left★原文・現代語訳★
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
   「伊勢物語/6段 芥川」

〈出典=「伊勢物語」〉
〇平安前期(中古)成立(未詳→10世紀初め)
 →原型(業平の歌と歌にまつわる物語)は9世紀末
 →幾人かの増補修正
〇日本最古の<歌物語>
 →125段(長短様々な独立した物語から成る)
 →全体は在原業平らしき男の一代記のような構成
 →各段冒頭は「昔、男ありけり」「昔、男…」
 →各段は、情趣や主題を表す和歌と、作歌の事情を
  解説した詞書が膨らんだ地の文から成る
〇内容
 →男女や肉親の愛情→雅で一途な愛の遍歴→理想的
  人間像=「もののあはれ」を知る貴族を描く
 →平安中期、『源氏物語』光源氏の人物造型に影響
〇書名→『源氏物語』に「伊勢物語」「在五が物語」
    他に「在中将物語」「在五中将の日記」
〇評価→『源氏』や中世・近世・近代に大きな影響

〈概要〉
〇求婚し続けても妻にできそうにない高貴な女を盗み
 出して逃げ、芥川の畔のあばら家で女を守って夜を
 明かすが、朝になって女が鬼に食われて姿を消して
 いるのを知って嘆き、あの時「消えなましものを」
 と歌を詠む、男の雅で一途な思いを描く(→要旨)

right★補足・文法★
(歌物語)2018年4月(2020年6月改)


〈作者〉
・未詳→原型は、在原業平(825〜880)に
    縁のある人物











・在原業平は五男だった→「在五…」「在五中将…」

・近代→谷崎潤一郎など








left★原文・現代語訳★
〈授業の展開〉         (→要約→要旨)

【一】<男に盗み出され「あれは何」と問う女>
むかし、男ありけり
=昔、(ある)男(が)いた。

女の、え得(う)まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを、
=(高貴な)女で妻にすることができそうになかった
 人を、何年間も求婚し続けていたが、



辛うじて盗み出でて、いと暗きに来(き)けり。
=やっとのことで(その女を)盗み出して、とても暗
 い夜に(逃げて)来た。


芥川といふ河を率(ゐ)て行きければ、草の上に置きたりける露を、「かれは何ぞ」となん男に問ひける。
=(その途中)芥川という川(の畔)を連れて行った
 ところ、(女が)草の上に降りていた露を(見て)
 「(光っている)あれは何なの」と男に尋ねた。





right★補足・文法★



・あり(ラ変・連用形)けり(過去・助動・終止形)


・え()得(ア行下二段「う」終止形)まじかり
 (打消推量「まじ」連用形)ける(過去・連体形)
 →え…打消=…できない(不可能)
・経(ハ行下二段「ふ」連用形)て(接続助詞)
・よばふ=求婚する・言い寄る・夜に寝所に忍び込む
・…わたる=絶えず(一面に)…する・…し続ける

・出で(ダ行下二段「いづ」連用形)て(接続助詞)
・来(カ変「く」連用形)けり(過去)
★高貴な身分の特別な事情がある女性で、
 結婚は望めないから

・芥川=現在の大阪府高槻市にある川(との説あり)
・率る=(ワ行上一段動詞)連れて行く
 →上一段動詞=「ひ・い・き・に・み」+「る」
・なん(係助詞・強意)…ける(過去・連体)
 →係り結び→「ぞ・なむ」+(連体形)=強調
★露を見たことがないほど奥深い部屋で大切にされる
 高貴な身分で、汚れなく純白・純真な女性
 →「昔男」は更に心惹かれ、大切な宝物に思う
 →しかし、輝く愛も一瞬ではかなく消える事を暗示

left★原文・現代語訳★
【二】<あばら家で女を守って夜を明かす男>
行く先多く、夜も更けにければ、鬼ある所とも知らで、神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、
=(これから)先の道のりも遠く夜も更けてしまった
 ので、鬼(が)いる所とも知らないで、(その上)
 雷までも大変ひどく鳴り雨もたいそう降ったので、


