left★原文・現代語訳★
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
   「伊勢物語/101段 あやしき藤の花」
              (近畿大2007年)
〈出典=「伊勢物語」〉
平安前期(中古)成立(未詳→10世紀初め)
 →原型(業平の歌と歌にまつわる物語)は9世紀末
 →幾人かの増補修正
〇日本最古の<歌物語>
 →125段(長短様々な独立した物語から成る)
 →全体は在原業平らしき男の一代記のような構成
 →各段冒頭は「昔、男ありけり」「昔、男…」
 →各段は、情趣や主題を表す和歌と、作歌の事情を
  解説した詞書が膨らんだ地の文から成る
〇内容
 →男女や肉親の愛情→雅で一途な愛の遍歴→理想的
  人間像=「もののあはれ」を知る貴族を描く
 →平安中期、『源氏物語』光源氏の人物造型に影響
〇書名→『源氏物語』に「伊勢物語」「在五が物語」
    他に「在中将物語」「在五中将の日記」
〇評価→『源氏』や中世・近世・近代に大きな影響

〈概要〉
〇在原行平の邸で、花瓶に生けた藤の花を前に、宴を
 しながら一同が歌を詠んでいた時に、業平が現れて
 藤原氏の栄華を歌に詠んだことを描く (→要旨)

right★補足・文法★
(歌物語)2020年6月
(※出題校…大阪大・関西学院大・京都産大…)

〈作者〉
・未詳→原型は、在原業平(825〜880)に
    縁のある人物



・『古今和歌集』の六歌仙の一人
 →初冠(成人式)から死の直前の辞世の歌まで






・在原業平は五男だった→「在五…」「在五中将…」

・近代→谷崎潤一郎など






left★原文・現代語訳★
〈授業の展開〉         (→要約→要旨)

【一】<藤原良近を主賓に酒宴を催した在原行平>
むかし、左兵衛の督(かみ)なりける在原の行平とい ふありけり。
=昔、左兵衛府の長官であった在原行平という人がい
 た。

その人の家によき酒ありと聞きて、上にありける左中 弁藤原の良近(まさちか)といふをなむ、まらうどざ ねにて、その日はあるじまうけしたりける
=その人(行平)の家に良い酒があると聞いて(多く
 の人々が集まって来た。そこで、行平は)(宮中)
 殿上(の間)に(出仕して)いた左中弁の藤原良近
 という人を主賓として、その日は(主人役となり)
 酒宴を催したのだった。

▼〈まとめ〉
在原行平の館に美味い酒があると聞いて、多くの人々 が集まってきた。そこで行平は藤原良近を主賓として 酒宴を開いた。


right★補足・文法★



・左兵衛の督=左兵衛府(宮中を警護する役所)
       の長官
・在原行平=在原業平の7歳年上の異母兄。左兵衛守
      ・治部卿などを経て正三位中納言に至る
・よき酒ありと聞きて=誰がそう聞いたのかは、文脈
           からは分からない所がある
・上にありける=(宮中)殿上の間に出仕していた
 →帝の日常の御座所である清涼殿に昇殿を許される
  殿上人(官位4〜5位・30人→雲の上人)
・左中弁=太政官の役職の一つである佐弁局の中弁。
     大弁・中弁・少弁があり、詔勅を起草する
・藤原良近=平安時代前期、藤原式家、中納言の藤原
 吉野の四男。874年左中弁になる。官位は従四位下
 →摂政・関白として朝廷で絶大な権勢を振るう藤原
  良房の縁戚に連なる人物
・まらうどざね=主賓、主となる客(客人実)
・あるじまうけ=(酒宴などで主人役となって)
        客をもてなすこと、饗応すること
        宴会を主宰してご馳走すること

left★原文・現代語訳★
【二】<藤の花を題に歌を詠んだ一同>
なさけある人にて、瓶に花をさせり。その花のなかに 、あやしき藤の花ありけり。花のしなひ、三尺六寸ば かりなむありける。
=(この行平は)風雅を愛する人であって、花瓶に花
 を挿して(活けて)いた。その花の中に、変わった
 藤の花
があった。花房(の垂れている長さ)が三尺
 六寸(1m8cm)ほどもあった。

それを題にてよむ。よみはてがたに、あるじのはらか らなる、あるじしたまふと聞きて来たりければ、とら へてよませける。
=それを題にして歌を詠んだ。(皆が)詠み終わる頃
 に、主人(行平)の兄弟である者(業平)が、酒宴
 を催しなさると聞きつけてやって来たので、(皆は
 その者を)つかまえて歌を詠ませた。

▼〈まとめ〉
風雅を愛する行平は、花瓶に変わった藤の花を飾って
いた。そこで藤を題に歌を詠むことになるが、一通り
皆が詠み終わった頃、行平の義弟の業平がやって来た
ので、歌を詠ませようとした。

right★補足・文法★

・なさけある=人情・風情がある、風雅を愛する
・あやし=不思議だ、珍しい、見事だ、卑しい
・1尺=30cm(1寸=3cm×10)
・花のしなひ=花房のこと
 →しなひ=「しなふ」(垂れ下がる)」の名詞形
★主賓の藤原良近への心遣いで、珍しい「藤」の花を
 活け、「藤」の題で歌を詠んだ

