left★原文・現代語訳★
【三】<感涙して車に米・鏡・返歌を送った定基>
今日までと 見るに涙の ます鏡
慣れぬる影を 人に語るな
と。
=(この使い慣れた澄んだ鏡も)今日までか と思って
見ると、涙が溢れて増すばかりだ。(今まで私の顔
を見て来た)真澄みの鏡よ、 見慣れた私の姿を、
(この先どうか)人に語らないでおくれ。
と(書いてある)。
定基朝臣これを見て、道心を起こしたるころほひに
て、いみじく泣きて、米十石を車に入れて、鏡をば
売る人に返し取らせて、車を女に添へてぞやりける。
=定基朝臣はこれを見て、(ちょうど)出家して仏道に
入る心を起こした頃だったので、ひどく感涙して、
米十石を車に積んで、鏡は売りに来た(使いの)人に
返してやって、車を添えて女のもとに贈ったのだ。
歌の返しを鏡の筥に入れてぞやりたりけれども、その
返歌をば語らず。その車にそへてやりたりける。
=歌への返歌を鏡の箱に入れて贈ってやったけれど、
その返歌は語(り伝え)ら(れてい)ない。(米を
贈った)その車に(付き添いの者を)つけてやった
のだ。
▼(段落まとめ)
歌に感涙した定基は、米十石を車に積み、鏡は返して
返歌を添え、付き添いの者も付けて、女の家に送って
やった。
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right★補足・文法★
・ますかがみ=曇りなく澄んでいる(真澄みの)鏡
☆女は、鏡を手放す悲しみを詠む
・十石=1,500kg ・やる=送る、贈る、届ける、与える
☆定基は、女をあわれに思って鏡を返してやり、米を
与えて返歌を添え、付き添いの者も付けてやった。
※女は、身分ある貴族女性だったのが、大飢饉と他の
何らかの事情で、大切なものも手放さざるを得ない
貧困に陥っていた、と推察できる。
@立派な蒔絵の箱に入った鏡 A美しい筆跡 B歌
C車が引き入れられた五条油小路の檜皮葺きの邸
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