left★原文・現代語訳★
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
世阿弥「風姿花伝/秘すれば花」
〈作品=『風姿花伝』〉
〇室町中期1400年頃成立(略して『花伝書』)
〇世阿弥が父観阿弥の教訓をもとに書く
〇「能」の原型である「猿楽」の理論
→但し、能の興行を成功させる工夫を説いた秘伝書
〇「年来稽古条々」(各年齢に応じた稽古の心得)・
「物学(ものまね)条々」(各種の役の演じ方)・
「問答条々」(芸道で力を発揮する様々な工夫)、
猿楽の歴史、「花」「幽玄」の解説などから成る
※幽玄=優雅な美で、舞台上で発現したものが花
〈概要〉
〇芸能論(能楽書)
〇舞台上での優雅な美である「花」は
秘密にすることで生まれる、と説く。(→要旨)
〈全体の構成〉 (→要約→要旨)
【一】<秘する花>
秘する花を知ること。
=秘密にすることで現れる花がある、という道理を知
ること(が大事だ)。
秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず、となり。
=秘密にして人に隠せばそれが人を惹きつける美しい
花となり、秘密にしないならば美しい花とはならな
い、ということである。
この分け目を知ること、肝要の花なり。
=この隠すか隠さないかで花となるか否かが分かれる
というのを知ることが、花を考える上で非常に大切
である。
【二】<秘事の効用>
そもそも一切の事、諸道芸において、その家々に秘事と申すは、秘するによりて大用あるがゆゑなり。
=そもそも全ての事や諸々の芸能の道において、各々
の家で教えを秘密にする秘事と申すものがあるが、
それは隠すことによって大きな意味(効用)がある
からである。
しかれば、秘事といふことをあらはせば、させることにてもなきものなり。
=だから、秘事という隠している教えを明らかにして
しまうと、大した内容でもないものである。
これを、「させることにてもなし。」と言ふ人は、いまだ秘事といふことの大用を知らぬがゆゑなり。
=これを「大したことでもない。」と言う人は、まだ
教えを隠す(秘事)ということの大きな効用を知ら
ないからである。
【三】<花と感動>
まづ、この花の口伝におきても、ただめづらしきが花ぞと皆知るならば、「さてはめづらしきことあるべし。」と思ひまうけたらん見物衆の前にては、たとひめづらしきことをするとも、見手の心にめづらしき感はあるべからず。
=ともかく、この花という秘密の教えを弟子に口頭で
伝える場合も、ただ珍しいのが人を惹きつける花だ
と皆が知っているならば、「それでは珍しいことが
あるはずだ。」と心で予期していることになるだろ
うが、そんな観客の前ではたとえ演者が珍しい芸を
しても、観客の心に珍しいという感動は起こるはず
がない。
見る人のため花ぞとも知らでこそ、為手の花にはなるべけれ。
=観客にとってどこが珍しい花なのかも分からないよ
うに演じてこそ、演者も人を惹きつける花のように
なるはずだ。
されば、見る人は、ただ思ひのほかにおもしろき上手とばかり見て、これは花ぞとも知らぬが、為手の花なり。
=だから、観客はただ意外と面白く上手な芸をする演
者だとばかり見て、これは花だと気付かないのが、
演者としての人を惹きつける花なのである。
【四】<意外な感動の工夫こそが花>
さるほどに、人の心に思ひも寄らぬ感を催す手だて、これ花なり。
=そういう訳で、観客の心に思いも寄らぬ感動を起こ
す工夫、これこそが花というものなのである。
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right★補足・文法★
(評論)2017年12月
〈作者=世阿弥〉
・室町中期(1363〜1443)
・能役者・謡曲作家
→「高砂」「実盛」「井筒」は現在も上演される
・「序破急」の作劇法・「夢幻能」の創造
・足利義光の保護を受けて活躍するが、
晩年は将軍の怒りに触れて佐渡に配流され不遇
※序破急=能・俳諧の導入・展開・完結の三段階
※夢幻能=実在しない霊をシテ(主役)とし、
死後の時点から生前を回想する形式で、
余情豊かな美的世界が広がる
→能における舞台効果を自然に咲く花にたとえて説く
・花=舞台上で現れる優雅な美。 (世阿弥)→
「花と面白きと珍しきと、これ三つは同じ心なり」
→「秘する花」=隠すことで現れる花
→秘密にするからこそ、観客は想像力を掻き立てられ
感動する →観客を魅了し興行を成功させられる
・肝要=非常に重要・大切であること、肝心
・まづ=初めに、何はともあれ、ともかくも
・口伝=(くでん)芸道における各々の家の秘事を
弟子に口頭で伝えること
・ただ=ただもう、むやみに、全く
・珍し=賞美する(愛づ)に相応しい、素晴らしい、
めったにない、目新しい、清新だ
・思ひまうく=予め考えておく、予期・用意する
・されば=それ故、ところで
・上手=その道の達人・名人(に次ぐ技量を持つ人)
・さるほどに=そうしているうちに、ところで、さて
・手だて=方法・術・工夫
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