(先生の現代文授業ノート)宮澤賢治「永訣の朝」
left★板書(+補足)★
「現代文授業ノート」(普通クラス)
   宮澤賢治「永訣の朝」

〈出典〉
 ・初出 大正13年(1924)「春と修羅」
     生前刊行された唯一の詩集(作者28歳)
 ・作品の大部分は、死後に発表

〈作者〉
 ・明治29年(1896)〜昭和9年(1933)
 ・岩手県花巻出身の詩人・童話作家
 ・高校から試作スタート
 ・農学校教師として、郷土に住み、
  農民生活を真摯な態度で歌い上げた
 ・詩集 「春と修羅」
  童話 「注文の多い料理店」「銀河鉄道の夜」

〈表現〉
 ・口語自由詩
 ・リフレイン4回(あめゆじゅ とてちて…)
 ・平仮名表記。一部に方言・括弧・ローマ字表記
  →切々と真に迫り、リアルで生々しい
   臨場感を生む効果

〈概要→主題〉
 ・死にゆく妹への作者のひたむきな惜別の思いと愛
  を、心象スケッチとして表現した詩

right★発問☆解説ノート★
(詩)2014年9月(2020年10月改)

・永訣=永遠の別れ(漢語的表現)
   →妹トシとの死別の朝・臨終の様子(テーマ)
・春=春を待ち望む  ・修羅=戦いの神








・真摯=真面目でひたむきだ










・心象スケッチ=感じたことを生きた言葉で描き取る
・妹への愛と惜別の悲しみで慟哭する激情を詠んだ
 哀悼の歌(挽歌)

left★板書(+補足)★
〈全体の構成〉(←視点の移動・時系列・場面)
                →起承転結の構成
【第一連】<惜別の悲しみと妹の言葉>(室内で)
 ・今日、妹は遠くに旅立つ
 ・妹が「雨雪を取って来て」と頼む

【第二連の@】<妹への感謝と希望>(戸外で)
 ・妹に感謝し、真っ直ぐ正しく生きようと決意する
 ・雪は天に近い銀河から降る、と知って希望となる
【第二連のA】<二相系のみぞれ>(戸外の庭で)
 ・戸外の置き石の上に、揺れる気持ちで危うく立つ
 ・二相系をした妹の最後の食べ物を貰って戻る

【第三連】<美しい雪のような妹>(戻った室内で)
 ・妹は優しく青白く最後の命の火を燃やしている
 ・真っ白で美しい雪は、清らかな妹そのものである

【第四連】<万人の幸福を願う生き方>(室内で)
 ・この雪を、天に生まれ変わる妹への餞として祈る
 ・この雪が、万人に幸福をもたらすことを願った

    << 天上の世界 ▲弥勒菩薩 >>
        ↑    ◎↓
      <<↑銀  河◎↓(太 陽) >>
        ↑    ◎↓
(輪廻転生)<<↑   ◎↓(大気圏)  >>
 生まれ変わる ↑   雪◎↓
        ↑    ◎↓
<<  妹▲ こ  の  世 ▲作者    >>
  最大の理解者

right★発問☆解説ノート★
〈粗筋〉

【第一連】
今日、妹は遠くに旅立とうとしている。外はみぞれが
降っている。病室の中で「私」は心の中で呼びかけて
いた。すると、妹は「雨雪を取って来て」と頼んだ。
「私」は子供の頃からの思い出に満ちた欠けた陶椀を
二つ持って、戸外に飛び出した。
【第二連の@】
外に出てみると、蒼鉛色の暗い雲から、びちょびちょ
みぞれは降って来る。妹の言葉は、後に残される兄の
一生を明るくするためなのだと理解して、真っ直ぐに
正しく生きて行こうと心に誓い、妹に感謝した。
【第二連のA】
庭の置き石などの上に危うく立つと、みぞれが寂しく
たまっている。別の世界に別れる二人のように、個体
と液体という二つの状態に別れて共存するみぞれを、
松の枝から妹の最後の食べ物として貰って戻った。
【第三連】
室内では、妹は暗い屏風や蚊帳の中で最後の命の火を
燃やしている。妹の最後の食べ物となる雪は、乱れた
空から降って来るが、あまりも真っ白で美しい。また
生まれてくる時は、他者の幸福を願う人間でありたい
という、清らかな妹そのものである。
【第四連】
「私」は、妹への餞として祈った。この雪が、万人の
ためを思う妹の食べ物となり、妹が生まれ変わり衆生
を救済する弥勒菩薩が住む天上世界の資糧となって、
また空から降って来て世界のみんなに幸福をもたらす
ことを願った。

left★板書(+補足)★
〈授業の展開〉

【第一連】<惜別の悲しみと妹の言葉>(室内で)