あばらなる蔵に、女をば奥に押し入れて、男、弓・胡録(やなぐひ)を負ひて、戸口に居り、はや夜も明けなむと思ひつつゐたりけるに、
=荒れ果てた蔵に(泊まることにし)女を奥に押し入
 れて、男(は)弓と胡録を背負って(蔵の)戸口に
 座った。早く夜も明けてほしいと思いながら座って
 いたところ、(その時に)


right★補足・文法★

・更け(カ下二「更く」用)に(完了「ぬ」用)
 けれ(過去「けり」已然形)ば(順接確定条件)
・…で=…ないで(打消・接続助詞)
・神(=「雷」)さへ(副助詞・添加=その上…ま
 でも)

・いみじう=ひどく(「いみじく」ウ音便)


・あばらなり=(ナリ活用形容動詞)荒れ果てている
       (家の)隙間が多くて中を見通せる
・胡?=(やなぐひ)矢を入れて背負う武具
・明け(カ下二「明く」未然)なむ(終助詞・願望=
 …してほしい)

・…つつ(接続助詞・継続=…ながら)
・ゐ(ワ上一「ゐる」用)たり(存続=…ている)
 ける(過去)

left★原文・現代語訳★
【三】<愛しい女を鬼に食われ嘆く男>
鬼はや一口に食ひてけり。「あなや」と言ひけれど、神鳴る騒ぎに、え聞かざりけり。
=鬼(が)早くも(女を)一口に食ってしまった。
 (女は)「あっ」と言ったが、雷が鳴る喧しさで、
 (男は)聞き取ることができなかった。




やうやう夜も明けゆくに、みれば、率て来(こ)し女もなし。足ずりをして泣けどもかひなし
=次第に夜も明けてゆくので、(男が蔵の中を)見る
 と連れて来た女もいない。(男は)地団太を踏んで
 泣くけれども、どうしようもない。

白玉か  何ぞと人の  問ひしとき
     露と答へて  消えなましものを
=(あの光るのは)真珠なの何なのとあの人(貴方)
 が尋ねた時、(あれは)露ですと答えて(その露が
 消えるように、私も)死んでしまえばよかったのに
 なあ。(そうすればこれほど悲しい思いをしないで
 済んだのに、と男は歌を詠んだのだった)


right★補足・文法★

・はや=速く・早く(も)・既に・(たちまち)
・て(完了「つ」用)けり(過去)
・騒ぎ=喧しいこと・ざわめき・混雑・戦乱
・あなや=(感動詞)あっ・あれぇ
・ざり(打消「ず」用)けり(過去)
★「鬼が食ふ」という比喩は、藤原氏が事を察知して
 密かに「女」を奪い返して連れ戻した事実を表す
 →「女」は后として入内する事が既に決まっていた

・率(ワ上一「ゐる」用)て(接助)
 来(カ変「く」未)し(過去「き」体)
・足ずりす=悔しくて足を踏み鳴らす・地団太を踏む
・かひなし=どうしようもない


★歌の作者は在原業平→男の<雅で一途な愛>を表現
 →「消え」=「露」(はかないもの)の縁語
・白玉=白い宝石・真珠
・問ひ(カ行四段活用動詞「問ふ」連用)し(過去)
・消え(ヤ下二「消ゆ」連用)な(強意「ぬ」未然)
 まし(ためらい希望・反実仮想=(事実に反して)
 出来るならば…したい)

 ものを(終助詞・逆接を含む詠嘆=…なのになあ

left★原文・現代語訳★
【四】<背景の政治的事情>
これは、二条の后の、いとこの女御(にようご)の御もとに、仕うまつるやうにて、ゐ給へりけるを、
=これは、二条の后が従姉妹の女御のお傍にお仕え申
 し上げるような形で(身を寄せて)いらっしゃった
 が、




かたちのいとめでたくおはしければ、盗みて負ひて出でたりけるを、
=(后の)容貌がとても素晴らしくていらっしゃった
 ので、(男が后を)盗んで背負って(邸から)出て
 きたのだが、(それを)


