left★原文・現代語訳★
「古文現代語訳ノート」(普通クラス)
   鴨長明『発心集(巻6)/数寄の楽人』

〈出典=『発心集』〉
〇鎌倉初期1215年頃成立
仏教説話集(全5〜8巻)
〇僧の発心の由来・極楽往生を願う人々の説話などを  収める
 →当時の人々の様子や心理がリアルに描かれている

〈概要〉
〇帝の絶体的な呼び出しにも応じずに、唱歌に夢中に  なっている(好きな事に夢中になり何もものが見え  ない)二人の雅楽の名手の様子を描く (→要旨)


〈全体の構成〉         (→要約→要旨)

【一】<雅楽を唱和していた笙と篳篥の名手>
中比(なかごろ)、市正(いちのかみ)時光といふ笙 (しょう)吹きありけり。
=あまり遠くはない昔(の話)、市司の長官で時光と  いう笙(の笛)を吹く人(名手)がいた。

茂光といふ篳篥(ひちりき)師と囲碁を打ちて、同じ 声に裹頭楽 (かとうらく)を唱歌にしけるが、
=(時光が)茂光という篳篥(の笛)の奏者と囲碁を  打ちながら、声を合わせて裹頭楽(という旋律)を  (演奏するのでなく)口ずさんでいたところ、

おもしろくおぼえけるほどに、内よりとみのことにて 時光を召しけり。
興に入って夢中になってきた時に、帝から急の用事  ということで時光をお呼び出しになった。

【二】<帝のお召しにも応じず興に入る二人>
御使ひ至りて、この由を言ふに、いかにも、耳にも聞 き入れず、ただもろともにゆるぎあひて、ともかくも 申さざりければ、
=帝のご使者が到着してこの旨を伝えるが、どうして  も(時光は)耳に聞き入れず、ただ(茂光と)一緒  に体を揺らし合っていて(歌の調子を取り)、何と  も(返事を)申し上げなかったので、

御使ひ、帰り参りて、この由をありのままにぞ申す。 いかなる御戒めかあらむと思ふほどに、
=ご使者は(宮中に)帰参して、この(時光の)事を  ありのままに(帝に)申し上げる。(そして)どの  ような帝のご叱責があるだろうかと思っていると、

【三】<叱責どころか興味深く尊いと涙ぐむ帝>
「いとあはれなる者どもかな。さほどに楽にめでて、 何ごとも忘るばかり思ふらむこそ、いとやむごとなけ れ。
=(帝は)「とても興味深い者たちだなあ。それほど  に音楽に夢中になって、(他の事は)何事も忘れる  くらい没頭しているような事こそ、とても尊ぶべき  事だなあ。

王位は口惜しきものなりけり。行きてもえ聞かぬこと 。」とて、涙ぐみ給へりければ、
=天皇の位(というもの)は情けないものであること  だよ。(二人の所に)行って(聴きたくても)聴く  ことも出来ないことだ」と仰って、涙ぐんでいらっ  しゃったので、

思ひのほかになむありける。
=(ご使者は)意外に思ったことであった。

【四】<出家の方便になる風雅の心>
これらを思へば、この世のこと思ひ捨てむことも、数 寄(すき)はことにたよりとなりぬべし。
=この人たちの事を考えると、この俗世に対する思い  を捨て(て出家す)るような事も、きっと風雅の心  は特に良い方便となるに違いない(好きな事に夢中  になって周りが見えなくなる事に通じるものがある  に違いない)。

right★補足・文法★
(評論)2019年2月


〈作者=鴨長明〉(1155?〜1216)
・下鴨神社の神官の子の生まれ
 →若くして父と兄に死別、縁者に恵まれず
 →歌人として後鳥羽院に仕えるが、
  切望していた神官になれず、50歳頃に出家
・三大随筆『方丈記』(ゆく河の流れ……)の作者
     (1212年成立、仏教的無常観)









・中比=そう遠くはない昔(の話)
・市正=市司(つかさ)の長官(都の位置を監督)
・時光=豊原時光、市司の長官で、笙の名人
・笙=環状に立てた竹管などで出来た雅楽に用いる笛

・茂光=和邇部茂光、雅楽寮の役人
・篳篥=長さ6寸の竹管で出来た雅楽に用いる縦笛
・裹頭楽 =天皇元服の際、演奏する雅楽の曲名
・唱歌=曲の旋律を楽器ではなく、口で唱えること


・内=宮中・天皇
・とみのこと=急用
・数寄=風雅の心



・いかにも…ず=どうしても…ない
・ゆるぎあひて=ゆらりゆらりと揺れ合って
・ともかくも…ず=何とも…ない





・戒め=処罰・注意・懲らしめ・叱責
☆時光が帝のお呼び出しを無視して、雅楽を口ずさむ  事に夢中になっていたから→叱責
 →帝の命令は絶対的



・あはれなり=趣深い・素晴らしい・見事だ
★「さ」=何も聞き入れず、二人で体を揺らし合って
 調子を取って歌を口ずさみ、何の返事もしなかった
 →<好きな事に夢中で、周りが見えなくなる>
 →感銘する帝→「いとやむごとなけれ」
・めづ=称賛する・愛する・夢中になる・心惹かれる


・え…ず=…出来ない(不可能)










・数寄=趣深い事に心を寄せる事
・たより=良い方便
 →方便=人を真実の教えに導くため(ある目的を達
     するため)仮にとる便宜上の手段。
     事をなすためのよりどころ
・…ぬ(強意)べし(推量)=きっと…に違いない


〈補足〉…語彙・文法の勉強
・あな、おもしろの筝の音や:語幹+助詞→連体修飾
 =ああ、何と趣深い筝の音だなあ
おぼつかな秋はいかなるゆゑの…:語幹→感動
 =はっきりしないことだなあ、秋はどんな理由が…
・野をなつかしみ一夜寝にける:語幹+み→原因理由
 =野原に心が惹かれたので、一晩泊まってしまった   ことだなあ
・世の中を憂しやさしと思へども…
 =世の中を辛いと思い身も細る程だと思うが…
はかなうものし給ふこそ、あはれにうしろめたけれ
 =(紫上が)頼りなくていらっしゃるのが、かわい   そうで心配だ
・東宮いとうたて御物の怪にて、ともすれば御心地あ  やまりしけり
 =皇太子はとても気味が悪い御物の怪のために、と   もするとお気持ちが変におなりになった

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