(今日)とほくへいってしまふ…いもうとよ
    ・亡くなる妹への惜別の悲しみ
    ・天上世界に生まれ変わるという願い
  みぞれ(が降って)…おもてはへんにあかるい
    ・死期がいよいよ迫る、不吉な暗示
(妹)<<あめゆじゅ とてちてけんじゃ>>
       (雨雪=みぞれを取って来て下さい)
    ・発熱による喉の渇きを癒すため
    ・4回リフレイン→作者の頭の中で反響
  陰惨な雲から…みぞれはびちょびちょふってくる
    ・陰惨で蒼鉛色の暗い空から降って来ると
     最初は考えたが…
            ↓↑(対比表現)
            銀河…のそらからおちた雪
  ふたつのかけた陶椀に…  (雨雪をとろうと)
    ・二人の繋がりを象徴する陶器の茶碗に…
まがったてっぽうだまのやうに  (…飛び出した)
    ・一刻も早く渇きを癒してあげたく
     雨雪を取りに勢いよく外に飛び出した

▼〈まとめ〉
兄弟として時間を共有し、最大の理解者であった妹が
今まさに死にゆこうとしている。「あめゆじゅとてち
てけんじゃ」という言葉が、悲しみで慟哭する頭の中
で反響し、一刻も早くと勢いよく室外に飛び出した。

right★発問☆解説ノート★




・2つ違いの妹トシ(24歳)は、作者の最大の理解者
・「とほく」は、弥勒菩薩が住む天上世界に転生する
 ことを信じる法華経信者の表現


方言・括弧・平仮名表記
 →切々と真に迫り、リアルで生々しい臨場感


・陰惨=陰気でむごたらしい
妹が亡くなろうとしている時の作者の心象

☆外に出て、この世の空の遥か彼方にある、天に近い
 銀河から降って来たのだ、と知る(天との繋がり)
・二人の生活が滲み出る、慣れ親しんだ椀
・「信仰を一つにするたった一人のみちづれ」だった
☆直喩(明喩)→急ぎ、動揺している
               (←→隠喩・暗喩)








left★板書(+補足)★
【第二連の@】<妹への感謝と希望>(戸外で)
        (残された者としての感謝・決意)
  (外に出ると)蒼鉛色の暗い雲から
               ↓↑(対比)
               銀河…からおちた雪
  みぞれはびちょびちょ…沈んでくる
    ・室外から見ている
          ↓↑(対比)
      (一段)ふってくる→室内から見ていた
<<わたくしをいっしゃうあかるくするために>>
              (…妹は頼んだのだ)
    ・危篤に際し、何かをしてやれた(人の役に
     立てた)という救いを与え、明るくさせる
        ↓
  ありがたう…けなげないもうとよ
    ・(今までと同様に)死ぬ間際になっても、
     兄を気にかけてくれた妹に、<感謝>
        ↓
わたくしもまっすぐにすすんでいく
    ・心配してくれなくても、自分も妹のように
     真っ直ぐに生きていくと、<決意>
銀河…のそらからおちた雪  (の最後の一椀を…)
    ・雪は妹の行く天につながる銀河から来る
     知り、一つの<希望>となる

▼〈まとめ〉
雨雪を取りに戸外の庭に出た作者は、妹の言葉は自分
の一生を明るくするためだったのだと感謝し、自分も
真っ直ぐ生きていくことを決意する。また、雪は妹が
生まれ変わる天上世界につながる銀河から来るもので
あり、この世と天とを結んでいるのだと気づいて一筋
の光明を感じた

right★発問☆解説ノート★


・科学用語は、賢治の常套表現


☆妹の臨終に際して、悲しく苦痛の涙を流している
 →妹との繋がりが途絶えるという絶望的状況


作者の思い込みで、実際には発熱による喉の渇きを
 癒したいために頼んだ
☆ただ見守るだけで、何もしてやれないのは辛い


・けなげな=弱い者が懸命に頑張る
★「雨雪を取って来て」と言ったのは、自分の為では
 なく、兄を一生明るくする為だったのだ、と思う
    <妹の言葉>
      ↓
   <作者の感謝・決意・希望>

