left★原文・現代語訳★
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
藤原信実「今物語/桜木の精」
〈作品=『今物語』〉
〇鎌倉初期1239年以後の成立
〇中世説話文学の傑作(五十三編)
→平安末期から鎌倉初期にかけての説話を収める
→和歌の説話・大宮人の風流譚や恋愛譚・滑稽譚・
失敗譚など(歌物語的な性格)
〇書名→昔から語り伝えられてきた説話に対し、
当世風の物語として名づけられたもの
〈概要〉
〇王朝人の雅な恋愛譚
→男性が女性の家に訪ねて行く通い婚(招婿婚)は
恋が終わると男性が訪れることはなくなるが、
その通って来なくなった男性を待ち続ける女性
の姿を描いた物語。 (→要旨)
〈全体の構成〉 (→要約→要旨)
【一】<物思いにふける小式部内侍>
小式部内侍、大二条殿におぼしめされけるころ、
=小式部内侍が、大二条殿(藤原教通)に寵愛されて
いた頃、
久しく仰せ言なかりける夕暮れに、あながちに恋ひ奉りて、端近くながめゐたるに、
=長らく大二条殿からお言葉のなかった時期のある夕
暮れに、小式部内侍は大二条殿のことを一途に恋し
く思い申し上げて、外が見える部屋の端近い所で物
思いにふけっていると、
【二】<大二条殿の来訪時に見た夢>
御車の音などもなくて、ふと入らせ給ひたりければ、
=大二条殿の御車の音などもしないのに、殿が不意に
家に入っていらっしゃたので、
待ち得て夜もすがら語らひ申しける暁方に、
=待ちに待っての殿の訪問なので、一晩中語らい申し
上げた明け方に、
いささかまどろみたる夢に、糸の付きたる針を御直衣の袖に刺すと見て夢覚めぬ。
=少しうとうと眠った時に見た夢の中で、糸の付いた
針を殿の直衣の袖に刺しているのを見て夢から覚め
た。
【三】<桜の木にぶら下がる夢で見た針>
さて帰らせ給ひにけるあしたに、
=そして殿がお帰りになった朝に、
御名残を思ひ出でて、例の端近くながめいたるに、
=殿のお名残を思い出して、いつものように部屋の端
近くで物思いにふけっていると、
前なる桜の木に糸の下がりたるを、あやしと思ひて見ければ、
=前の庭にある桜の木に糸がぶら下がっているのを、
不思議に思って見たところ、
夢に、御直衣の袖に刺しつる針なりけり。いと不思議なり。
=夢の中で、殿の直衣の袖に刺した針であった。たい
そう不思議なことである。
あながちに物を思ふ折には、木草なれども、かやうなることの侍るにや。
=ひたむきに物を思う時には、木や草であっても、こ
のようなことがあるのでしょうか。
【四】<事実ではなかった大二条殿の訪問>
その夜御渡りあること、まことにはなかりけり。
=その夜に大二条殿のご訪問があったことは、事実と
してはなかったのだ。
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right★補足・文法★
(物語)2017年12月
〈作者〉
・藤原信実(1177〜1265?)編と伝えられる
・画家・歌人
※小式部内侍=平安中期の女流歌人(〜1025)。
父は陸奥守の橘道貞、母は有名な歌人の和泉式部。
母と共に上東門院彰子に仕え、藤原公成の子を生み
間もなく26・7歳で病死。
『小倉百人一首』にある「大江山いく野の道の遠け
ればまだふみも見ず天の橋立」の歌が有名で、
他にも後拾遺集・金葉集などの勅撰集に入集。
多くの逸話が歌論書や説話集に見える。
※大二条殿=藤原道長の三男・教通(996〜1075)。
15歳で従三位、以後は内大臣・右大臣・左大臣に
進み、兄の頼通に譲られ関白となるが、
外孫の皇子が誕生せず、外戚関係のない後三条天皇
の即位したことから、権勢は下り坂となる。
→母の和泉式部と同じく恋多き女性(?)
・強ちなり=強引だ、一途だ、ひたむきだ、むやみに
必ずしも(〜ない)
・ふと=たやすく、さっと、不意に、思いがけず
・待ち得=待ち迎える、待ちに待って手に入れる
・暁方=(あかつきがた)まだ暗い夜明け前、明け方
・直衣=(のうし・なほし)礼服でない普通の服
・前なる桜→なる=存在(〜にある)
・怪し・奇し=不思議だ、神秘的だ、異常だ、珍しい
並々ではない。よくない、けしからん、疑わしい、
心もとない、心配だ。
・賤し=身分が低い。見苦しい、みっともない
・侍る(丁寧)+に(断定)+や(疑問)
+あら(補助動詞・ラ変)+む(推量)
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