left★原文・現代語訳★
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
   「古本説話集/長能・道済の事」

〈作品=『古本説話集』〉
〇成立未詳
 →平安後期(1126)〜鎌倉初期(1201)頃
〇前半は和歌説話46話(女流歌人の逸話)
 後半は仏教説話24話(観音霊験譚)
 →風雅の世界への回顧と仏菩薩の霊験・救済
〇『今昔物語集』・『宇治拾遺物語』と共通の説話

〈概要=「長能・道済の事」〉
〇藤原長能と源道済という二人の歌人が和歌を詠み、
 藤原公任に優劣の判定を仰ぐが、長能が劣っている
 とされ、別の歌でも批判されて、それが原因となり
 間もなく亡くなったという、風雅に打ち込んだ歌人
 の逸話
                   (→要旨)

〈全体の構成〉 (→要約→要旨)

【一】<歌を競い合う長能と道済>
今は昔、長能、道済といふ歌詠みども、いみじう挑み交はして詠みけり。
=今となっては昔のことだが、長能と道済という歌詠
 みたちが、たいそう競い合って歌を詠んでいた。

【二】<四条大納言の判定で敗れた長能>
長能は蜻蛉の日記したる人の兄人(せうと)、伝はりたる歌詠み、道済、信明といひし歌詠みの孫にて、いみじく挑み交はしたるに、鷹狩の歌を二人詠みけるに、長能、
=長能は蜻蛉日記を書いた人の弟で古くから伝わって
 いる歌詠みの家柄の者、道済は信明といった歌詠み
 の孫で、たいそう競い合って歌を詠んでいたが、鷹
 狩の歌を二人が詠んだ時に、長能は、

霰降る  交野のみのの  かり衣
     濡れぬ宿貸す  人しなければ
=霰が降る交野の御野(狩場)では蓑の借り衣もなく
 狩衣が濡れてしまう。身の濡れることのない宿を貸
 してくれる人も辺りにはいないので

道済
=道済は

濡れ濡れも  なほ狩り行かむ  はしたかの
       上毛の雪を    うち払ひつつ
=降り続ける雪に濡れても更に鷹狩は続けて行こう。
 はし鷹の上毛に降りかかるる雪を払いのけながら

と詠みて、おのおの「われが勝りたり」と論じつつ、四条大納言のもとへ、二人参り判ぜさせ奉るに、
=と詠んで、それぞれが「自分の方が勝っている」と
 言い合いながら、四条大納言の所へ二人が参上し、
 判定を仰ぐと、

大納言のたまふ、「ともによきにとりて、あられは、宿借るばかりは、いかで濡れむぞ。ここもとぞ劣りたる。歌柄はよし。道済がは、さ言はれたり。末の世にも集などにも入りなむ」と、ありければ、道済、舞ひ奏でて出でぬ。
=大納言がおっしゃるには、「共に良い歌として受け
 取るが、霰は雨宿りの宿を借りる程にどうして濡れ
 ることがあろうか。長能のはこの辺りが劣っている
 のだ。歌の品格は良いが。(それに対し一方)道済
 のはその通りだ。後の世にも歌集などにきっと入る
 だろう」とおっしゃったので、道済は嬉しくて舞い
 上がるように出て行った。

長能、物思ひ姿にて、出でにけり。さきざき、何事も長能は上手(うはて)を打ちけるに、この度は本意なかりけりとぞ。
=長能は思い悩む姿で出て行った。以前は何事も長能
 は上手を行っていたので、今回の大納言の判定は不
 本意だったのだという。

【三】<春の歌も批判されて亡くなった長能>
春を惜しみて、三月小ありけるに、長能、
=春が過ぎ行くのを惜しんで、閏三月であった時に、
 長能は、

心憂き  年にもあるかな  二十日あまり
     九日といふに   春の暮れぬる
=今年は辛い年でもあるのだなあ。まだ二十九日とい
 うのに、春が終わってしまうことだ