・よみはてがた=(歌を)詠み終わる頃
・はらから=兄弟・同胞→業平をさす












left★原文・現代語訳★
【三】<来合せた業平が「咲く花の」と詠んだ歌>
もとより歌のことはしらざりければ、すまひけれど、
しひてよませければかくなむ、
=(業平は)もともと歌のことは知らなかったので、
 辞退したが、(皆が)無理に詠ませたところ、この
 ように(歌を詠んだ)。

咲く花の   下にかくるる   人を多み
       ありしにまさる  <藤のかげ>かも

=咲いている(藤の)花の下に控え(藤原氏の庇護を
 求め)ている人が多いので、以前にもまして大きく
 なった(と思われる)藤の花の影(藤原氏の栄華と
 影響力)
だよ。

などかくしもよむ、といひければ、おほきおとどの栄 花のさかりにみまそがりて、藤氏のことに栄ゆるを思 ひてよめる、となむいひける。
=(皆が)どうしてこのように歌を詠むのか、と言っ
 たところ、(業平は)太政大臣(藤原良房)が栄華
 の絶頂でいらっしゃって藤原氏が格別に栄えている
 のを思って詠んだ歌だ、と答えたのだった。


▼〈まとめ〉
辞退したのに無理に歌を詠ませられた業平は、皆から 「一体どんな意味か」と聞かれて、藤の花に藤原氏を かけて、太政大臣の栄華が絶頂であり藤原氏が格別に 栄えている、と詠んだ歌だと答えた。


right★補足・文法★

・すまふ=辞退する、断る、抵抗する
(争ふ・辞ふ)



・…(体言)を(間投助詞)…(形容詞の語幹)
 み(接尾語)=…が…ので
・あり(ラ変)し(過去)=以前・昔・生前の
☆「藤の花のしなう長さ」は「藤原氏の栄華」を、
 「下にかくるる」は「藤原氏の庇護を求める」こと
 を譬える→藤原氏礼賛の歌(表向き)
 →何も出来ない嘆きor恩恵を被る良近への皮肉の歌

・など(どうして…か)…しも(強意・副助詞)
・おほきおとど(太政大臣)→藤原良房
 →左大臣藤原冬嗣の次男、官位は従一位・摂政太政
  大臣。皇族以外の人臣として初めて摂政となり、
  藤原北家全盛の礎を築いた存在。良房の子孫達は
  相次いで摂関となった。
 →良近が左中弁になる二年前に没している
・みまそがり=「いまそがり」と同じ、いらっしゃる
★藤原氏の栄華を褒め称えている歌のように見えて、
 裏では、藤原氏の庇護を求めて媚びへつらう人々に
 皮肉を込めた歌のようである。
→時の太政大臣藤原良房は、天皇家と姻戚関係を結び
 勢いを強めていたが、その藤原氏によって、名門の
 大伴氏・紀氏・橘氏と同様に、在原氏も排除された
 氏族であった。

left★原文・現代語訳★
【四】<歌の内容に対する周囲の微妙な反応>
みな人、そしらずなりにけり。
=(その場の)人々はみな、(この歌のことで)悪口
 を言わなくなったという。

▼〈まとめ〉
(酒宴に加わった在原業平は、花瓶に活けた藤の花を 題として藤原氏を讃美する歌を詠んだのに対し、一同 が訝しんだところ、)
良近でなく太政大臣(藤原良房)の栄華を賛美した歌 だと業平が説明したため、皆は非難するのを止めた。

right★補足・文法★

・そしる=非難する・悪口を言う
 (謗る・誹る)
 →皮肉が込められているという周囲の批判に対し、
  他意はなく、栄華を賛美しただけだととぼける
 →更に追及しない方がよいと判断






left★原文・現代語訳★
〈要約170字=24×7〉
在原行平の邸で、良い酒があるというので、藤原良近 を主賓にして酒宴を催した。心遣いで藤の花を花瓶に 活けたが、藤を題に皆で歌を詠んだ。そこに弟の業平 も現れて歌を詠むことになった。藤に藤原氏をかけ、 藤の花の下にも人々が集まるのだから、藤原氏の栄華 に人々が多く心惹かれるのももっともだ、という背景 にある政治的事情を窺わせる趣向の歌であった。

right★補足・文法★
XX〈要約100字=24×4〉…参考資料
在原行平の家に良い酒があるというので、藤原良近と いう殿上人を主賓として宴会を行った。その場の花瓶 に奇異な藤の花があったので人々は歌を詠んだが、そ の場に来た行平の兄弟が藤原氏を揶揄するような歌を 詠んだ。



left★原文・現代語訳★
〈政治的背景…補足〉
平安初期、藤原氏は皇室に順子・明子・高子と次々と 娘を入内させ、生まれた皇子が即位し文徳天皇・清和 天皇・陽成天皇となると、その外戚として摂政・関白 となり、朝廷内で絶大な権勢を振るうようになる。
これは、時の太政大臣藤原良房が、天皇家と姻戚関係 を結んで勢いを強め始めた頃の、政治的事情を背景と した話である


right★補足・文法★
〈藤原氏系図〉
藤原冬嗣---- 長良--------------★国経
    |         |
    |-- 良房--★明子 |--★基経
    |      |  |
    |-- 順子  |  |--<高子>
       |   |     |----陽成天皇
       |   |--------清和天皇
       |----文徳天皇
      仁明天皇

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