left★原文・現代語訳★
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
「古本説話集/平中が事」
〈作品=『古本説話集』〉
〇成立未詳
→平安後期(1126)〜鎌倉初期(1201)頃
〇前半は和歌説話46話(女流歌人の逸話)
後半は仏教説話24話(観音霊験譚)
→風雅の世界への回顧と仏菩薩の霊験・救済
〇『今昔物語集』・『宇治拾遺物語』と共通の説話
〈概要=「平中が事」〉
〇色好みの平中は、嘘泣きのため水を持ち歩いていた
が、墨と鼠の糞を入れ替えた妻のせいでひどく懲り
て嘘泣きを止めた、という話 (→要旨)
〈全体の構成〉 (→要約→要旨)
【一】<嘘泣きのため水を持ち歩く平中>
今は昔、平中といふ色好み、さしも心に入らぬ女のもとにても、泣かれぬ音を、そら泣きをし、涙に濡らさむ料に、硯瓶に水をいれて、緒をつけて、肘にかけてし歩きつ。顔・袖を濡らしけり。
=今となっては昔のことだが、平中という色好みが、
それ程も気に入っていない女の所でも、泣かれない
のに泣き声を出して嘘泣きをし、涙で顔を濡らそう
とするために硯瓶に水を入れて紐を付けて肘に掛け
て持ち歩いていた。(そして、その水で)顔と袖を
濡らしていたという。
【二】<墨と鼠の糞を入れ替えた妻>
出居の方を、妻のぞきて見れば、間木に物をさし置きけるを、出でてのち取り下して見れば、硯瓶なり。また、畳紙に丁子入りたり。瓶の水をいうてて、墨を濃くすりて入れつ。鼠の物を取り集めて、丁子に入れ替へつ。さて、もとの様に置きつ。
=(ある日、)居間に続いた客間の方を妻が覗き見る
と、平中が長押の上の棚に何かを差し入れて置いた
ので、平中が外出した後で取り下して見ると硯瓶で
ある。また畳紙があって丁子の香料が入っていた。
妻は瓶の水を捨てて(替わりに)墨を濃く擦って入
れた。(また)鼠の糞を取り集めて丁子の香料に入
れ替えた。そうして元の様に置いておいた。
【三】<帰宅して袖と顔に驚く平中>
例の事なれば、夕さりは出でぬ。暁に帰りて、心地悪しげにて、唾を吐き、臥したり。
=いつもの事であるので、(この日も)夕方になると
平中は出かけて行った。夜明け前に帰って来て、気
分が悪そうな様子で唾を吐き、横になった。
「畳紙の物の故なめり」と、妻は聞き臥したり。
=「畳紙に入っている物のせいであるようね」と、妻
は聞いて横になった。
夜明けて見れば、袖に墨ゆゆしげに付きたり。鏡を見れば、顔も真黒に、目のみきらめきて、我ながらいと恐ろしげなり。
=夜が明けて見ると、袖に墨がたいそうひどく付いて
いる。鏡を見ると、顔も真黒で目だけがきらきら光
って、我ながらひどく恐ろしい感じである。
硯瓶を見れば、墨をすりて入れたり。畳紙に鼠の物入りたり。
=硯瓶を見ると、墨を擦って入れてある。畳紙には鼠
の糞が入っている。
【四】<懲りて嘘泣きを止めた平中>
いといとあさましく、心憂くて、その後そら泣きの涙、丁子含む事、とどめてけるとぞ。
=とてもとても驚き呆れ、情けないので、その後には
嘘泣きの涙を流す事と丁子の香料を口に含む事は止
めてしまったということだ。
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right★補足・文法★
(説話)2017年12月
〈作者〉
・編者未詳
〈参考〉
・長押=(なげし)鴨居または敷居の添えて柱の外側
に横に渡した板・上部に渡したのを上長押、下部に
渡したのを下長押という・現在は上のを「長押」、
下のを「敷居」という・寝殿作りでは母屋と廂とを
また廂と簀子とを隔てる下長押のこと
・丁子=(ちゃうじ)丁子の蕾で製した香料。
熱帯地方に産する常緑高木で花は淡紅色で香
りが高く、蕾を乾燥したものを香料や薬用に
果実から油や染料を採る
・料=(れう)材料・用品・費用
ためのもの・分(形式名詞として)
・出居=(でゐ・いでゐ)室外などに出て座ること
(寝殿作りで)廂の間に設けた部屋
客と応対する所
・間木=(まぎ)長押の上に作った棚のようなもの
・いうてて=捨てて?
・物=前後の言葉でそれとわかる対象
→鼠の物=鼠の糞鼠の物
・ゆゆしげなり
=いかにも不吉な様子だ・縁起が悪そうだ
程度が甚だしい・立派な様子だ・素晴らしげだ
ひどい様子だ・とんでもない
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