left★原文・現代語訳★
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
   「今昔物語集(巻24)/安倍晴明」

〈出典=『今昔物語集』〉
〇成立 平安末期(1120年以後)
    →12C末までに原型→増補・加筆
〇編者 未詳
〇説話集 31巻(1000話)
     →80話が『宇治拾遺物語』と重複
〇内容 天竺(インド)震旦(中国)本朝(日本)
    舞台とする説話を収録
 →仏教的・教訓的
 →本朝部の説話は様々な地域と階層の人物が登場し   当時の人々の生活や人間性が生き生きと描かれる
〇文体 漢字・仮名交じりの簡潔な表現
    →和漢混交文の先駆
〇書名 各話が「今は昔」で始まる所から


〈概要〉
〇平安中期の安倍晴明は、識神によって生き物さえも  殺せる方術(仙人が使う不思議な術)を使う、全く  ただ者ではない陰陽師だったという説話(→要旨)


〈全体の構成〉         (→要約→要旨)

【省略部分】(参考)

今は昔、天文博士安倍晴明といふ陰陽師あり。古(い にしへ)にも恥ぢず、やむごとなかりける者なり。幼 の時、賀茂忠行(かものただゆき)といひける陰陽師 に随ひて、昼夜にこの道を習ひけるに、いささかも心 もとなきことなかりける。
=今となっては昔の事だが、天文博士安倍晴明という  陰陽師がいた。昔の俊才にも恥じる事がない優れた  者である。幼少期から、賀茂忠行といった陰陽師に  従って、昼も夜もなくこの陰陽道を学習していたの  で、その才能には少しも不安や問題はなかったとい  う。

然るに、晴明若かりける時、師の忠行が下渡りに夜歩 きに行きける供に、歩(かち)にして車の後ろに行き ける。忠行、車の内にしてよく寝入りにけるに、晴明 見けるに、えもいはず恐ろしき鬼ども、車の前に向か ひて来けり。…
=さて、晴明が若かった時、師匠の忠行が下京の辺り  に夜に外出したので、そのお供として、徒歩で師が  乗る牛車の後ろに従って行った。忠行は牛車の中で  よく寝入っていた。その時に、晴明が前方に視線を  向けたところ、何とも言えないほど恐ろしい鬼たち  が、牛車の前に向かって来た。…


【一】<僧房で君達と僧に話しかけられる晴明>

また、この晴明、広沢の寛朝僧正(かんちょうそうじ ょう)と申しける人の御坊に参りて、もの申し承りけ る間、
=またある時、この晴明が広沢の寛朝僧正と申した人  のお住まいに参って、色々とお話をして頂いていた  時、そこに、

若き君達(きんだち)・僧どもありて、晴明に物語な どして
=若い上流貴族の子息や僧たちがいて、晴明に色々と  話しかけて来て

【二】<識神を使って人を殺すのかと聞く君達と僧>

いはく、「そこの<識神を使ひ>給ふなるは、忽ちに 人をば殺し給ふらむや」と。
=言うには、「そなたが識神をお使いなるといいます  が、それは即座に人をお殺しになるのでしょうか」  と。


晴明、「道の大事をかく現(あらは)にも問ひ給ふか な」と言ひて、
=晴明が、「この陰陽道の大事な奥義(秘事)をこの  ように(よく)も露骨にお尋ねになりますな」と言  って、

安くはえ殺さじ。少し力だに入れて候へば、必ず殺 してむ。虫などをば塵ばかりのことせむに、必ず殺し つべきに、生くやうを知らねば、罪を得ぬべければ、 由なきなり」など言ふほどに、
=「安易には殺せないでしょう。(しかし、)少し力  さえ入れますと、必ず殺せるでしょう。虫などは塵  ほどのほんの僅かなことをしたら、必ず殺せるでし  ょうが、生き返らせる術を知りませんので、殺生の  罪を犯してしまわねばなりません。だから、無意味  な(殺生を犯してしまう)ことです」などと言って  いると、その時に、

【三】<術を試されて死んだ蛙と震え慄く僧>

庭より蝦蟇(かえる)の五つ六つばかり踊りつつ、池 の辺(ほとり)ざまに行きけるを、君達、「さは、あ れ一つ殺し給へ。試みむ」と言ひければ、
=庭から蛙が五・六匹ほど跳びはねながら、池の畔の  方に行った。それを見た君達が「では、あれを一つ  殺して下さい。そなたの力を試してみたい」と言っ  た。それで、

晴明、「罪造り給ふ君かな。さるにても試み給はむと あれば」とて、草の葉を摘み切りて物を読むやうにし て蝦蟇の方へ投げ遣りたりければ、
=晴明が「罪造りな事をなさる君達ですな。それでも  私をお試しになろうと仰るのであれば」と言って、  草の葉を摘み取って呪文を唱え(フッと息を吹きか  け)るようにして、蛙の方へ投げてやったところ、



その草の葉、蝦蟇の上にかかると見けるほどに、蝦蟇 は真平にひしげ死にたりける。僧どもこれを見て、色 を失ひてなむおぢ怖れける。
=その草の葉が蛙の上に乗っかったのを見るや否や、  蛙はぺちゃんこに潰れて死んでしまった。僧たちは  これを見て、真っ青になって震えおののいた。

【四】@<識神を使いただ者ではない晴明の後日談>

この晴明は、家の内に人なき時は、識神を使ひけるに やありけむ、人もなきに蔀(しとみ)上げ下ろすこと なむありける。
=この晴明は、家に従者たちがいない時は識神を召し  使いとして使っていたのであったのだろうか、誰も  人の気配もないのに蔀(雨戸)が勝手に上がったり  下がったりする事があったそうだ。

