left★原文・現代語訳★
【三】<新たに通う高安の女>
さて、年ごろ経るほどに、女、親なく、頼りなくなる
ままに、もろともに言ふかひなくてあらむやはとて、
河内の国高安の郡に、行き通ふ所出で来にけり。
=そうして、何年か経つうちに、女は親が亡くなり、
(生活の)拠り所がなくなるにつれて、(男は、この
妻と)一緒に惨めな様でいてよいだろうか(いや、
よくはない)と思って、 河内の国の高安の郡に、
通って行く(女の)所ができてしまった。
さりけれど、このもとの女、悪(あ)しと思へる気色も
なくて、出(い)だしやりければ、
=そうであったけれど、この元の女は(男の行動を)
不快に思っている様子もなくて、(男を新しい女の
所へ)送り出してやったので、
男、異心ありてかかるにやあらむと思ひ疑ひて、前栽
の中に隠れゐて、河内へ往ぬる顔にて見れば、
=男は、(女も)浮気心があるから、このようである
のだろうかと疑わしく思って、庭の植え込みの中に
隠れていて、 河内(の女の所)へ行ったふりをして
(家の中の女を)見ていると、
この女、いとよう化粧じて、うち眺めて、
=この女は、たいそうよく身繕いして、 ぼんやりと
物思いしながら外を眺めて、
風吹けば 沖つ白波 たつた山
夜半にや君が ひとり越ゆらむ
=風が吹くと沖の白波が立つ、(その「たつ」という
名の)竜田山を、この夜中に貴方は一人で今越えて
いるのでしょうか(何事も無いか、心配です)。
と詠みけるを聞きて、限りなくかなしと思ひて、河内
へも行かずなりにけり。
=と(歌を)詠んだのを聞いて、 (男はこの女を)
この上なく愛しいと思って、河内(の女の所)へも
行かなくなったのだった。
▼(段落まとめ)
女の親が亡くなり生活の拠り所がなくなると、男には
通って行く別の女性ができた。しかし、身だしなみを
心がける貴族らしさと自分を思う真心を再認識して、
再び元の妻の所に戻った。
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right★補足・文法★
・経る(ハ下二「ふ」体、時が経つ)
・頼り=生活の拠り所・手段、当てにするもの
・もろともに=一緒に
・いふかひなく()て()あら()む(適当)やは(反語)
=不甲斐ないままでいられようか、いやいられない
→言ふ甲斐無し=言っても仕方がない、情けない
・河内の国(現在の大阪府東部) 高安の郡(八尾市)
・出で来(カ変「いでく」用)に(完了)けり(過去)
☆通って行く別の女の所が出来たけれど
・思へ(ハ四段「思ふ」已)る(存続「り」体)
=思っている
・出だしやり(複合動詞、ラ四段・用)
・異心(浮気心・二心)……かかる(ラ変「かかり」体)
に(断定「なり」用)や(疑問)あら(ラ変「あり」未)
む(推量「む」体)→係り結び、心中語
★「かかる」=不快に思っている様子もなく、自分を
新しい女の所に送り出してくれること
・前栽(せんざい)=庭の植え込み
・隠れゐ(ワ上一「隠れゐる」用)
・往ぬる(ナ変「往ぬ」体)
・化粧ず=身繕いor化粧する(サ変)
・うち眺む=ぼんやりと物思いして外を眺める(下二)
★序詞・掛詞という2つの修辞法が用いられている
・「風吹けば沖つ白波」は「たつ」を導き出す序詞
・「たつ」は掛詞→@「白波が立つ」A「たつた山」
・…や(疑問)…超ゆ(ヤ下二・終)らむ(現在推量、体)
(→係り結び)
☆当時、航海の際に海の沖で白波が立つのは、非常に
危険だった→山賊の出現などの危険を暗示している
・かなし=愛おしい、切なく悲しい、不憫だ
・行か()ず(打消)なり()に(完了)けり(過去)
★常に身だしなみを怠らない雅やかさと、別の女の所
に通う自分を心配する真心があるのを再認識する。
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