と詠み上げけるを、例の大納言、「春は二十九日のみあるか」とのたまひけるを聞きて、「ゆゆしき誤ち」と思ひて、物も申さず、音もせで出でにけり。
=と詠み上げたところ、例の大納言が「春は二十九日
 だけあるのか」とおっしゃったのを聞いて、長能は
 「ひどい誤りだ」と思って何も申さず音もせず出て
 行った。

さて、そのころより、例ならで重きよし聞き給ひて、大納言とぶらひにつかはしたりける返り事に、「『春は二十九日あるか』と候ひしを、『あさましき僻事(ひがごと)をもして候けるかな』と、心憂く嘆かしく候ひしより、かかる病になりて候ふなり」と申して、ほどなく失せにけり。
=そうして、その事があった頃から普段と違って体の
 調子が優れず重くなったという事を聞きなさって、
 大納言が見舞いに使いの者を遣わしたが、その使い
 が持ち帰った長能の返事に、「『春は二十九日だけ
 あるのか』と大納言様がおっしゃったのを聞いて、
 『呆れる程ひどい間違いをしましたことだなあ』と
 辛く嘆かわしく思われましたので、このような病気
 になっているのです」と申して、間もなくして亡く
 なってしまったという。

【四】<風雅に徹した長能への思い>
「さばかり心に入りたりしことを、よしなく言ひて」と、後まで大納言はいみじく嘆き給ひけり。
=「それ程に心から打ち込んでいた歌の事を、良くな
 いように言ってしまって」と、後々まで大納言はひ
 どくお嘆きになっていたという。

あはれに、すきずきしかりける事どもかな。
=つくづくと、風雅の道に熱心だったと思われる事だ
 なあ。

right★補足・文法★
(説話)2017年12月
          (法政大2016年・神戸大)

〈作者〉
・編者未詳






※藤原長能(ながよしorながとう)=(949〜?)
 平安中期の歌人。父は藤原倫寧、従五位上、伊賀守
 「蜻蛉日記」の作者(藤原道綱の母)の弟
 三十六歌仙の一人で、多くの歌合せで出詠
 勅撰集の「拾遺和歌集」等に五十数首が入集
 能因の和歌の師
 藤原公任に自作を非難され病で死んだと伝えられる




※道済(みちなり)=源道済








※信明(さねあきら)=源信明





・みの=「御野」・「蓑」・「身の」?
・かり衣=「借り衣」・「狩衣」
・人+し(強意・副助詞)






・はしたか=狩衣の上に羽織る鷹の毛でできたもの?




※四条大納言=藤原公任(966〜1041)
 平安中期の歌人・歌学者
 関白頼忠の長男で、正二位権大納言に至る
 漢詩・和歌・管弦に優れ「三舟の才」の故事がある
 「和漢朗詠集」編集,歌論書「新撰髄脳」等の著作

・柄=体つき・なり・身分・地位・品位・性格・模様
・さ言はれたり=そう言われている
 →その通りだ・道理に合っている
・奏づ=(下二段)舞を舞う・弦楽器を弾く/奏する









・物思ふ=思いにふける・思い悩む
















・ゆゆし=忌み憚られる・畏れ多い・
     不吉だ・縁起が悪い<・程度が甚だしい・
     一通りではない・立派だ・素晴らしい・
     ひどい・とんでもない




・例ならず=いつもと違っている・
      (病気・懐妊で)体の調子が普通でない
・僻事=道理に外れたこと・悪事・非道
    事実と違っていること・間違い
    具合が悪いこと・不都合
・あさまし=意外で驚く程だ・興覚めだ・不愉快だ・
      驚き呆れる程ひどい・甚だしい・
      嘆かわしい・情けない
・心憂く=情けない・辛い








・由無し=理由や根拠がない・手段や方法がない
     関係がない・利益がない・つまらない
     良くない・都合が悪い
・好き好きし=風流だ・風雅を解する・物好きだ
       好色めいている





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