御兄人(せうと)堀河の大臣(おとど)、太郎国経の大納言、まだ下郎(げらふ)にて、内裏(うち)へ参り給ふに、いみじう泣く人あるを聞きつけて、とどめて取り返し給うてけり。それを、かく鬼とはいふなりけり。
=(后の)兄君の堀河の大臣と太郎国経の大納言が、
 (当時は)まだ官位が低い身分として宮中へ参上な
 さる時にひどく泣く人(が)いるのを聞きつけて、
 (男を)引き止めて(后を)取り返しなさった
 それを、このように鬼(が食った)と言うのであっ
 た。

まだいと若うて、后のただにおはしましける時とや。
=まだとても若くて、后が(入内する前の)普通(の
 身分)でいらっしゃった時(の事)とか(言うこと
 だ)。

right★補足・文法★

※二条の后=藤原長良の娘・高子、清和天皇に入内
      陽成天皇の母
※いとこの女御=藤原長良の弟の良房の娘・明子
        文徳天皇に入内・清和天皇の母
・仕うまつる=(謙譲語)お仕え申し上げる
 →「仕へまつる」のウ音便
・ゐ(ワ上一「ゐる」用)給へ(補助動詞・尊敬)
 り(存続・用)ける(過去)を(接助)

・めでたし=素晴らしい・惚れ惚れするほど美しい
      祝うべきだ(ク活用形容詞)
・おはす=「あり」「をり」の尊敬語、いらっしゃる
 →サ行変格動詞は「す」「おはす」の二語だけ



※御兄人堀河の大臣=藤原長良の三男・基経、良房の
          養子となり摂政関白太政大臣に
※太郎国経の大納言=藤原長良の長男・国経
・下臈=官位が低い身分・地位の低い人
    人に召し使われる身分の低い者
・…にて(格助詞・資格=…として)
 or…に(断定「なり」用)て(接助)=…であって
・参り(謙譲語・参上する)給ふ(補助動詞・尊敬)
 →二方面敬語
・…て(完了)けり(過去)
・なり(断定)けり(過去)

・ただなり=普通だ・平凡だ・何もない(ナリ形動)
・おはします=「あり」「をり」の尊敬語
・…と(格助詞)や(係助詞)=…とかいうことだ
 →物語の結びで、「…とやいふ」の「いふ」が省略

left★原文・現代語訳★
〈要約190字=24×8〉
求婚し続けても妻にできそうにない高貴な女を盗み出して 逃げた男は、夜も更けあばら家で女を奥に押し入れ守って 夜を明かすが、朝になり女が鬼に食われて姿を消している のを知って悲しくて堪らずに、芥川の畔で光っている露を 見て「あれは何」と女が尋ねたあの時に「消えなましもの を」と歌を詠む男の雅で一途な思いを描く。しかし、実は 次々と娘を入内させ摂政・関白として権勢を振るう藤原氏 の政治的事情が背景にあったのだった。

right★補足・文法★
XX〈要約100字=24×4〉…参考資料










left★原文・現代語訳★
〈政治的背景…補足〉
平安初期、藤原氏は皇室に順子・明子・高子と次々と 娘を入内させ、生まれた皇子が即位し文徳天皇・清和 天皇・陽成天皇となるとその外戚として摂政・関白と なり、朝廷内で絶大な権勢を振るうようになる。 「芥川」は、この政治的事情を背景とした話である。 高子は従姉妹の明子に仕えていた時に、既に清和天皇 妃として入内することが決まっていたが、その高子に 在原業平が言い寄り続け遂に盗み出すことになる。 しかし、高子の兄の藤原基経・国経兄弟はこれを察知 して密かに高子を奪い返したのである。
従って、女が鬼に食われたという比喩表現は、実際は 連れ戻されたのであって、背後に藤原氏の影があった 事実を反映しているのである。
right★補足・文法★
〈藤原氏系図〉

藤原冬嗣---- 長良--------------★国経
    |         |
    |-- 良房--★明子 |--★基経
    |      |  |
    |-- 順子  |  |--<高子>
       |   |     |----陽成天皇
       |   |--------清和天皇
       |----文徳天皇
      仁明天皇



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