★雪は、この世界を覆う蒼鉛色の空から来るが、実は
 妹が行く天上に近い銀河から落ちて来るのであり、
 この世と妹の行く天とは繋がっているのだと知って
 一筋の光明(希望)を思う
 →(次段)この世でなく銀河から来た雪は、みぞれ
  とになり、真っ白な二相系を保っている(共存)






left★板書(+補足)★
【第二連のA】<二相系のみぞれ>(戸外の庭で)

  …ふたきれのみかげせきざいに
          みぞれはさびしくたまっている
    ・庭にある二つの置き石(や灯籠の類)に…
  …そのうへにあぶなくたち
    ・(その上に)心危うく揺れる気持ちで立ち
<雪と水のまっしろな二相系>をたもち…
    ・天に行く妹とこの世に残される自分と、
     二人が二つの世界に別れてしまうことを
     示すように、個体と液体という二つの様相
     に<別れて共存>
する  (みぞれを…)
(松の枝から)さいごのたべものをもらっていこう
    ・妹の最後の食べ物として貰っていこう

▼〈まとめ〉
庭の置き石などの上に危うく立って、悲しいが希望も
あるという揺れる気持ちで、雪と水という二つの様相
に別れて共存するみぞれを、妹の最後の食べ物として
貰って室内に戻ろうとした。

right★発問☆解説ノート★


☆庭先に佇み、少し前の出来事を反芻している(?)
・みかげせきざい=御影石・花崗岩(建築石材)

・足元が危うく不安定

・相=様相・形・状態・性質
・系=一つのまとまりのある関係にあることを表す語
☆別れは寂しい(悲しい)が、希望(救い)もあり、
 二つの感情も共存する(?)










left★板書(+補足)★
【第三連】<美しい雪のような妹>(戻った室内で)

  みなれたちゃわん…にも  (…別れてしまう)
    ・最後の食べ物を盛る茶碗に、共有した時間
     をいとおしむような、惜別の思い
(妹)(Ora Orade Shitori Egumo)
           (私は私で一人で行きます)
    ・妹は作者が聞きたくない言葉を言った
  あのとざされた病室…びょうぶやかや(の中に)
    ・屏風や蚊帳で暖を保つ粗末な病室で…
  やさしく
    あをじろく
      燃えてゐる       …健気な妹よ
  …恐ろしい乱れた空から
  この美しい雪がきたのだ
    ↓
<<真っ白な美しい雪><清らかな妹の心>>
             そのものである
    ↑
  (妹)(…わりゃのごとばかりで…)
    ・また人に生まれて来る時は、
     自分のことばかりで苦しまないように、
     他の人々のために生まれて来ます

▼〈まとめ〉
妹は最期の命の火を燃やしているが、天上から降って
来る真っ白で美しい雪は、自分より他者の幸福を願う
清らかな妹の心そのものである。

right★発問☆解説ノート★


☆一人で死を迎える妹の姿と、妹の言った言葉を
 思い起す
・青い蓴菜の模様…二つの欠けた陶椀(いとおしみ)
方言・括弧・ローマ字表記なのは、衝撃的な言葉で
 外国語のように聞こえたからだろう

☆「あのとざされた病室」→作者は病室内にはいない
☆雨漏り・すきま風のある粗末な建物
☆兄に優しい心遣いをし
   青白い顔をして
     健気に最後の命の火を燃やしている
☆「恐ろしい…空」は、「美しい雪=妹の心」を強調
 →恐ろしい空から、美しい雪が降って来るように、
  この世で苦しんでいる妹は、心は清らかなままで
  天上に生まれ変わる(?)
・みぞれ=暗いイメージ → 雪=明るいイメージ
 →死を悲しむ心境から、感謝して自分も正しい心を
  持って生きていく心境へ、という変化に対応

他者の幸福を願う生き方をしたい、との転生の願い







left★板書(+補足)★
【第四連】<万人の幸福を願う生き方>(室内で)

おまへがたべる…このゆきに…<いのる>
    ・この雪を天に行く妹への餞として、祈る
    ↓
  (これが)兜率の天の食に変って
    ・この雪が、(衆生を救う弥勒菩薩の住む)
     天上世界の資糧(食べ物)となって
    ↓
<おまえとみんなとに聖い資糧を>もたらすことを
    ・妹と世界のみんなに幸福をもたらすことを
    ↑   (それが「私」の妹への餞である)
  すべてのさいはひをかけて…<ねがふ>
    ・自分の幸福を全て引き換えにしてでも願う