また、門(かど)を差す人もなかりけるに、さされな むなどなむありける。かやうに希有のことども多かり となむ語り伝ふる。
=また、門を閉めて錠をかける人もいなかったのに、  勝手に錠をして閉められてしまう事などもあったそ  うだ。このように珍しく不思議なことなども色々と  多くあったと語り伝えている。

【四】A<識神を使いただ者ではない晴明の後日談>

その孫、今に公(おおやけ)に仕えてやむごとなくて あり。その土御門の家も伝はりの所にてあり。その孫 、近くなるまで識神の声などは聞きけり。
=その晴明の子孫は、今も朝廷に仕えて重んじられて  いる。その土御門の家も代々受け継がれ伝えられた  所にある。その子孫は、最近まで識神を使う晴明の  声などを聞いたそうだ。

然(しか)れば、晴明なほ只者にはあらざりけり、と なむ語り伝へたるとや。
=そうであるので、晴明はやはりただ者ではなかった  のだ、と語り伝えているとかいうことだ。


[感想]???
平安時代の王朝の基本的な学問や秘術として『陰陽道 (おんみょうどう)』というものがあり、安倍晴明 (あべのせいめい)は最も有名で優れた超能力を持つ とされている陰陽師である。7世紀頃に中国から伝来 した陰陽道は、『陰陽五行説(火・水・木・金・土) 』に基づいた合理的認識によって世界の成り立ちや構 成要素を理解しており、陰陽道は古代日本における“ 科学的な学問(当時において客観的に世界を捉えてい ると認識されていたが近代科学とは全く異なる)”で あった。

陰陽道は当時、恐るべき神秘的な呪術・念力・卜占 (占いの予測)を発動する学問と見なされており、 朝廷では『中務省(なかつかさしょう)の陰陽寮』に よって一線級の優れた陰陽師たちを管理していた。 中務省には陰陽頭(長官)、陰陽博士、陰陽師、天文 博士、歴博士などの役職があり、陰陽師は宇宙の運行 や未来の現象を『占い・呪術』などの超能力的な方術 によって予測できると考えられていた。本章では、平 安時代における陰陽師の最高権威とされる安倍晴明の 興味深いエピソードが伝えられており、陰陽師が『識 神・式神(しきがみ)』と呼ばれる召使いのような精 霊を自在に使いこなすことができたことが分かる。
right★補足・文法★
(説話)2019年4月








芥川龍之介『羅生門』を初め多くの小説や漫画など
 が、『今昔物語集』を素材として書かれている
 →心理分析・脚色がなされ、話の流れが異なる







〈参考〉
〇安倍晴明(921〜1005)
  平安時代中期の陰陽師。陰陽道に優れ、
  多くの逸話がある。住居跡に晴明神社がある






※天文博士
 律令制で、天文・暦数(天体を観測して暦を作る)  に関することを担当し、また天文生(てんもんのし  よう)に教授する役人
※陰陽道
 古代中国の陰陽(いんよう)五行説に基いて、日本  に六世紀頃伝えられて独自の発展をした自然科学・  天文・暦・呪術の体系。重要視されたが、平安時代  以降は神秘的な面が強調されて俗信化し、避禍招福  の方術となる。賀茂・安倍の両氏がつかさどった。
 召使いのような精霊(識神)を自在に使いこなす
















・御坊(御房)=僧の住むお住まい・僧の尊敬語
・申し承る=お願いして教えて頂く
      あれこれと談合(相談)する




・君達=上流貴族の子息・子弟






・そこ=お前・そなた・あなた
・識神=陰陽師が<召使いのように使う霊的な存在>
   (人間でない霊魂や鬼神)=式神(しきがみ)
    紙型などに、呪文を唱えて息を吹きかけ、     命を吹き込んで識神にする
・…給ふ(尊敬)なる(伝聞)は(…は・詠嘆…ね)
・…らむ(推量)や(疑問)
・道の大事=陰陽道の大事な奥義(秘事)
・現に=露骨に・随分とあけすけに・あけっぴろげに




☆殺生の罪を作るべきではない
 →え…じ(打消意思)=…できない
・塵ばかりのこと=塵ほどのほんのわずかなこと
・せ(サ変「す」)む(仮定)に(格助詞)
 …したら(その時に)
・殺し()つ(強意)べき(可能推量)
・罪=仏の教えに背いて罪を受けるような事
・由なし=理由/由緒/趣がない・良くない
     無意味だ
・不都合だ






・…ざま=…の方





    ↓
☆けしかけて殺させるのも殺生戒のうちなので、
 君達自身の罪になるから
★君達・僧に対する晴明の心情
 敬語を用いながら、慇懃無礼な態度とも解釈できる
  (表面は丁寧で礼儀正しいが、実は尊大で無礼)
    ↓
 <自分を試そうとする貴族の傲慢さに対して反発>
    ↓
 ・反発として識神の術を用いた(君達への皮肉)?
 ・反応を楽しみ、故意に好奇心・猜疑心を煽る?


・おぢ怖れける=震えおののく・ひどく怖がり恐れる






・…に(断定)や(疑問)あり()けむ(過去推量)







・門も差す=門を閉じて錠をかける
・さされ()な(完了)む(婉曲)など(副助詞)
 なむ(係助詞)
・希有なり=不思議だ・めったにない






・孫=子孫・むまご
・公=朝廷
・やむごとなし=格別に大切だ・高貴だ・尊ぶべきだ
        重々しい(重用される)





・…たる(存続)と(格助)や(係助詞)+「言ふ」




























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