的説明)
(本論A…考察)
<具体例>
〇「机」とは一体何か
↓
<言葉によって定義>
→外形的具体的な特徴からの
定義は不可能
・「人が・その上で何かをする・平面」
→「棚・床」も同じ定義
↓
再び、言葉で定義して<他と区別>
・「人が・前で座るか立ち止まるかして・
その上で何かをする・床と離れた・平面」
↓↓
<人間的な視点・要素>(相対的位置・利用目的)
でものを定義して認識 (決定的要因)
↓
猿や犬は棚・机・椅子の区別ができない
↓↓
↓↓
(存在) (認識)
◎<ものをあらしめ、ものがあるように思う>のは
<言葉の力による>
▼〈まとめ〉
机の具体例により、言葉によって他と区別してものを
表すのに決定的要因となるのは、人間的な視点である
と説明することで、「もの」が初めて認識されて存在
することになるのは「言葉の力」による、という筆者
の考えを述べている。
【四】言葉の分節化する世界の認識
(結論)
〈このように〉
○言葉は、混沌とした連続的で切れ目のない世界に
人間の見地から<虚構の分節を与え、分類>する。
↓ (句切り)
世界が整然と区分された「もの」の集合であるかの
ように人間に提示する、<虚構性>を持っている
▼〈まとめ〉
言葉は、混沌とした世界に分節を与えることでものを
区別・分類し、整然と区分された世界のように人間に
提示する(認識させる)虚構性を持つ。
【付録】初めに言葉ありき(言語論の世界)
(ズームアップ)
<1.言葉による世界の分節化>
○(一般的な認識)
ものは名前より先に存在し、
(後で)それぞれに名前が名付けられた
↓↑
〈しかし〉
◎(言語学での考え方)
<名付ける>ことによって
他の物から<区別・認識>でき、(初めて)
<ものが存在>するようになる
=私たちは、混沌とした秩序のないものに、
<言葉によって区切り>を与え(分節化し)
世界を認識しているのである
<2.言葉は記号である>
○言葉 = 音 + 意味
「犬」 「イヌ」 「……ワンと鳴く四本足の動物」
(文字・音=記号 →……という意味を指示する)
↓
「+」(文字・音=記号)と
「加える」(意味)の関係と同じ
↓
<言葉は、特定の意味を指示する記号である>
↓ (表す)
→記号と意味の関係は恣意的な関係
↓
<例>
〇「その動物」は、「イヌ」と呼ぶ必然性はなく
「ネコ」と名付けてもよかった
(人間が、ものの意味を言葉で考えて
相応しい名前を付けて認識している
↓
犬の中に
「イヌ」たらしめる何かが、存在する訳ではない
〈参考1〉…ものの把握(認識)
広葉樹 ・ 針葉樹 → 「樹」
丸机 ・ 角机 → 「机」
丸椅子 ・ 角椅子 → 「椅子」
〈参考2〉池上嘉彦『言葉についての新しい認識』
×思想が先ず存在し、その後で言語が関与
(「もの」が先ず存在し、
その後で名前を付けたのが言葉 →一般的な考え)
↓↑
〇思想を表現・伝達する手段である言語は
計り知れない意味する力があり
(世界を認識する手段であり)
文化や思考様式と深く関わる
→(言語でのものの区別の仕方は
文化的な関心の違いを反映する)
(物事の特徴への注目・捉え方の違いを反映)
@文化を象徴し
Aものの見方を左右し
(物事の認識の仕方・思考様式に影響を及ぼし)
B人間を支配する
(民族が違えば、違った枠を通して世界を眺める)
※言葉がなければ、人間は外界を把握できない
※言葉が人間のものの見方を左右する
=人間は言葉を持ち、物事を思考して進化し
他(猿など)と異なる存在となる
=言葉があるので、人間となる
↓
(筆者の主張)言語は、私たちの
物事の認識の仕方・思考様式に影響を及ぼし、
人間を支配しているかもしれない
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right★補足・発問★
(評論)2019年8月(10月改)
【一】事実(一般論)
【二】意見(問題提起=筆者の主張)
【三】理由(具体例や分析による説明)
【四】結論(双括型or補足)
・多岐=道筋・物事が多方面に分かれていること
・いちいちそれを表す言葉がある
それを表わす適切な言葉が対応している
ものがあれば必ずそれを呼ぶ名としての言葉がある
=<先ずものが存在し、後でそれに名前を付けた>
(という考え方)
★膨大な数の「もの」と「言葉」が、互いにいちいち
細かく適切に対応しながら存在する中で、私達人間
は生きている(→人間の赤ん坊は、犬猫とは違う)
・森羅万象=宇宙に存在する全ての物や現象
→森羅=(木々が限りなく生い茂る)広い世界
→万象=全ての形ある物と全ての現象
★先ずものが存在して、それに名前を付けたのが言葉
であり、また言語が違えば同じものが違った言葉で
呼ばれる、と考える一般的な認識 (→疑い)
・レッテル=商品に名前・内容などを表示して
貼り付けたもの)
・「しめ」=使役(…させる)の助動詞
・唯名論=言葉によって初めて世界は認識できる…
・実念論=言葉による認識より先に世界が実在する…
・空々漠々=果てしもなく広く捉え所のない様
★先ず言葉があって、名付けることで、
初めてものは認識され、存在するのである