▼〈まとめ〉
妹の最後の食べ物となるこの雪が、天上の世界の資糧
となり、世界のみんなに幸福をもたらすことを祈る。

right★発問☆解説ノート★


☆この世と天を結ぶ雪により、自分と妹との繋がり
 もたらされる、という思い
・餞(はなむけ)=贈り物
・出版当初は、「どうかこれが天上のアイスクリーム
 になるやうに」
・資糧=(かて)食べ物

★雪が、@旅立って行く妹への餞となり、
    A妹の行く天上世界の食べ物となり、
    Bそして世界中のみんなに幸いをもたらす
                    ことを
・自分の全て(全存在)をかけて願う





left★板書(+補足)★
〈主題〉
死にゆく妹との別離を悲しみながらも、その清らかな
によって、自分も正しく真っ直ぐに世界のみんなの
幸福を祈って生きていこう
と思う、作者の心象を表現
している。
    ↓or
死にゆく妹との惜別の悲しみに慟哭しながらも、純粋
な魂に触れて浄化され、世界中の人々の幸福のために
生きようという、作者の思いを詠んだ詩

  <<作者の心の浄化>>←←<<妹の心>>
     真っ直ぐに       清らか
     万人の幸福を       ↑
     願って生きる    (真っ白な雪)

right★発問☆解説ノート★
XX〈主題2…参考資料〉
瀕死の床にある妹への愛情と永訣の悲しみ
それを超えた万人の幸福の祈り
    ↓
詩の主旋律は、妹への鎮魂。副旋律は、死んでゆく妹
そして他者のために自己の全てを捧げようとする祈り
    ↓
最愛の妹の死に臨んで、悲しみと喪失感を、天上界へ
の転生の希望に昇華させる。妹が方向を示し、生きる
道を教えたことにより、個人の悲しみに終始すること
なく、万人のために祈ろうとの気持ちになった。

※これ(心象スケッチ)も難解で、理解を超えた詩で
 ある。

left★板書(+補足)★
〈補足1…仏教〉
・兜卒天=仏教における天上界の一つ。美しい風景・
 天女・子供が存在し、下界に降る菩薩(未来の仏)
 が住む
所。既に釈迦が降下し、今は弥勒菩薩が内院
 で説法しながら待機
。外院は天衆(天人)が住む。
・弥勒菩薩=釈迦入滅後56億7000万年の後、釈迦仏
 の次に仏となり、この世に現れ衆生を救済
する菩薩
・菩薩=仏の位の次にあり、悟りを求めて多くの修行
 を重ね、将来仏になって衆生を救済する者。
 元来は釈迦の前生時代の称。
・仏=悟りを開いた者、また(特に)釈迦のこと。

〈補足2…「わたくし」の気持ちの変化〉
初めは、自分を理解してくれる最愛の妹を失う悲しみ
だけが「わたくし」のは心を占めていたが、
妹は死にゆく苦しみの中で、生きてゆく方向(希望) と目標を教えた。
それをきっかけとして、悲しみだけに終始しないで、
妹が天上で転生するのを願いながら、一生明るく万人
のために清らかで正しく生きて行こうと心に誓って、
世界のみんなのために祈ろうという気持ちになった

right★発問☆解説ノート★
〈補足3…作者の妹トシについて〉
作者より2歳年下で、日本女子大家政学部卒、母校の
花巻高等女学校教諭として、英語・家事を教える。
作者の最大の理解者だった。
過労で、喀血・結核。24歳で死去(大正11年)



〈補足4…作者年譜〉
明治29年(1896)岩手県花巻生まれ
大正3年(1914)「法華経」に傾倒(18歳)
大正10年(1921)家出・上京(25歳)
     帰郷、農学校の教師
     農村指導者として活動(風土に密着)
大正11年(1922)2歳下の妹トシの死(肺炎・結核)
     童話・詩の創作(作者26歳)
大正13年(1924)「春と修羅」(28歳)
     童話集「注文の多い料理店」自費出版
     他に童話「銀河鉄道の夜」など
昭和8年(1933)急性肺炎のため死去(37歳)


貴方は人目の訪問者です。