=雑然とした世界・もの→言葉で思考・区別
→分類・名付け→認識
☆言葉で考え、焦点を定め、ものを把握(認識)する
☆窓口(ものの見方・考え方)が違う
(民族性・文化・伝統・歴史が違う)
★人間は言語で思考するから、
言語が違えば、ものの見方・考え方・世界の認識の
仕方が違うので、見えるものも違い、
違う言葉は、違ったものを表すことになる
(単純な一語によって何を表すかは
言語によって違いがある)
(例1)
(日本語) 水 ・ 湯 → 二語で区別
(英語)冷たい水 ・ 熱い水 → 「水」一語
(例2)
(日本語)稲,米,めし,御飯,ライス→ 五語で区別
(英語) ライス → 区別なく一語
(例2)
(日本語) 牛 → 「牛」一語
(英語) OX ・ COW → 二語で区別
・定義=物事の意味・内容を他と区別できるように、
言葉で明確に限定すること
☆机には様々なものが無数にある…木製・コンクリー
ト製・四本脚・一本脚・三角机・丸机・座卓…
☆人間的な視点・要素(相対的位置・利用目的)
による定義
・言葉で思考して、共通点・相違点により他と区別
→言葉で定義(認識)されることで、ものが存在
★言葉によって思考する人間的な視点で、ものを定義
して区別し名付けることで、「机」という「もの」
が初めて認識され、存在することになる
☆猿や犬は、人間的視点で言葉によって思考すること
ができない
→人間が、「机」が「そこにある」ように「思う」
のは、「言葉の力」(人間特有の観点)による
☆「もの」が人間に認識され、そうすることで初めて
「もの」が存在することになるのは、「言葉の力」
によるのである。
☆人間がものを認識できるのは、言葉の力による…
・混沌=全てが入り混じって区別がつかない様
天地が分かれず混じり合った状態、カオス。
・分節=一続きの全体を幾つかの区切りに分けること
・虚構=事実でない事を事実らしく作り上げること。
★混沌とした世界は、言葉で思考して句切り(分節)
を与え、<区別・分類して名前を付ける>ことで、
整然とした世界として初めて認識されるのである。
(区切れを与える)虚構性のある言葉がなければ、
世界を認識することはできず、 (人間にとって)
ものが存在することもない。
→世界に句切りを入れることは、現実にはないこと
だが、言葉には思考して区別できる力がある
【混沌とした世界】
一一一一一
<< 空 山 >>
<< 池 湖 >>
<< 海 川 池 湖>>
<<草 木 家 学校>>
一一一一一
区切り ↑↓ 分類
思考 ↑↓ 名付け
見る ↑↓ 認識
【言葉】
<<<人間>>>
・記号=ある表象によって、それとは別のものを指示
するもので、意味の担い手・命名法の一種
★「音」や「文字」で表現される「言葉」は、特定の
「意味」を指示する「記号」である
→「犬・イヌ」という言葉は、「…ワンと鳴く四本足
の動物」という意味を指示する「記号」であり、
「+」(音・文字)という言葉は、「加える」と
いう意味を指示する(表す)「記号」である
・恣意的=思いつくまま、自分勝手
☆犬という「もの」は、「言葉」によって「意味」が
定義され指示されるが、特定の「もの」として認識
されていればよいのであって、名前(音・文字)は
「イヌ」と呼ぶ必然性はない
★混沌とした世界の中にある「犬」という「もの」は
意味や名前が元々その中に存在している訳でない。
人間の言葉によって思考し、他のものと区別・分類
して名付けることで、初めて「犬」は認識されるの
であり、言葉による認識があって「犬」は存在する
のである。
元々、「意味」や「名前」のある「もの」などは、
何も存在しないのである
〈参考3〉樺島忠夫『語と意味』
【一】我々の外界には、様々な「もの」があって
それらに名前を付けたのが言葉だ
と一般的に考えられている
(事物・状態が先ず存在し、それに名前を付ける
ことによって言葉が成立する、という考え方)
(外界にある事物・状態に名を付けたものが言葉)
【二】しかし、ものの名付け方は言語ごとに異なる。
だから、ものではなく、言葉が先にあって、
その言葉によって外界にあるものを切り取って
表すことで表現が成立する、と考えるべきだ
(外界にある物事・感情は、はっきりとした
切れ目を持たず曖昧)
↓
(思考・判断→区別→分類)
(切れ目を入れて区別するのが言葉)
↓
(言葉を使用することで、物事が言い表される)
【三】我々は、外界にあるものを言葉によって判断・
区別し、分類・認識しているのであって、
それに対応する言葉で表現しているのである
(言葉により思考→切り取り→判別・分類→認識)
(外界の対象を切り取って表す)
(言葉によって思考し、外界にある対象を、
共通点・相違点によって他と区別して、
切り取り、枠づけ(分類)し認識したものを
言葉で表現=言葉の成立)
【四】逆に言葉に接した時、我々は
それに対応した(様々なものに分類した)枠を
喚起して、理解しているのである。 つまり、
言葉の意味とは、ものを判別・枠づけして呼び
起こした内容のことである
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